若年者就労支援などの活動を行う、認定NPO法人「育て上げネット」理事長の工藤啓氏とスタッフによるエッセー
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「メタバース」と付き合うため
「働く」を考える
山﨑 梓(やまざき・あずさ)
公開:
「メタバース」という言葉、耳にしない日がないほど、メディアに登場してきます。現実の空間ではない、もうひとつの世界の創造が進んでいる⋯などと書いてみると神様の所業のようで現実味がありませんが、世界を動かすトップランナーたちが“10年後のあたりまえ”に向かっていると口をそろえて言うと、どうもそんな気もしてきます。
NHKではたびたびメタバースの特集が組まれています。バース(世界)を開発する人、すでにメタバースに拠点を持つ人、多様な切り口が見られますが、画面の向こうで起きていることのようでやはり現実味はありません。ただひとつ、もうこの世界には、メタバースが無いと困る人がたくさんいるのだと驚かされるのです。
今度、私たちの団体ではそのメタバースをテーマにした講座をやってみることにしました。仮想空間に飛び込んでみて、そのなかでコミュニケーションをとってみるというものです。実在の自分ではないから本音で話しやすくなったり、普段の自分とは違う性格が出しやすいと、本来の自分が見えてくるケースもちらほらあります。
自分のこと、社会のことを知るきっかけになるのですから新しいことにチャレンジするのはとても大切。興味が持てることならやってみて、ダメだったら別のことに向かうというのは、あえて恐れずいえば旧来からある「若者っぽさ」かもしれません。
それはそれとして、このメタバースの支援プログラムには、もうひとつのテーマがあります。それは「働く」ということ。
10年後にはあたりまえになる⋯ということは、そこに市場が生まれ、労働の概念も持ち込まれていくことでしょう。そんな未来も想像しながら「メタバース×働く」の最初の支援プログラムをやってみることになったのです。
何をやるのか、それは「物を売ること」です。ITの先進領域で「働く」というと、もっとプログラミングとかそういうのではないのか? と思われるのですが、メタバースには「物を売る」があるんです。しかも割と簡単に。
メタバースの世界は、ここまで書いてきたとおり、もうひとつの世界。とはいえ、現在の人間社会がベースですから、SF映画に出てくるような文化も風土もまったく違うなんてことはありません。自分の身なりを整えることもそのひとつです。
実は、衣装を作って販売する人たちはすでにちらほら出てきています。“衣装”と書きましたが、これはまだ実態社会に縛られていますね。なりたい姿になれるわけですから、まったく異なるフォルムの販売もできます。鳥になったり、クマになったり、そんなフォルムの部分の販売だってできます。
私自身、まだまだ「メタバース」を傍から見ているような立場ですから、私たちの暮らす実態社会にどんな風に組み込まれていくのか想像もつきません。ただ、そこに市場があり、お金が流れていくのならば、いずれはそこで「働く」ことがあたりまえとなり、人と人とのつながりが生まれていきます。そうなればメタバースが収入源になる若者が必ず出てくるでしょう。いえ、もうすでにいるのかもしれません。
流行に敏感で、これからの未来に生きる彼らが何を求めているのかというのは、簡単につかめるものではありません。ただ、そうして彼らから「羨望される世界」は、同時に「目指す場所」にもなります。メタバースに希望があるのなら、その世界での「働く」はこれからの若者と関わるうえで重要なキーワードになると考えています。
毎日のように新たなトレンドワードが生まれ、消えていくような時代に、ティーン層のトレンドについていくのは大変ですが、それらを手掛けている大人が必ずいますから、そうした人々の「働く」がどうなっているのかを見ていくのは少しだけ興味が持ちやすいのではないでしょうか。稼ぐ、生きていくという意味で共通点がありますから。
メタバースの世界、まだまだ認知が低いそうですが、新しい世界の「働く」から覗いてみるのはいかがでしょうか。
認定特定非営利活動法人
育て上げネット 理事長
工藤 啓
1977年東京生まれ。2001年、若年就労支援団体「育て上げネット」設立。2004年5月NPO法人化。内閣府「パーソナルサポートサービス検討委員会」委員、文部科学省「中央教育審議会生涯学習分科会」委員、埼玉県「ニート対策検討委員会」委員、東京都「東京都生涯学習審議会」委員等歴任。著書『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『ニート支援マニュアル』(PHP研究所)、『NPOで働く-社会の課題を解決する仕事』(東洋経済新報社)ほか
認定特定非営利活動法人
育て上げネット 広報担当マネージャー
山﨑 梓
1990年生まれ。2010年から学生ボランティア団体で災害救援活動や地域貢献活動に参加。卒業後に育て上げネットに入職。ユースコーディネーターとして支援に関わりながら調査・研究を担当。現在は広報・寄付担当マネージャー。行政・自治体の若年無業者向けの支援に関わる技術審査員等歴任。共著に『若年無業者白書2014-2015』(バリューブックス)