研究室はオモシロイ

大学、専門学校や企業などの研究室を訪問し、研究テーマや実験の様子をレポート

第17回 Part.3

第17回 ウェアラブル技術で健康危機管理を実現(3)
Part.3
研究成果の実用化をめざす取り組み

東京理科大学 総合研究機構
危機管理・安全科学技術研究部門 板生 清教授
※組織名称、施策、役職名などは原稿作成時のものです
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私たちが何気なく過ごしている日常には思わぬ危険が潜んでいる。災害、事故、病気などは、いつ誰の身に起きても不思議ではない。また、今年の夏も熱中症の多発がニュースで伝えられたように、毎日の生活のなかでも健康面の危険にさらされる可能性がある。学問の世界でも、そうした時代の要請も踏まえながら、危険を回避したり適切な対処をしたりするための危機管理についてさまざまな研究が進められている。そこで今回は、危機管理の研究に取り組んでいる東京理科大学総合研究機構の危機管理・安全科学研究部門において、主に人間の健康危機管理を研究している板生清先生を訪ね、研究の背景や内容、成果の実用化などについて話を伺ってみた。(Part.3/全4回)

大学での研究成果の実用化を
NPO法人が推進

▲板生 清教授

ウェアラブル生体センサーの実用化は、主に板生先生が設立したNPO法人が担っているので、そのことに簡単に触れておこう。

板生先生は、ウェアラブル・インフォメーション・ネットワークの技術や考え方を広めるとともに社会のなかで実用化していくことを目的として、2000年に特定非営利活動法人「ウェアラブル環境情報ネット推進機構(WIN)」を設立。大学での研究と並行してWINの理事長としても活動を続けてきた。

「大学で研究をしているだけでは、その成果を社会に広めたり、実用化につなげたりしていくことはなかなか難しいのです。そこで、大学で進めている研究をベースにして、ウェアラブル・インフォメーション・ネットワークを社会のなかで実現していくための組織をつくり、さまざまな分野の専門家も集まって活動しているのです」

WINはNPOなので営利を目的としていない。しかし、研究成果の実用化となると、具体的な製品づくりやサービスの提供などが必要になってくる。そのため、WINのなかで起業することになり、2008年に「WINヒューマン・レコーダー」という会社が設立された。

このようにして、ウェアラブル・インフォメーション・ネットワークの実現をめざす体制が整っていくなかで、2010年初めに生体センサーができあがったのだ。

高齢者の健康を見守る
新たなサービスが可能に

センサーを使った健康危機管理システムの具体化例としては、離れた場所から高齢者の健康を見守るサービスなどが考えられている。

自治体や医療機関などがサービスを運営するかたちで、高齢者がセンサーを身につけて生活し、心拍、加速度(身体の動き)、体温を24時間測定し続ける。そのデータを蓄積して自律神経の状態を調べ、気をつけるべきことがあれば適切な対応を行う。また、利用者が倒れているのではないかと思われるような場合には訪問などによって速やかに状況を確認する。こういったサービスを提供することが可能になるため、すでにサービスの事業化に向けた準備を進めている商社もある。

また、こうした広域的なサービスとは別に、高齢者用マンションなど居住施設での利用も想定されている。

「1人暮らしの高齢者は、いま500万人もいて、将来は1000万人を超えるとさえいわれています。こういう人たちは生活していても健康に不安を感じていることが多いのです。そこで、たとえば高齢者用マンションなどで、センサーを使った健康危機管理のサービスを提供することが考えられます。

診療所やナースステーションが併設されたマンションに高齢者の方が入居して、センサーを身につけて自由に生活する。管理室のようなところではセンサーから送られてくる情報を常にモニタリングして、もし何かあればすぐに医師や看護師が対応するといったことが可能になるのです。

このように、ハードウェアの進歩によって、24時間365日、身体の状態をチェックし続けることができるようになるわけです。これは健康危機管理に質的な変化を起こすものだといえるでしょう。生体センサーは、そうした新たなブレークスルーを起こす可能性を持っているのです」

健康状態を判断するための
データベースづくりを準備

▲自律神経活動指標

健康危機管理システムの実用化に向けて運用面での実験や準備も進められている。

「生体センサーを活用した健康危機管理システムを構築していくためには、運用などソフト面の実証も必要です。そこで、千葉県のNPOに協力していただいて、医師が少ない地域でモニターとして約50名の高齢者の方にセンサーをつけて生活していただき、センシングやデータ収集の実証実験に取り組みました。この実証実験は今年2月から開始して7月に終わったので、その結果を分析しながら次のステップに入っていくことになります」

システムの実用化に向けた運用面の改善点などは、これから検証していくことになるが、システムを運用する前提として、センサーを使い続けてもらう動機づけが重要なポイントになることがわかった。

「何事もそうですが、最初は関心があって始めても、それをずっと継続するのは難しいものです。センサーをつけて生活するのも同じで、次第に面倒に感じるようになることもあります。

それでも使い続けてもらうには、自分の健康管理のためになるということが具体的なかたちでわかるようにしていくことが重要です。たとえば、センサーの測定結果を基にして、あなたの健康状態はいまこうなっていますという情報を随時提供したり、病気の兆候かもしれないときにはそれを伝えていくようにすれば、健康危機管理システムの必要性を認識してもらえるのではないでしょうか。

ただ、そうしたことは医者でさえ判断が難しい場合もあり、センサーの測定結果だけで健康状態を的確に判定することは簡単ではありません。それを可能にするには、たくさんの測定データを集めて、健康状態との関係を詳しく分析することが必要になります。

そのため、そうしたデータを集めるのがこれからの課題の1つになっています。それも、できれば高齢者の集団、主婦の集団、セールスマンの集団、研究者の集団というように、その人が属している集団ごとにデータを集め、集団ごとの健康状態の特性もわかるようなデータベースをつくりたいと考えています」

板生先生は、このデータベースづくりについて、大学とWINが共同で進めていくことを検討している。

《つづく》

●次回は最終回、熱中症の危機を回避するネッククーラーの実現についてです。

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