大学、専門学校や企業などの研究室を訪問し、研究テーマや実験の様子をレポート
第6回 Part.4第6回 化石を通じて未来の環境変動を予測(4)
Part.4
質量の異なる炭素の割合から
時代を決めることが可能
教育学部 地球科学教室 平野 弘道研究室
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地球温暖化に伴う環境変化は、人類を含む生物にとってきわめて重大な問題だ。そのため、政治や経済の立場からは、人為的な要因としての二酸化炭素排出量の削減について世界レベルで議論が重ねられている。学問の世界でも、地球科学分野を中心に温暖化を含む地球環境の研究が活発化していて、古生物学の立場から地球環境にアプローチするケースも出てきている。古生物学は、化石の研究というイメージがあるが、どのような視点、どのような方法で地球環境に迫ろうとしているのだろうか。今回は、早稲田大学教育学部(および大学院創造理工学研究科)の平野弘道先生の研究室を訪ね、古生物学による地球環境の研究について教えていただくことにした。(Part.4/全4回)
研究対象の1つになっている炭素同位体。これはどのようなもので、どのような研究を進めているのかについても話をうかがってみた。
「二酸化炭素の炭素(C)には、質量が12の炭素と13の炭素がありますが、その割合は時代によって変動していることが明らかになっています。したがって、採集した試料に含まれる12Cと13Cの割合を分析し炭素同位体比を求めることによって時代を決めることができるのです。
炭素同位体比の変動は、植物の光合成に関係があります。植物は、光合成するときに12Cから成る二酸化炭素をたくさん吸収する性質があります。海の植物プランクトンも光合成をしていますから、12Cをたくさん吸収して海底に沈みます。通常は、海底の酸素で植物プランクトンが分解されて12Cは海中から大気中へと戻っていくので、長い目で見ると炭素同位体比は一定に保たれます。
しかし、海洋無酸素事変が起こると、沈んだ植物プランクトンが分解されなくなります。そのため、大気中から12Cが減って割合の変動が起こるのです」
中国黒竜江省の調査で
地層の時代を明らかに
炭素同位体比の研究は国内でも行っているが、ここ数年、中国が主な研究フィールドになっている。
「中国では、羽の生えた恐竜などさまざまな化石が出ていますが、その時代を決めるのが難しいのです。というのも、中国の地層は陸成層といって、陸上の河川や湖に堆積した地層なのです。時代を決める『標準化石』といわれるものは海にいた生物の化石ですから、中国でいくら化石が出てきても時代がわからない。
それで1999年に中国の研究者から、私のやり方で地層の時代を調べてもらいたいという依頼があったのです。それ以来、毎年のように卒論生や大学院生と一緒に中国にいって調査をしています。場所は、黒竜江省、河北省、遼寧省、吉林省などです。
研究は、地層から採集した植物の破片を分析して炭素同位体比を求める方法を採っています。ただ、いい試料が出にくいという事情もあって、なかなか難しい。それでも、ここ3年ぐらいの黒竜江省の調査で一定の成果を上げることができました。ある重要な地層の炭素同位体比の変動パターンが、白亜紀に数回あった海洋無酸素事変のうちの1つとほぼ一致することを明らかにしたのです」
この研究成果は昨年、北京で開かれた国際古生物学会および福岡で開かれた国際堆積学会で発表している。
日本での海洋無酸素事変の有無や程度を解明
平野先生の研究室では、古生物学を通じた環境変動に関する研究を10数年間継続しているが、国内でもさまざまな成果を上げている。
たとえば、海洋無酸素事変が日本、つまり北大西洋西部におよんだかどうかは世界中の誰も明らかにしていなかったが、平野先生の研究室では、化石試料や炭素同位体比のデータによって、日本にも影響があったことを突きとめている。
さらに、数回あった海洋無酸素事変のうち約9,400万年前に起きたものは、ドーバー海峡周辺よりも日本のほうが程度が穏やかであったことも明らかにしている。
平野先生は、こうした研究をさらに推し進めて、温暖化と地球環境変動の関係に迫っていく考えだ。
「どのくらいまで気温が上昇したら、大きな環境変動の前兆として、どんな現象が起きるのか。そういうことを提示できるようになりたいですね。もちろん私たちだけでできることではありませんから、国際共同研究なども含めた幅広いアプローチを重視しながら研究を進めていきたいと思っています」
平野 弘道(ひらの ひろみち)
1945年生まれ。横浜国立大学教育学部卒業。九州大学大学院理学研究科修了。理学博士。2001年~2003年に日本古生物学会会長を務める。主な著書に『絶滅古生物学』『恐龍はなぜ滅んだか』『繰り返す大量絶滅』『古生物学からみた進化(講座 進化3)』(分担執筆)『地球環境と生命史(古生物の科学5)』(分担執筆)などがある。