研究室はオモシロイ

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第27回 Part.4

第27回 光センシングでVRやARの進化をめざす(4)
Part.4
人や環境の可能性を広げる
XR(エクステンデッドリアリティ)

慶應義塾大学 理工学部
情報工学科 杉本 麻樹 准教授
※組織名称、施策、役職名などは原稿作成時のものです
公開:

VR(バーチャルリアリティ)という言葉はすでに一般的な用語として定着し、AR(オーグメンテッドリアリティ=拡張現実)という言葉も知られるようになってきた。では、いまVRやARによってどのようなことが可能になり、どのような研究が進められているのだろうか。今回は、センシング技術をベースにVRやARの進化に取り組んでいる慶應義塾大学の杉本麻樹先生の研究室を訪ねてみた。(Part.4/全4回)

Part.3「バーチャル環境でのコミュニケーションを拡張」はこちら

▲杉本 麻樹准教授

最近では、VR・ARを内包する「XR(エクステンデッドリアリティ)」という言葉が使われているそうだ。「X」は頭文字であるとともに、VRやARを含めて、より幅広い技術領域、研究領域を包括するという意味もあるのだという。

ここまで、杉本先生の研究の具体例を教えていただいたが、VRやARの将来性、また、それらを活用した多様な環境や人を拡張する研究の展開の可能性などについても伺ってみよう。その前提として、VRやARの本質的な意味などを整理していただいた。

「VRはいま、ヘッドセットとかゲームシステムとして我々の身の回りにあるので、非常にエンタテインメント性が高いものというふうに多くの方が認識していらっしゃるかなと思います。

そのVRの本質は、現実世界から我々が感覚の窓を通じて得ている感覚情報と認知のセットをコンピュータからの出力に対しても現実と同じように感じられる『等価点』を探していくものといえます。現実のものとコンピュータのなかにあるものを同じかたちで認知できるようなシステム、そういったものをつくっていくのがVRの究極的な形態ではないかと思います。

ARという概念は、VRで使われている、現実世界と同じ感覚をコンピュータの出力に対しても得られるという技術を前提としています。

VRは、コンピュータの中や遠隔地にある環境に没入するかたちで、あたかもその空間にいるような感覚を提示することを主体としていますが、ARは我々の目の前にある現実の環境の上に現実と等価性のあるコンピュータからの情報を重ねていくことを本質としています」

ユビキタス光センシングで
現実感の高いVR・AR環境を実現

実用化の進展や研究領域の拡大などに対応して、杉本先生はこれからどのように研究を展開していこうとお考えなのだろうか。

「VRもARも、現実の世界をいかに正確に測るのかということが基盤技術の1つになっています。現実の世界の人間の状態や振る舞いなどを正確に把握することによって、それを反映したコンピュータの中の世界をつくるのが非常に重要なポイントなのです。

我々は『ユビキタス光センシング』と総称しているのですが、実環境に組み込んだ光センサーと機械学習を活用して、従来はバーチャル環境では考慮することが難しかった細やかな身体情報を計測することをめざしています。

ロボット工学で『不気味の谷』という言葉があります。人間に近いロボットをつくって、それがどんどん人間に似てくると不気味に感じることがあり、そこを不気味の谷といっているのです。

たとえば、CGキャラクターが動いているシーンでは、写真だとそれなりにきれいだなと思うようなものでも、キャラクターが瞬きをしないとか目線をどこに置いているのかわからないということから、すごく違和感を覚えてしまうことがあります。

我々は、ユビキタス光センシングによる計測を基にこうした身体情報を計測することでバーチャル環境のリアリティを高め、不気味の谷を乗り越えてより自然に感じられるシステムをつくることを重要なテーマと位置付けています。また、そうした基盤技術に基づいて現実感の高いバーチャル環境を構築することで、人や環境の可能性を拡張する研究をさらに進化させていきたいと考えています」

VR・ARによるバーチャル環境で
人や社会に対する認知の変容も

VRやARは、実用化という点ではいまどのような段階にきているのか、将来に向けてはどのような可能性を持っているのか、ということについて杉本先生はどのようにみているのか伺ってみた。

杉本先生はVRやARの進化が、コミュニケーションのあり方や、人間の身体に対する認知のあり方を変えていく可能性があり、そこにも注目しているそうだ。

「いま、バーチャル環境において、大規模なユーザーがコンピュータの中の世界、ネットワークの中の世界で一緒につながって、新しいコミュニティを構築しているようなシチュエーションが生まれつつあります。そういう情報化された新しい社会が、数多くのVR・ARサービスの中で、身近になってきています。

たくさんの人が、時間的な制約、空間的な制約を超えて、バーチャルな空間の中で、自分自身をCGキャラクターに置き換えて新たな身体性を獲得したうえでコミュニケーションするというような環境ができています。現実の世界を超えた身体を自らが選択し、自在に操作することができる。こうした環境に、人がどのように適応して、どのような選択をするのか。

こうした拡張された環境の中で、人がどのように変わっていくのか、それぞれの人の身体性の変容とともに、自身を含めた人や社会に対する認知がどういうふうに変容していくのか、といったことも、とても興味深いテーマだと思っています」

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