大学、専門学校や企業などの研究室を訪問し、研究テーマや実験の様子をレポート
第16回 Part.2第16回 「はやぶさ」が太陽系大航海時代の扉を開く(2)
Part.2
地球スイングバイを組み合わせて
小惑星に向かう軌道に乗せる
月・惑星探査プログラムグループ 國中 均教授
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2010年6月13日、小惑星探査機「はやぶさ」が7年間にもおよぶ宇宙の旅を終え地球に帰還した。数々のトラブルに見舞われながらも世界で初めて地球と小惑星の往復航行を成し遂げたはやぶさの活躍は、日本の科学技術のレベルの高さを示すとともに、多くの人々に感動や感銘さえ与えたようだ。「はやぶさ」プロジェクトの中心メンバーの1人である宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所の國中均教授を訪ね、はやぶさにかかわる研究、設定されたテーマの内容、その評価などについて話を伺った。(Part.2/全4回)
今回は、はやぶさが地球を飛び立ってから還ってくるまでの、イオンエンジンの運用面と技術的評価について話を伺うことにしよう。
はやぶさの打ち上げは2003年5月9日。太陽を回る軌道に乗り、1年後に打ち上げ時とほぼ同じ位置で地球に再接近し、5月19日に地球スイングバイ(地球の重力を利用して軌道を変えること)を行い小惑星「イトカワ」に向かう軌道に乗った。
イオンエンジンによる地球スイングバイは世界初の試みで、それを成功させたことは大きな技術的成果になったという。打ち上げから地球スイングバイまで1年間かけた理由を含めて、イオンエンジンによる地球スイングバイの意義を教えていただくことにしよう。
「イオンエンジンで宇宙を航行することと地球スイングバイをするということは、本来は別々のものなのですが、この2つを組み合わせるとメリットが倍増するのです。
なぜかというと、実はイオンエンジンにはネックがあって、電気がなくなると動かない。遠い宇宙に出かけようと思って加速すればするほど太陽から離れる軌道になってしまい、太陽光発電による電気が充分に得られなくなる。そうすると推力がなくなって加速できなくなり、遠くにはいけない。そういうジレンマがあるのです。そこで、イオンエンジンによる航行と地球スイングバイを組み合わせることにしたのです。
はやぶさは太陽からそれほど遠ざからない軌道を1年間かけて回り、加速していきます。太陽から近いので電気を充分に得ることができ、その電気で加速を続けるが可能なのです。そして、小惑星に向かうための軌道変換を地球スイングバイによって行います。スイングバイでは軌道を変えるだけでなく速度を増すこともでき、はやぶさの場合はイオンエンジン加速と合わせて秒速4km程度の増速をしました。イオンエンジンによる航行と地球スイングバイを組み合わせると、このように大きなメリットがあるのです」
地球帰還時の連続運転では
イオンエンジンが止まるピンチも
こうして、はやぶさはイトカワに向かった。イトカワ到着後は、観測、着陸、サンプル採取などのミッションを遂行した(後述)。しかし、2回目の離陸の後に化学推進機の燃料がほとんど漏れるというアクシデントが起こり、地球との通信も一時途絶した。このアクシデントの復旧に時間がかかったため、地球への帰還は3年延びることになった。
「当初の予定どおりに地球に還れなくなった時点で自動的に3年後ということになりました。地球は1年周期、はやぶさは1.5年周期の軌道で太陽の周りを回っているので、地球に接近できる次のチャンスは3年後、その次のチャンスは6年後になってしまうからです」
地球に帰還するためのさまざまな準備や機器の調整を行ったうえで、2007年3月からイオンエンジンの運転を開始。4月から帰還の軌道に乗せる本格的な巡航運転に入り、10月に1回目の軌道変換を終えた。この間、イオンエンジンは連続運転をしていた。
そして、2009年2月から再びイオンエンジンの本格運転を開始し、2回目の軌道変換に入った。しかし、11月になってイオンエンジンが動かなくなってしまった。
「イオンエンジンは、復路の1回目の軌道変換のときから手放しで気楽に見ていられるような状態ではなく、かなりきわどい運用を続けていたのです。
4基のイオンエンジンのうちAは打ち上げ後から出力が不安定だったので、往路はB、C、Dの3基を同時に運転したり、1基か2基だけ運転したりしていました。復路では途中でBの中和器(後述)が停止したため、CとDを1基は運転用、1基はバックアップ用にして軌道変換を続けていたのです。
ところが、2009年11月にDが停止してしまいました。イオンエンジンはかなり消耗していて、地球に到着するのが先か壊れるのが先かという状態だったのです。これはもうダメかなと思いましたが、私には『あて』がありました。実は、設計時にクロス回路というものを入れておいたのです」
万一に備えたクロス回路で
イオンエンジンが復活
それぞれのイオンエンジンは、イオン源と中和器で構成されている。イオン源はイオンを噴射する装置。中和器は内向きに電流が流れるようにする装置。イオンの噴射は外に出ていく電流になるので、中和器で内向きの電流をつくり「電気回路」として成立させる。逆にいうと、中和器がないと電気回路をつくれないのでイオンは外に出ていくことができない。
「本来は、それぞれのエンジンごとにイオン源と中和器の組み合わせで運転します。しかし、万一に備えて、別々のエンジンのイオン源と中和器を組み合わせて運転することができるようにクロス回路というものを設けておいたのです。このクロス回路によってAの中和器とBのイオン源を組み合わせて1基のエンジンとして復活させ、地球にたどり着くまで運転することができました」
深宇宙探査の技術を実証し
宇宙開発の可能性が広がる
こうして、はやぶさは地球への帰還を果たした。実は、イオンエンジンは大気圏突入に至る場面でも、当初は想定していなかった役割を担うことになるが、それはリエントリーカプセルの話で触れることにして、イオンエンジンの運用についての評価や今後の課題を教えていただくことにしよう。
「イオンエンジンは、静止衛星の軌道制御用に使われたことはありましたが、次に使う場面としては深宇宙(月よりも遠い宇宙)探査が想定されました。我々は今回、イオンエンジンによる深宇宙探査に世界を先導してチャレンジし、成功させることができました。そういう意味では、世界に向けて主張できる大きな成果ではないかと考えています。
それから、往復航行ができたのも非常に意義のあることです。我々は往路だけでなく復路の手段も手に入れることができたのです。
今後の技術課題としては、イオンエンジンのさらなる長寿命化があります。長寿命化にはイオン源や中和器を構成する材料の性能がポイントになるので、どういう材料を組み合わせて、どのように加工するか、さらに研究を進めていきたいと思います」
往路だけのワンウエイトリップに対してラウンドトリップという言い方もする往復航行。はやぶさでラウンドトリップを実現したことは、今後の宇宙探査や宇宙開発の可能性を大きく広げるものということができるだろう。
《つづく》
●次回は「はやぶさの自律的な航法と誘導による小惑星への接近・着陸、サンプル採取について」です。