若年者就労支援などの活動を行う、認定NPO法人「育て上げネット」理事長の工藤啓氏とスタッフによるエッセー
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社会のどこかで、
誰かが気にかけてくれることで
生まれる自己肯定感
山﨑 梓(やまざき・あずさ)
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若者支援は「申請主義」の原則があります。支援する側は相手の希望がなければ動き出すことができません。勝手に支援を始めるにはいきません。支援を望む方を支えるのが原則です。
かといって、申請(問い合わせ・リクエスト)はとても億劫なものです。前回も紹介した内閣府の調査では、そもそも相談して解決できると思われていないし、嫌な経験をするのではと思われていることが分かります。
▼相談したくないと思う理由[性別、年齢別](15歳~39歳)
私もどちらかというと、申請が苦手な方だという自負があります。プライベートでも人を誘うのが苦手です。誰かを遊びに誘った記憶は久しくありません。自分の都合に人を付き合わせてるような気がして気が引けます。映画でもなんでもひとりが気楽です。
申請主義はプライバシーの配慮の点で必須で、守られるべきと理解しつつ、その前提では起こせないような体験がつい最近ありました。
10年前、私の誕生日に友人からLINEが送られてきました。「誕生日だからケーキを食べました」と。それも2人です。私の知らないところで勝手にケーキを食べ、それを報告されるのです。我が家にケーキが届くわけでもなく、「来年は一緒に」とお誘いもない。本当にケーキの写真が送られてくるだけで、彼らにお返しをすることもありません。
驚くことに、このケーキ報告は10年欠かさず続いています。「誕生日おめでとう」すら書いてないときもあります。「今年は(有名店)のケーキを食べました」だけのときだってあります。その日は数回のメッセージの往復で近況報告して、次はまた1年後⋯⋯。
当初、彼らの遊びに付き合っている感覚でしたが、今となっては「つながり」を実感させてくれる貴重な経験になっています。私のことを年1回思い出して、ケーキを食べている人がいるというのは妙な自己肯定感が湧いてきます。
ふと思い浮かぶのは墓参りでしょうか。お盆に墓前で線香をあげ、手を合わせ、心のなかで故人を想う。年1回のケーキ報告は「忘れてないよ」と伝える儀式のようなものかもしれません。それにしても10年も続く儀式は無償の愛と言わざるを得ません。私が彼らと定期的に会っているならともかく、この間に会ったのは結婚式の1回だけですから。
なぜこれだけ続けてくれたのかはわかりませんが、私が「あぁ、今年も孤独じゃなかった」と救われている以上、無粋なことは聞かないほうが良いでしょう。
話を戻しますが、申請主義にならうと「毎年ケーキ食べてその報告をするけど良い?」と聞かないわけにいきません。10年前にそんなこと言われたら即断るか、「なんで?」と聞き返していたでしょう。そうしたらこの儀式はきっとなかったでしょう。
私たちは若者たちの状況を「社会的孤立」と表現します。その孤立の状況を変えるのは、必ずしも決まったプログラムや形のあるコンテンツに限ったことではありません。どんな形であれ「誰かに忘れられていない」ことが、私が私でいるためには大切なのだと実感させられます。
雑記的なコラムになりましたが、孤立解消を支えるのは、年に1回の意味のない事柄でも良いということが言いたかったのだと思います。
5月も後半を迎えこの時期から、新しい環境に慣れることができずに退職・中退など、社会から離れる人が増えていきます。卒業してから連絡を取っていない友人や知人がいたら、本当に何でもないメッセージをポンと送ってみてはいかがでしょうか。それが誰かの孤立感を和らげるきっかけになるかもしれません。
認定特定非営利活動法人
育て上げネット 理事長
工藤 啓
1977年東京生まれ。2001年、若年就労支援団体「育て上げネット」設立。2004年5月NPO法人化。内閣府「パーソナルサポートサービス検討委員会」委員、文部科学省「中央教育審議会生涯学習分科会」委員、埼玉県「ニート対策検討委員会」委員、東京都「東京都生涯学習審議会」委員等歴任。著書『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『ニート支援マニュアル』(PHP研究所)、『NPOで働く-社会の課題を解決する仕事』(東洋経済新報社)ほか
認定特定非営利活動法人
育て上げネット 広報担当マネージャー
山﨑 梓
1990年生まれ。2010年から学生ボランティア団体で災害救援活動や地域貢献活動に参加。卒業後に育て上げネットに入職。ユースコーディネーターとして支援に関わりながら調査・研究を担当。現在は広報・寄付担当マネージャー。行政・自治体の若年無業者向けの支援に関わる技術審査員等歴任。共著に『若年無業者白書2014-2015』(バリューブックス)