そこらへんのワカモノ

若年者就労支援などの活動を行う、認定NPO法人「育て上げネット」理事長の工藤啓氏とスタッフによるエッセー

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アカデミー賞作品に登場した
「自覚のない当事者」を考える

認定特定非営利活動法人 育て上げネット
山﨑 梓(やまざき・あずさ)
※組織名称、施策、役職名などは掲載当時のものです
公開:

今年のアカデミー賞は映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が強烈な成果を残す結果となりました。日本でも公開初日から話題を呼んでいます。

本作の主人公エヴリンはADHD(注意欠如・多動症)の設定で、そのバックグラウンドを基にした生きづらさや、日常にあふれる困難に絶えずストレスをかけられている様子が見受けられます。

なお、作中にはADHDや発達障害という言葉は一切出てきません。そういう意味では前述した設定はいささか乱暴な説明でした。エヴリンのキャラクターをもう少し詳細に書くとしたら「自覚のない当事者」ということになるかと思います。

「大人の発達障害」という言葉が広まって久しくなりましたが、大人になっても自分の個性に気づかないまま生きづらさを感じている方は、まだまだたくさんおられることでしょう。

私自身、若者支援の活動を始めるまで、言葉そのものは聞いたことはあっても、それぞれがどういった特徴があり、実生活にどう影響するのか知りませんでした。専門家の話を聞くほど、いかに「常識」や「当たり前」というのが無意味であるか思い知らされます。

本作ではADHDという個性を、現代映画のひとつのトレンドにある「マルチバース(多元宇宙)」に紐づけて豊かに表現されていました。

本作の監督を務めたダニエル・クワンは作品を描いていくなかで、自分自身のその個性に気づいたと話しています。彼も30代になってから医師から診断を受けた「自覚のない当事者」であったのです。

Salon誌のインタビューに、彼は自身がADHDの診断を受けたときのことをこう振り返っています。

It's such a beautiful, cathartic experience to realize why your life has been so hard.
(なぜ自分の人生がこれほどハードだったのかを理解することができました。浄化されていくような美しい経験でした)。

salon.com「The Daniels on the ADHD theory of "Everything Everywhere All at Once," paper cuts and butts」より

「生きづらさ」の原因はいろいろなところにあり、自分の人生はそういうものだと受け入れておられる方も多いです。誰もがクワン監督のように診断を肯定的に捉えられるかといえば、必ずしもそんなこともないでしょう。

作中で主人公エヴリンに「ADHDですよ」なんて伝えるキャラクターはひとりもいません。彼女はきっと今後も生きづらさを感じるでしょうけれど、それに説明や名前をつけようとはしなそうです。

日常にある「生きづらさ」の説明が欲しくなったとき、医師や専門家に相談するのは自分を知るためのポジティブな行為です。それがアイデンティティであると納得しやすくなります。

私たちのような若者支援の場にも臨床心理士などの専門性のあるスタッフがいたり、仕事体験が中心の場では日々の言動から見立てをたてることもしています。病院やクリニックに行くのはちょっと気が引ける⋯という方も、そうした方法はおすすめです。

認定特定非営利活動法人
育て上げネット 理事長
工藤 啓
1977年東京生まれ。2001年、若年就労支援団体「育て上げネット」設立。2004年5月NPO法人化。内閣府「パーソナルサポートサービス検討委員会」委員、文部科学省「中央教育審議会生涯学習分科会」委員、埼玉県「ニート対策検討委員会」委員、東京都「東京都生涯学習審議会」委員等歴任。著書『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『ニート支援マニュアル』(PHP研究所)、『NPOで働く-社会の課題を解決する仕事』(東洋経済新報社)ほか


認定特定非営利活動法人
育て上げネット 広報担当マネージャー
山﨑 梓
1990年生まれ。2010年から学生ボランティア団体で災害救援活動や地域貢献活動に参加。卒業後に育て上げネットに入職。ユースコーディネーターとして支援に関わりながら調査・研究を担当。現在は広報・寄付担当マネージャー。行政・自治体の若年無業者向けの支援に関わる技術審査員等歴任。共著に『若年無業者白書2014-2015』(バリューブックス)

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