大学、専門学校や企業などの研究室を訪問し、研究テーマや実験の様子をレポート
第11回 Part.5第11回 スポーツビジネスのあり方を科学的に考察(5)
Part.5
ファン意識や行動を解明し
新たな研究を開始する
スポーツ科学学術院 原田 宗彦研究室
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開幕まではスポーツ以外の問題がクローズアップされがちだった北京オリンピック。しかし、いざ始まると世界最大のスポーツの祭典にふさわしく、トップアスリートたちの熱戦が興奮や感動を呼び起こす大会となった。同時に、開会式や閉会式の大がかりなアトラクション、多額の放映権料を支払っている国に合わせた決勝時間の設定など、オリンピックが巨大なスポーツビジネスの側面を持っていることも感じさせる大会だった。そこで今回は、スポーツビジネスの研究に取り組んでいる早稲田大学スポーツ科学学術院・原田宗彦先生の研究室を訪ね、スポーツが持つビジネスの側面についてお話を伺うことにした。(Part.5/全5回)
スポーツファンの意識や行動を解明するのは簡単ではなさそうだが、原田先生の研究室ではこれまで数多くの調査でその実態を探ってきた。その一例として、2008年10月にまとまった調査結果の概要を教えていただくことにした。
スタジアムでのインタビューで
揺れ動くファンの感情を分析
この調査は、Jリーグのあるチームのファンを対象に、試合当日のスタジアムでインタビューとアンケートを実施したもの。実施時期は2007年9月。そのうちインタビューは、調査する人が被験者と行動を共にしながら発言を記録し、その発言内容から対象者の感情の揺れを客観的なデータとして分析するなど興味深い内容になっている。
インタビュー調査は、年齢やチームへの思い入れの程度(熱心なサポーター、一般的なライトファンなど)によるタイプ分けを行ったうえで、複数の被験者の協力を得て実施。そのうち、ライトファンの男性1人(観戦経験は多いが、調査したスタジアムは初めて)とライトファンの女性1人(観戦自体が初めて)をピックアップして分析している。
調査の時間帯は、(1)スタジアムに着いてから観客席に入るまで、(2)観客席に入ってから試合開始まで、(3)試合開始から試合終了まで、の3つに分けている。被験者の感情は、「不満足」「中立的」「満足」「感動」の4つに分類。さらに、それぞれの程度を5段階に分けて評価。こうして、被験者の感情の揺れを時系列でグラフ化し、客観的に分析できるようにしている。
「被験者の男性ファンは、試合が始まるまでの2つの時間帯では感情の揺れが少ないですね。『中立的』と『満足』が多くて、一部で『不満足』があり、観客席に入った瞬間や応援歌を聴いたときは『感動』を感じています。
女性ファンは、試合が始まるまでの2つの時間帯では、スタジアムに着いたときや観客席に入った瞬間などに『感動』を感じていますが、『不満足』から『感動』まで感情の揺れが大きいのが特徴です。
試合中は、男性ファンの感情は『中立的』と『満足』が多く、試合を比較的落ち着いた感情で楽しんでいて、応援のすごさには『感動』しています。女性ファンは、試合展開や応援の様子によって、ほぼ『中立的』から『感動』までの間で感情が揺れ動いていることが分かります」
800人を対象にしたアンケートで
ファンの意識や行動を探る
アンケート調査は、約800人の観客の協力を得て実施している。調査内容は詳細なものだが、ここではごく一部だけ取り上げて紹介することにしよう。
調査対象者の年齢構成は、18歳以下が7.4%、19~22歳が9.6%、23~29歳が20.6%、30~39歳が36.7%、40~49歳が19.8%、50歳以上が5.9%で、30代の多さが目立っている。
2007年シーズンの、調査時点までの観戦回数は平均6.36回。16回目の人と初めての人がそれぞれ15.6%で最も多く、頻繁に観戦する熱心なファンがいる一方で、新たなファンも呼び込んでいることがうかがえる。
また、「今後もこのチームのホームゲームを観戦したいか」という質問に対する回答は、「まったくそう思わない」が2.8%、「そう思わない」が0.1%、「あまりそう思わない」が1.2%、「どちらともいえない」が7.0%、「少しそう思う」が10.5%、「そう思う」が16.5%、「非常にそう思う」が64.1%で、年間に何回も観戦する人が多いことを裏づける結果になっている。
その一方で、「ホームゲームのチケット価格に満足しているか」という質問に対する回答は、「まったくそう思わない」が7.7%、「そう思わない」が8.2%、「あまりそう思わない」が16.1%、「どちらともいえない」が30.1%、「少しそう思う」が19.4%、「そう思う」が11.0%、「非常にそう思う」が7.5%で、評価は分かれている。
ただ、再観戦を望む人の多さ(計約90%)を考えると、チケット価格には多少の不満があっても、再観戦意欲のほうが強く働いて、何回もスタジアムに足を運ぶ結果につながっていると見ることもできそうだ。
「eスポーツ」をテーマに新たな研究を開始
原田先生は、新たなテーマとして「eスポーツ」に着目し、2009年度から大学院生と一緒に本格的な研究を開始する。
「eスポーツというのは、分かりやすくいうとテレビゲームが進化したものです。プレイヤーがディスプレイやスクリーン上でサッカーなどの試合をして、観戦者はそれを見て楽しむ。デジタル化されてはいますが、基本的にほかのスポーツと同じです。これが将来、非常に大きな産業に育つ可能性があり、研究テーマとしても面白い」
eスポーツは、日本ではあまり知られていないが、海外では急速に発展しているそうだ。eスポーツのプロプレイヤーもいて、大会がテレビやインターネットで中継され、人気を集めている。お隣の韓国はとくに盛んで、決勝戦の会場に12万人もの観客が詰めかけるほどだという。
テレビゲームが高度に発達した日本でeスポーツが広まっていないのは不思議な感じもするが、原田先生は「日本ではテレビゲームに対する抵抗感が強く、eスポーツを『スポーツ』の一種ととらえることを阻害しているのではないか」と指摘する。
最後に、2009年度からeスポーツの研究をどのように進めていく予定なのか伺ってみた。
「具体的な研究内容については、これから詰めていく段階ですが、2009年4月に高性能のコンピュータを導入します。処理速度が非常に速くて、画像の表現力もパソコンに比べるとはるかに高い。そのコンピュータやディスプレイなどの機材を実験室にそろえて、ゲームをやってみるところからスタートですね。
まずは、ゲームの達人を育ててみようかと(笑)。eスポーツが実際のスポーツのイメージトレーニングにつながったり、そのスポーツを好きになったりするなどの副次的効果も考えられるので、そのあたりのことも含めて、さまざまな人々と協力し合いながら研究を進めていきたいと考えています。
将来的には、この東伏見キャンパスがある西武新宿線沿線をeスポーツのメッカにしていこうという構想も練っています」
おそらく日本で初めてとなるeスポーツの研究。その進展は、eスポーツそのものの発展につながっていく可能性も秘めているようだ。
『スポーツビジネス』を学びたい高校生へ
スポーツ科学の中でスポーツビジネスの分野を学ぶことは、普通の商品にはない感動、ホスピタリティ(人をもてなすこと)、サービスなどまで含めて、対象を客観的にとらえ科学的に分析する能力を身につけることにつながります。そういう意味では、非常に汎用性の高い学問分野だといえるでしょう。
そのため、卒業後の進路も、学校の体育の先生、地域スポーツの指導者、Jリーグのクラブ(チームの運営母体)、フィットネスクラブなどスポーツ関連から一般企業などまで多彩になっています。
学校を選ぶときには、カリキュラムがしっかりしていることや、いい先生がそろっていることが重要なポイントになります。ただ、それを判断するのはなかなか難しいので、高校の先生とよく相談しながら自分に適した学校を見つけてください。
ここ数年、スポーツ科学関連の学部学科が増えてきているので、学ぶチャンスは広がっていると思います。
原田 宗彦(はらだ むねひこ)
1954年、大阪府生まれ。京都教育大学教育学部卒業。筑波大学大学院体育研究科修了。ペンシルバニア州立大学博士課程修了(Ph.D.)。鹿屋体育大学助手、大阪体育大学講師、フルブライト上級研究員(テキサスA&M大学)、大阪体育大学体育学部教授を経て、2005年から現職。主な著書に『スポーツ産業論』(編著/杏林書院)『スポーツマーケティング』(編著/大修館書店)『スポーツマネジメント』(編著/大修館書店)『スポーツイベントの経済学』(平凡社)などがある。