若年者就労支援などの活動を行う、認定NPO法人「育て上げネット」理事長の工藤啓氏とスタッフによるエッセー
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社会課題と言葉の関係
山﨑 梓(やまざき・あずさ)
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私は昔から小説に手を出すことは少ないのですが、朝井リョウ先生の作品だけは発売日に買っています。『正欲』の映画化が決まったというニュースが流れていたので、せっかくなので話の切り出しにしてみます。
『正欲』は「多様性」をひとつのテーマとしながら、「多様性」の限界をぬるっとした質感で触れる作品でありました。朝井先生ならではの明るい場所でいきなり赤裸々に事実を突きつけられるカタルシスを楽しめる作品であります。おすすめです。
映画化に際して、朝井先生は「言葉にするとは線を引くということです。明確に名付けがたい感情や現象に無理やり輪郭を与えてしまうのが、言葉です。」と残されていました。
言葉にするとは線を引くということ。輪郭を与えるのが言葉。
理解できないものや想像すらしたことのないこと、そういう言葉にできなかった物事とNPOの活動は密接なつながりがあります。
私たちの活動領域の多くは社会課題と呼ばれますが、個々の課題には「言葉」がとても重要です。例えば若者支援の領域からは「ヤングケアラー」という言葉が大きな話題になりました。過去には「地球温暖化」や「孤独死」も新語として生まれ、今ではすっかり定着していますね。
社会課題は名前がつくと急に熱を持って社会を席巻することがあります。結果的に助成金や補助金のテーマに組み込まれ活動がしやすくなったり、ご寄付をいただくことも増えます。
つい最近は小児科の先生から「きょうだい児」という言葉を教わりました。障がいのある子を持つ兄弟姉妹を指すキーワードなのですが、若者支援に携わるようになって7年ほど経ちましたが、その定義にフォーカスをあてたのも初めてかもしれません。
支援担当のスタッフに聞いてみると、保護者の気に掛ける度合いやケアの頻度の差によって障がいのある子ではなく、その兄弟姉妹が社会から孤立するケースは以前から見受けられたのだそうです。
これは意外でした。さまざまな支援者から当事者のお話を聞いてきたのに、その切り口の話は出てきたことがなかったからです。「きょうだい児」という言葉が生まれてきたからこそ、私は彼ら/彼女らの生きづらさを知ることになったのです。表現は悩ましいですが今後、トレンドになっていくのか注目しています。
「言葉」は、そうした広く知ってもらうための強い味方であるとともに、その厄介さもあります。私はこの仕事をしていなかったら、少年院にいる若者のことを誤解し続けていたでしょう。 “少年院”のイメージは『あしたのジョー』あるいはハリウッド映画に出てくる刑務所のようで、殺伐として粗暴な場所でありました。少年院と刑務所の区別もついていない程度で、不勉強だったなと反省しています。
実際の少年院という場所は、まったくの逆。日中は一般社会から切り出された静寂に包まれていて、響くのは教官や少年たちの声のみ。私の想像とイコールなのは黒髪短髪だということくらいで、いかに自分が思い込みをしているのかを痛感させられました。
朝井先生がいうように「言葉」は線を引いて、この世界にあるものを見えるようにしてくれる一方で、経験や知識と結びついて思い込みや誤解を生んでしまいます。
以前もこちらに書いたことがありますが、ネガティブな意図を含んでしまった言葉は使いにくくなります。私は極力「ひきこもり」という言葉を使わないようにしているものの、逆にそれ以外に彼らの状態を指す言葉は多くありません。
広報というポジションにいると、まず見てもらうことが大事だからと「ひきこもり」を多用しましょうと勧められるのですがやはり気は進みません。そんな言葉で調べなくても見つけてもらえるような方法を模索しています。
そのひとつの答えだったのはあるキャッチコピーで、多くの方にご評価いただきました。「こんな支援なら利用したい」とおっしゃっていただけることは、使いたくない言葉を使わなくても私たちの活動を知ってもらえるかもしれない、と希望になります。
言葉の持つ力は素晴らしいものがあるので、用法用量を守って正しくお使いください⋯と締めたいところですが、その「正しさ」とはいったいどれだけの価値があるのか⋯と脳を揺さぶる『正欲』、ぜひみなさんも手に取ってみてはいかがでしょうか。
認定特定非営利活動法人
育て上げネット 理事長
工藤 啓
1977年東京生まれ。2001年、若年就労支援団体「育て上げネット」設立。2004年5月NPO法人化。内閣府「パーソナルサポートサービス検討委員会」委員、文部科学省「中央教育審議会生涯学習分科会」委員、埼玉県「ニート対策検討委員会」委員、東京都「東京都生涯学習審議会」委員等歴任。著書『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『ニート支援マニュアル』(PHP研究所)、『NPOで働く-社会の課題を解決する仕事』(東洋経済新報社)ほか
認定特定非営利活動法人
育て上げネット 広報担当マネージャー
山﨑 梓
1990年生まれ。2010年から学生ボランティア団体で災害救援活動や地域貢献活動に参加。卒業後に育て上げネットに入職。ユースコーディネーターとして支援に関わりながら調査・研究を担当。現在は広報・寄付担当マネージャー。行政・自治体の若年無業者向けの支援に関わる技術審査員等歴任。共著に『若年無業者白書2014-2015』(バリューブックス)