そこらへんのワカモノ

若年者就労支援などの活動を行う、認定NPO法人「育て上げネット」理事長の工藤啓氏とスタッフによるエッセー

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メタバースで隣人を感じる
若者たち

認定特定非営利活動法人 育て上げネット
山﨑 梓(やまざき・あずさ)
※組織名称、施策、役職名などは掲載当時のものです
公開:

過去にこちらのエッセーでも触れたことがありますが、インターネット上に作られた仮想空間に人が集まってコミュニケーションをとる「メタバース」という考え方が、世間に知られるようになりました。

若者支援の領域でもずいぶんと注目されているようで、毎月のようにコンテンツが生まれてはニュースで取り上げられています。 記事では「家から出られなかったり、社交的な場へ出ることに苦手意識がある人でも参加しやすいようにしたい」といった趣旨が書かれていることが多い印象を受けます。そうした記事を読んでいて気になるのは、「実際にメタバースには価値があるのか」ということではないでしょうか。

私は最初、懐疑的なところがありました。なぜかというと、メタバースがそこまで実体社会に浸透した実感が無いからです。ユーザーから一定の需要があるサービスであることは疑いようがありませんが、Meta社(旧Facebook社)が目指しているような、出社から会議まで仮想空間で行うような社会はまだ到来していませんよね。

世間にまだ浸透していないのに、若者の状況だけを照らして「仮想空間だったら参加できるのではないか?」とするのは適切な仮説なのだろうかと思ったのです。若者たちも世間の一員ですから、彼らが本当にそれを求めるのだろうかと。とはいえやってみなければわかりません。天気予報といっしょで、予想と結果が違うなんてことはいくらでもありますから。

先月から、私たちも実際にメタバースを活用したプログラム「メタ広場」を試験的に動かし始めました。

これは従来から行っているオンライン支援のプログラムに参加している若者向けの空間で、不特定多数の人が参加できるようなオープン型ではありません。また、多くの方がメタバースといわれて想像するような3D空間でもありません。昔ながらのゲームみたいにドットで構築された2D空間です。

このプログラムが進んでいく間もメタバースへの興味は続いていました。これまでビデオ通話でつないで関わることができていた若者たちに、どんな新しい価値が提供できるのだろうかと不思議でなりませんでした。

実際にやってみた若者たちの声は興味深いものでした。ある若者は「作業がやりやすかった。周りの人もやってるんだなと思うと集中できる気がした」と話していました。別の方は「なんとなくみんなそこにいる感が良い」とも教えてくれました。

空間が用意されたことでひとりひとりの存在がくっきりと見えるようになったのでしょうか。通話の先にいた支援者やほかのメンバーが、確かに存在していると体感しやすくなったようです。

もうひとつ興味深い反応は「スタッフが近づいてくるのがうれしい」という声でした。アバターは手を挙げるモーションができるのですが、“メンバーが手を挙げたらスタッフが近づいていき声をかける” というコミュニケーションが生まれます。学校で先生に質問する感覚でしょうか。

質問すると、スタッフが回答する。そこに挙手、マップの移動という工程が追加されて手間が増えているようにも思うのですが、このモーション(動き)に価値を見出せるというのは重要な視点だと思います。

思えば、肩より上くらいしか見えないビデオ通話はずいぶんと限られた情報でのやり取りであります。そこに存在を感じられるかというと、結構難しいのかもしれません。メタバースで空間が生まれることでビデオ通話を超えた付加情報が生まれ、解像度が高まるのだと私は理解しました。解像度が高まれば「他者」を見いだせるようになり、若者たちが悩む対人関係や関係構築の面がより強調されるようになるのでしょう。

私個人の意見を申し上げれば、ニュースが取り上げるように若者が参加しやすいという点も要点でありますが、それ以上に、メタバースを通じて若者たちが実体社会での人付き合いやコミュニケーションの不安が解消されたり、練習しやすくなることがより重要な価値ではないかと思います。

メタバースを活用した支援には、若者の不安や悩みを解消する機会をより高い精度で提供できていそうだと感じています。今後もこのメタバースを活用した支援の価値が具体化されていくようにウォッチしていきましょう。

認定特定非営利活動法人
育て上げネット 理事長
工藤 啓
1977年東京生まれ。2001年、若年就労支援団体「育て上げネット」設立。2004年5月NPO法人化。内閣府「パーソナルサポートサービス検討委員会」委員、文部科学省「中央教育審議会生涯学習分科会」委員、埼玉県「ニート対策検討委員会」委員、東京都「東京都生涯学習審議会」委員等歴任。著書『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『ニート支援マニュアル』(PHP研究所)、『NPOで働く-社会の課題を解決する仕事』(東洋経済新報社)ほか


認定特定非営利活動法人
育て上げネット 広報担当マネージャー
山﨑 梓
1990年生まれ。2010年から学生ボランティア団体で災害救援活動や地域貢献活動に参加。卒業後に育て上げネットに入職。ユースコーディネーターとして支援に関わりながら調査・研究を担当。現在は広報・寄付担当マネージャー。行政・自治体の若年無業者向けの支援に関わる技術審査員等歴任。共著に『若年無業者白書2014-2015』(バリューブックス)

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