研究室はオモシロイ

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第15回 Part.4

第15回 風力など新エネルギー導入促進の技術を探る(4)
Part.4
エネルギーを有効利用する装置、
インバータを開発する

工学院大学
工学部 電気システム工学科 荒井 純一研究室
※組織名称、施策、役職名などは原稿作成時のものです
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地球温暖化対策は、いまや人類共通の課題だ。なかでもCO(二酸化炭素)排出量が多い電力分野では、風力や太陽光などCOを出さない新エネルギーの導入が期待されている。とはいえ、風力発電の発電量は、まだごくわずかだといわれている。では、社会的な期待が大きいにもかかわらず、風力発電など新エネルギーの導入がそれほど進んでいないのはなぜだろうか?
その疑問の答えを探るため、今回は風力発電など新エネルギーを中心に電力の安定供給につながる技術を研究している工学院大学工学部電気システム工学科の荒井純一先生の研究室を訪ね、新エネルギーの導入が進んでいない理由、導入促進のための技術課題、その課題の解決をめざして取り組んでいる研究内容などについて話を伺うことにした。(Part.4/全4回)

直流を交流に変えるインバータを
新エネルギーにも応用

前回は、風力発電の電力出力平準化の研究について教えていただいた。荒井先生はそのほかに、インバータ応用の研究にも力を入れている。最終回となる今回は、風力発電や太陽光発電など新エネルギーとの関係も含めて、この研究の目的について伺ってみた。

「インバータというのは、電気の直流を交流に変換する装置のことです。一般的にはエアコンなどでインバータという言葉がよく使われいるので、言葉だけはご存知の方も多いのではないでしょうか。

このインバータは、実は新エネルギーとも非常に深い関係があります。新エネルギーを考えるうえでは不可欠の要素といっても過言ではないくらいです」

荒井先生の説明によると、たとえば太陽光パネルで発電されるのは直流の電気。風力発電でこれから必要になってくる電力貯蔵装置のバッテリーも直流の電気。また、家庭用の燃料電池も直流の電気。こうした直流の電気は交流に変換しないと家庭では使えない。つまり、新エネルギーを利用するために、なくてはならない存在なのだ。

「インバータは今後、新エネルギーに関連する技術のなかで主役の1つになっていくでしょう。ただ、現在はほとんどの場合、直流を交流に変換することだけを担っています。私は、このインバータをもっと『賢く』して、新エネルギーの有効利用や制御に応用していきたいと考えているのです」

太陽光発電装置のネットワークで
停電時も電力供給を可能に

インバータの用途は広いが、荒井先生は現在、太陽光発電への応用を中心に研究を進めている。主なテーマは2つ。1つは、災害時の太陽光発電の活用。もう1つは、太陽光発電が増加したときの電圧上昇対策だ。

「災害時の太陽光発電の活用というのは、自然災害などで従来の電力ネットワークが遮断されたとき、つまり停電したときに太陽光発電の電力を使えるようにすることです。

現在の太陽光発電は、それぞれの装置が単独で発電しています。電力ネットワークが遮断されても太陽光発電自体は可能ですが、装置が容量いっぱいまで発電したら、そこで停電してしまいます。それぞれの装置を結びつけて制御するしくみが何もないからです」

荒井先生はこの研究で、一定地域の太陽光発電をネットワークとしてとらえ、太陽光発電装置に付いているインバータに『頭脳』としての役割を持たせることでネットワーク内の電力供給を維持することに着目。複数のインバータが信号をやりとりすることによって太陽光発電の電力供給を維持する方法をシミュレーションで明らかにした。

「2台の太陽光発電装置と電力を消費する負荷を想定してシミュレーションをしました。太陽光発電装置のインバータは、通常は50ヘルツ(Hz)の周波数を発生するように設定し、1台目のインバータの出力が容量の8割を超えたら周波数を0.5Hz下げ、9割を超えたらさらに0.5Hz下げる制御機能を持たせました。

2台目のインバータは、周波数の変化から1台目の出力が限界に近づいていることを感知して自身の出力を増やし、1台目の負担を減らします。こうしたインバータの制御によって、2台の太陽光発電装置を継続的に運転することが可能になるのです。3台でシミュレーションしても同様の結果を得ることができました」

この研究成果は昨年8月、アメリカの電気学会で発表している。荒井先生は今後、もっとたくさんの太陽光発電装置がつながった場合に、どのような制御が可能か探っていく考えだ。

インバータに機能を追加して
地域の電圧上昇を防ぐ

太陽光発電装置が増加した場合の電圧上昇の研究はテーマ設定をした段階で、これからシミュレーションに着手するところだという。そこで、この研究の考え方を教えていただくことにした。

「太陽光発電装置が各家庭などに普及した場合、ある地域全体で見ると相当の発電量になります。そうすると、その地域全体の電圧が上昇する可能性があるのです。

現在の電力ネットワークでは、発電所から変電所まで電力を送電し、変電所から家庭などに配電しています。その際、変電所では送り出す電圧を102ボルトぐらいにしています。これは、家庭などに届く電圧が100ボルトになるように少しだけ高めにしておく必要があるからです。

ところが、太陽光発電の量が増えて、ある地域全体の電力量が消費量を超えてあふれるような状態になると、電力は変電所に向かって逆流を始めてしまうのです。逆流する際には、電気的に大きな力が働くため、地域の電圧が変電所の電圧よりも上昇する現象が起きて、場合によっては電気製品が壊れてしまうことにつながりかねません」

そうした事態を防ぐために、荒井先生は太陽光発電装置のインバータに電圧を制御する機能を持たせようと考えているそうだ。

「いま太陽光発電装置に入っているインバータは、直流を交流に変える制御だけをしています。そのインバータに太陽光発電の電圧上昇を制御する機能を追加するのです。これはソフトウエア的な対応なのでインバータや発電装置自体に手を加える必要はありません。

ただ、どう制御すればどのくらいの電圧変動を抑えられるのか、別の太陽光発電装置にどのような影響を与えるのかといったことをシミュレーションで明らかにしていく必要があります。

具体的な研究は今年から始める予定ですが、問題点を1つずつ解決しながら実用化をめざし、太陽光発電の普及につなげていきたいと考えています」

将来、風力発電や太陽光発電はさらに増加し、新エネルギーとして重要な役割を果たすことになるだろう。それは時代の、そして地球の要請でもある。荒井先生の研究が、そうした社会への道を開いていくことを期待したい。

荒井先生から進路選びのアドバイス
『電気工学』を学びたい高校生へ

電気工学を学べば、その知識をさまざまなジャンルで活かすことができ、地球環境問題の解決にも貢献できます。

人類はこれまで、石油や石炭などを使って電気エネルギーをつくり、それを安定的に供給することで工業社会という花を咲かせてきました。しかし、これからは環境問題が非常に重要なテーマになってきます。

電気技術者は、風力発電や太陽光発電など二酸化炭素を排出しない電気エネルギーの開発と供給、省エネ型の電気機器や空調機器の開発や運用、二酸化炭素を電気で吸着させる装置の実用化などいろいろなかたちで、社会をゆたかにしながら地球環境問題の解決をめざしていくことができるのです。

学校を選ぶときには、まず電気のどのような分野を専門的に学びたいか考えてみることが大切です。そのうえで、たとえば電気エネルギーに関心があるなら、専門の先生がいるかどうか、学校のホームページなどを調べてみるといいでしょう。

《キーワードから探る学び分野の一例》

キーワード:エネルギー
学び分野 → 応用化学、資源工学 など

キーワード:電気
学び分野 → 電気工学、電子工学、電気システム工学 など

キーワード:地球環境
学び分野 → 環境工学、環境マネジメント、共生環境、地球環境、都市環境 など

荒井 純一(あらい じゅんいち)
1948年、東京都生まれ。1972年、早稲田大学理工学研究科電気工学専攻修士課程修了。同年、東芝重電技術研究所入社。1991年、同システム技術主幹。1996年、同システム技術部長。1998年、東芝電力・産業システム技術開発センター技監。2006年から現職。博士(工学)。

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