研究室はオモシロイ

大学、専門学校や企業などの研究室を訪問し、研究テーマや実験の様子をレポート

第13回 Part.3

第13回 時代に適した経済や金融のあり方を探る(3)
Part.3
日本の金融システムのタイプと課題

慶應義塾大学
経済学部 池尾 和人研究室
※組織名称、施策、役職名などは原稿作成時のものです
公開:
 更新:

2008年9月初旬、世界はまだ、その後わずか1~2か月で「百年に一度」とさえいわれる経済危機に陥ることに気づいていなかった。私たちの生活を直撃している経済危機はなぜ起きたのか、その背景には何があったのか。そんな疑問の答えを探すとともに、日本の経済や金融が抱える課題について教えていただくため、慶應義塾大学経済学部の池尾和人先生の研究室を訪ねた。(Part.3/全4回)

銀行が中心になっている
日本の金融システム

▲池尾 和人 教授

池尾先生は、経済のしくみと同様に、経済を支える金融のあり方も時代や環境に適したものに変わっていかなければならない、という観点から金融のあり方を探る研究を続けてきた。研究内容は、金融システム全体の問題から銀行レベルの問題などまで多岐にわたっている。

そこで、長年の研究を踏まえて、現在の日本の金融システムや銀行の課題、今後のあり方などをどのように分析しているのか教えていただくことにした。まず、日本の金融システムにはどのような特徴があるのか、そこから話をうかがってみた。

「金融システムのあり方は、国ごとにずいぶん違います。それぞれの国の経済発展の歴史などいろいろなものを反映しているからです。 それを大前提にしたうえで金融システムを分類すると、大きく2つのタイプがあります。

1つは、銀行中心の金融システムです。日本の金融システムは、いうまでもなくこのタイプです。ヨーロッパの大陸諸国、フランスやドイツなどもこのタイプで、とくにドイツは産業と金融の結び付き方などが日本とよく似ています。

もう1つは、資本市場中心型の金融システムで、アメリカやイギリスがこのタイプです。もちろん大きな銀行もあるのですが、歴史的な理由もあって資本市場(*3)企業が株式や社債(一定期間後に購入額に利子を付けて支払うもの)などを発行して投資家から資金を調達する取り引を行う場のこと。が発展し、大きな役割を果たしているのです」

日本は銀行中心の金融システムということだが、それは日本にとっていいことなのだろうか? 改善すべき点などはないのだろうか?

「2つのタイプは、それぞれの国の歴史を反映してできあがったものなので、どちらがいいとか悪いとかいうことはありません。

ただ、日本の場合、経済発展のためには、資本市場を活用する市場型金融をもう少し拡大してもいいのではないかと思います。

日本では、1996年頃から金融制度改革が行われ、それ以前に比べると市場型金融はそれなりに発展してきましたが、その役割の大きさはアメリカやイギリスとは比較になりません。まだまだ日本では、金融といえば銀行のことなのです」

経済が成熟した時代には
投資機会を見逃さないことが大切

池尾先生は、市場型金融の拡大が望まれる理由の1つに、前述した日本経済が「高齢化」しているという問題があると話す。

「日本だけではありませんが、先進国の経済は成熟化が進んでいます。そうなると、新しい産業や企業が次々に成長するといったことは少なくなるので、投資チャンスが少なくなってきます。

この話は、エラーという観点から考えると分かりやすいかもしれませんね。

エラーには2種類あります。1つは、投資すべきでないものに投資してしまうエラー。もう1つは、投資すべきものに投資をしないエラーです。

戦後、日本経済の復興期には投資するチャンスはたくさんありましたが、お金がなかった。こういう時代には、お金を慎重に使うことが大切なので、投資すべきでないものに投資するエラーを避けなければいけません。そういうのを見きわめるのは銀行が得意なのです。

しかし、いまのように、お金はあるのに投資するチャンスが少ない時代には、投資すべきものを見逃してしまうエラーを避けるべきです。そのためには、銀行の1つの価値観だけで判断するのではなく、さまざまな評価尺度を持つ投資家が参加している資本市場に判断をゆだねたほうがエラーを少なくできるのです」

銀行全体の規模が大きすぎるため
利益が上がらない構造に

日本では、金融システムの中で銀行が大きな役割を果たしているということだが、その銀行の現状や課題についても話をうかがってみた。

「銀行について考えるときには、金融システムレベルの問題と、銀行自体の問題に分ける必要があります。

システムレベルの問題としては、オーバーバンキングといわれる状態になっていることがあります。これは、銀行全体の規模、つまり銀行が持っているお金の量が大きすぎるという意味です。企業などが銀行から借りたいと考えるお金の量に対して、銀行全体が持っているお金の量が大きすぎるのです。

借りたい量よりも貸せる量のほうが大きいので、銀行同士が競争することになり、銀行は利益が上がらない構造になっています」

ここ10年ぐらい、銀行の合併が相次いで、銀行の数は減っているが、それでは問題は解消しないのだろうか。

「たしかに、昔に比べると銀行の数は減っています。しかし、たとえば2つの銀行が合併して1つになっても、それは名目上の数が減るだけで、持っているお金の量は変わらない。そういう状態がいまも続いているのです」

メガバンクの活路を開くのは
資本市場や海外での事業拡大

では、全体の規模が大きすぎる金融システムの中で、個々の銀行はどのような方向に進んでいけばいいのだろうか? 現状のままでいいはずはない。

「小規模な銀行の場合は、ニッチといって、ほかの銀行が気づかないようなすき間の需要を開拓する方法があります。実際に、地域の小規模な銀行のなかには、ユニークな経営で業績を伸ばしているところがあります。

問題はメガバンクと呼ばれる大手の銀行です。メガバンクは非常に規模が大きいので、ニッチをねらっても業績を伸ばすことにはつながりません。

今後の方向性として、1つは先程お話しした市場型金融のほうに出ていって、そこで事業を拡大することが考えられます。

もう1つの方向性は海外ですね。アジアを中心に海外に出て事業を展開することです。これまで銀行の海外進出は、日本のメーカーが海外に出ていくのについていって、日系企業にお金を貸し付けることが多かったのですが、最近は現地企業にもお金を貸し付けて事業を拡大するようになっています。

ただ、メガバンクのうち最も積極的に海外進出していたところが、サブプライムローン問題でいちばん大きな打撃を受けましたから、その辺りは難しい面もありますね」

【用語解説】
*3 資本市場:企業が株式や社債(一定期間後に購入額に利子を付けて支払うもの)などを発行して投資家から資金を調達する取り引を行う場のこと。

《つづく》

●次回は最終回「経営者の行動をチェックするコーポレート・ガバナンス」です。

新着記事 New Articles