そこらへんのワカモノ

若年者就労支援などの活動を行う、認定NPO法人「育て上げネット」理事長の工藤啓氏とスタッフによるエッセー

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無名の個人が
場所や時間、社会的身分も超えて
無限遠に発信できる現代に思うこと

認定特定非営利活動法人 育て上げネット
山﨑 梓(やまざき・あずさ)
※組織名称、施策、役職名などは掲載当時のものです
公開:

私が若者支援に携わるようになって10年ほどになりますが、想像もつかないような考え方をしている若者にたくさん出会いました。社会学を専攻して「常識を疑え」と言われてから、思い込みや当たり前には囚われてはいけないと思っていたのですが、刻み込まれた社会通念にズレがあると、そう簡単に飲み込むことができません。

大学時代の友人が本を発行しました。FtM(Female to Male、生物学的性別が女性であり、性の自己認識が男性である人のこと。トランスジェンダー男性)の境遇と、友人の母親の心境が交互に語られます。誕生から30代を迎える現在までをとても丁寧に捉えた、読み応えのある一冊です。

帯にある引用が印象的でした。
“お互い、全部が全部、理解したり納得できているわけじゃない。”

私たちが「社会課題」という大仰な言葉を使って語る個々人の境遇は、そう簡単に理解も納得もされるものではありません。ひきこもりやニートという状態も、少年院を経験した若者の境遇も、その経験がない人にとって簡単に合意できるものではないでしょう。バイトテロといわれる社会問題も、多くの社会常識では合意されません。

ただし、反社会的な行動が賞賛され評価を上げる、限られたコミュニティでだけ通用するコンテクスト(文脈・背景)は存在します。

SNSやインターネットが発展する前、多くの人は自分の生活コミュニティのなかで人と関わりあって生きてきたはずです。少なくとも、どこの誰とも知らない人から「いいね」なんて言われる体験はありえませんでした。そんなときには「理解も納得もできない他者は避ければ良い」、関わらないでいることが、社会のなかで合意されている、ひとつの処世術であったと思います。

しかし、無名の個人が場所や時間、社会的身分も超えて無限遠に発信できる現代では、そうして目を背けてきたものが目に入るようになりました。スマホの画面を通したことで、避けるのではなく、課題を提起するようになったのは不思議なものです。そうした「他者」が思っている以上に自分の日常とつながっていることが分かったからか、あるいはSNS上の「いいね」という承認欲求装置もひとつの要因かもしれません。

理解も納得もできない行為と向き合っていくとき、大切なのはその行為の背景にあるものです。迎合されない行動の背景にあるのは、それが許容されてしまった何かが潜んでいます。瞬発的に「なんてことをしているんだ!」と憤慨するのも、受け止め方として必要な行為ではあります。ただ、関わる選択を取った以上その先にも目を向けてほしい。そんなふうに思います。

最近はSNS上でさまざまな社会課題がトレンドに上がっています。瞬発的に個人の行動に批判をあげるのか、本当にそれが個人の課題なのか、そんなところに目線を向けてもらえるよう、私たちは頑張っていかなければならないといけないなと感じています。

認定特定非営利活動法人
育て上げネット 理事長
工藤 啓
1977年東京生まれ。2001年、若年就労支援団体「育て上げネット」設立。2004年5月NPO法人化。内閣府「パーソナルサポートサービス検討委員会」委員、文部科学省「中央教育審議会生涯学習分科会」委員、埼玉県「ニート対策検討委員会」委員、東京都「東京都生涯学習審議会」委員等歴任。著書『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『ニート支援マニュアル』(PHP研究所)、『NPOで働く-社会の課題を解決する仕事』(東洋経済新報社)ほか


認定特定非営利活動法人
育て上げネット 広報担当マネージャー
山﨑 梓
1990年生まれ。2010年から学生ボランティア団体で災害救援活動や地域貢献活動に参加。卒業後に育て上げネットに入職。ユースコーディネーターとして支援に関わりながら調査・研究を担当。現在は広報・寄付担当マネージャー。行政・自治体の若年無業者向けの支援に関わる技術審査員等歴任。共著に『若年無業者白書2014-2015』(バリューブックス)

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