大学、専門学校や企業などの研究室を訪問し、研究テーマや実験の様子をレポート
第14回 Part.4第14回 体型分析を基に快適な衣服づくりを追求(4)
Part.4
フィット性の高い紙おむつを
花王との共同研究で開発
家政学部被服学科 大塚 美智子研究室
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衣服は、人間にとって最も身近で生活に欠かせないものだ。その衣服を選ぶとき、まずカタチや色をポイントにすることが多いが、実際に着るうえでは身体へのフィット感を含めて快適性が重要になってくる。では、衣服にかかわる学問として長い歴史を持つ被服学の分野では、衣服の快適性を実現するために、どのような研究が行われているのだろうか?今回は、乳幼児から高齢者までを対象に快適な衣服づくりの研究に取り組んでいる日本女子大学家政学部被服学科の大塚美智子先生の研究室を訪ねてみた。(Part.4/全4回)
大塚先生の研究室では、花王との共同研究で、フィット性を向上させたパンツ型紙おむつを開発している。今回は、この共同研究の内容について教えていただくことにしよう。
「花王は、以前から紙おむつを商品化していましたが、それまでの考え方を変えて新しい発想で紙おむつをつくっていきたいとのことで、2002年に担当スタッフの方が私のところに相談にこられました。スタッフの方との話し合いを通じて、いまあるおむつの延長線上ではなく理想のおむつを1からつくっていきましょう、ということで意見が一致し、共同研究をスタートさせたのです」
共同研究は、従来のおむつを検証することから始まり、大塚先生はある欠点に気がついた。
「おむつは、花王以外のメーカーも含めてですが、肌触り、保温性、汗の発散性などについてはかなりよくできていました。しかし、サイズフィット性や姿勢への配慮がほとんど欠如していたのです。そこで、サイズフィット性と姿勢への配慮は私が担当し、それ以外は花王のスタッフが担当して共同研究を進めることにしました」
大塚先生は、乳幼児の体型と動作にフィットするおむつをつくるため、体型特徴の分析に取りかかった。
「まず、従来のおむつがどのような形状をしているのか詳しく調べたのですが、赤ちゃんのお尻は本当におむつの形状の延長線上にあるのか疑問を感じ、確かめてみることが必要だと考えました。
幸い、花王では以前から社員のお子さんたちをモニターにして身体の計測をしていました。そこで、私もその場に出向いて、お子さんたちに協力していただき、身体に布を当てて立体裁断で赤ちゃんの体表面の型を取ったのです。その結果、従来のおむつは赤ちゃんの身体の形状と少し違うけれど、そんなに的はずれではないことがわかったので、従来の形状をベースにしてフィット性や姿勢への配慮を考えていくことにしました」
乳幼児の身体を詳細に計測し
データから体型特徴を分析
次のステップとして大塚先生は、乳幼児の体型特徴を明らかにするため、モニターの身体計測を始めた。計測項目は、身長、胸囲、腰囲、体重はもちろん、大腿付け根囲、腹部前側長(脇線より前側の長さ)、腹部後側長(脇線より後ろ側の長さ)、股上前後長(身体中心における前ウエストから後ろウエストまでの長さ)など23項目におよぶものだった。
「計測したのは、6か月から50か月までの赤ちゃんや幼児で、2~3年かけて419名のデータを蓄積しました。そして、高齢者ボディを開発したときと同様に、蓄積したデータから主成分分析によって体型特徴を明らかにしていきました。
それとは別に、赤ちゃんの身体の3次元形状も計測しました。赤ちゃんに研究室の3次元計測装置を使うのはムリなので、スライディングゲージを持っていきました。これは、たくさんの細い棒が密集しているもので、身体に棒の片側を当てるとスライドして反対側に身体の形状が現れるのです。そうして、何とか赤ちゃんの身体の型を取ることができました」
体型特徴の分析結果や身体の3次元形状の計測を基にして、標準体型のボディをつくった。これも手作業となり、研究室の学生が苦労しながらつくりあげていった。その後、ゆとり入りのボディをつくるため、赤ちゃんの動作解析を行った。
「赤ちゃんの腰、お腹、お尻、背中などに光を反射するマーカーを付けて複数の赤外線ビデオカメラで撮影し、そのデータをパソコンに取り込み、身体のどこがどのように動いているのか解析したのです。それを踏まえて、どこにどれだけのゆとり量が必要か明らかにし、ゆとり入りボディもつくりました」
小さな力でズレを防ぐため
骨盤上部のギャザーを提案
この研究には、もう一つ大きなテーマがあった。それは、おむつのズレをなるべく小さな力で防ぐことができないか、という問題だった。
「赤ちゃんのお腹はスイカのようにポコンと出ているので、どうしてもおむつがズレやすいのです。それを抑えるために、どのメーカーの商品も全体にストレッチ部材を使って締め付けたり、ゴムで絞り込んだりしています。これでは赤ちゃんの身体に負担がかかるので、より小さな力でズレないようにする方法を探っていったのです」
大塚先生はこの問題で、人間の身体には動作の起点になるような部分があることに着目した。
「以前から、和服を着るときには骨盤のすぐ上の辺りを腰紐で締めると苦しくなくて着崩れもしない、といわれていました。
私が行ったほかの実験でも、人間の身体には動作の起点になる部位があることがわかっていました。たとえば、背中で上半身と下半身を区分する部位は支点のようになっていて、動作をしたときにほかの部位は伸びるのに、そこは動かない。もしかしたら、骨盤の上部にもそうした支点があるのではないかと考えたのです。
そこで、ウエストだけにゴムを入れたおむつをつくって、どこでズレが止まるか実験をしました。その結果、予想どおり骨盤の上部のところで全部止まって、それより下にはズレないことがわかりました。
それで、おむつに腸骨(骨盤の前面上部)ギャザーを付けるといいでしょうという提案をしたのです。提案に基づいて花王のスタッフが試作品をつくり、実際にズレを抑えられるか実験をしました。試作品を赤ちゃんに4~5時間着用してもらい、従来の商品との違いを調べたのです。評価はお母様方にしていただいたのですが、腸骨ギャザーのあるおむつだとズレにくいと感じた方が85%もいて、ズレを抑えられることが確認できました」
共同研究から生まれた商品が
グッドデザイン賞を受賞
こうしたさまざまな研究を経て、フィット性の高い紙おむつ『メリーズパンツのびのびウォーカー』が商品化され、2005年9月に発売された。そして、このおむつは2008年度のグッドデザイン賞を受賞し、すぐれた商品であることが広く認められることになった。
現在、大塚先生の研究室と花王との新たな共同研究が動き出している。これは高齢者の身体機能をサポートするような衣服を開発しようというもので、衣服とサポート効果の関係について実験などを進めているところだ。
乳幼児から高齢者までを対象に快適な衣服のあり方を追求してきた大塚先生は、これまでの成果を踏まえて研究をさらに進化させていく考えだ。
「最終的には、人間生活を支えてあげられるような衣服づくり、生きていく力を与えてあげられるような衣服づくりを実現したいと思っています。身体にフィットして、動きやすく、きれいで、身体機能をサポートする。そういう衣服をつくっていきたい。そのために必要な研究なら、どんなに難しいことでも取り組んでいくつもりです」
『被服学』を学びたい高校生へ
被服学は、衣服という人間にいちばん近いモノをつくるための学問です。そして、衣服というモノをつくるためには総合力が必要になります。
素材についての科学的な理解、衣服を設計製作する力、衣服を適切に手入れして長く使っていく管理能力、色彩を含めた美の感覚、商品としての流通・消費に関する知識などが求められ、これほど総合力が必要な分野は少ないと思います。
こうした総合力は、衣服にかかわる仕事に就いてからも大変役立ちます。さまざまな専門家の考えをきちんと理解し、全体を見通しながら仕事を進めることができるからです。
学校を選ぶ際にも、総合力を身につけられることが大切なポイントになります。あるいは、何らかの専門性を重視したい場合は、それに適した学科を探すのもいいでしょう。また、総合力を身につけたうえで、国内外を問わず専門性を追求する大学院などに進む道もありますから、視野を広げて調べてみると選択肢が増えると思います。
《キーワードから探る学び分野の一例》
キーワード:衣服
学び分野 → 服飾、デザイン・工芸 など
キーワード:流通・消費
学び分野 → 経済、経営、商業、経営情報 など
キーワード:高齢者
学び分野 → 福祉、生活、行政 など
大塚 美智子(おおつか みちこ)
1954年、福岡県生まれ。1976年、日本女子大学家政学部被服学科卒業。1980年、お茶の水女子大学大学院家政学研究科被服学専攻修了。相模女子大学短期大学部助手、学習院女子短期大学講師、日本女子大学講師、聖徳学園短期大学専任講師、聖徳大学短期大学部助教授を経て1999年、日本女子大学家政学部助教授。2004年から現職。博士(学術)。主な著書に『新版家政学事典』(朝倉書院)『衣生活の科学』(アイ・ケイコーポレーション)『繊維便覧』(丸善)などがある。