大学、専門学校や企業などの研究室を訪問し、研究テーマや実験の様子をレポート
第16回 Part.3第16回 「はやぶさ」が太陽系大航海時代の扉を開く(3)
Part.3
小惑星の写真を撮影して
正確な航行を実現
月・惑星探査プログラムグループ 國中 均教授
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2010年6月13日、小惑星探査機「はやぶさ」が7年間にもおよぶ宇宙の旅を終え地球に帰還した。数々のトラブルに見舞われながらも世界で初めて地球と小惑星の往復航行を成し遂げたはやぶさの活躍は、日本の科学技術のレベルの高さを示すとともに、多くの人々に感動や感銘さえ与えたようだ。「はやぶさ」プロジェクトの中心メンバーの1人である宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所の國中均教授を訪ね、はやぶさにかかわる研究、設定されたテーマの内容、その評価などについて話を伺った。(Part.3/全4回)
はやぶさプロジェクトの技術テーマのうち、自律的な航法と誘導による小惑星への接近・着陸、微小重力下の天体表面のサンプル採取についても話を伺ってみた。まず、自律的な航法と誘導とはどのようなものなのか、そこから教えていただくことにしよう。
「自律的というのは、地球からのコントロールではなく、探査機自身が判断しながら航行や着陸をするという意味です。
航法については光学航法というものを採用しています。これは光の情報、具体的には写真を撮って、その情報を基に航行するものです。通常は電波航法というもので航行します。これは地球から探査機の位置を測って誘導していく航法です。
しかし、はやぶさの場合、小惑星イトカワに到着し着陸するのは、地球から見ると太陽の向こう側で2天文単位(1天文単位は基本的には地球と太陽との距離を表す)も離れた場所になります。これだけ遠いと電波航法では誤差が大きくなって軌道決定精度が悪くなります。小惑星の軌道も怪しいし、探査機の軌道も怪しいということになってしまって、どう動けばいいのかわからなくなる。
そこで、探査機から星を背景にした小惑星の写真を撮ります。その星図の中で小惑星がここにあるということがわかると軌道決定精度が格段に上がり、小惑星に正確に接近することができるのです。こういう技術がまず1つあります」
はやぶさ自身が判断しながら
小惑星に着陸
もう1つ、小惑星への着陸のための技術があるというが、これも小惑星まで遠いことを踏まえたものだ。
「地球から着陸の誘導をしようと思っても、電波が1天文単位進むには8分かかるので、信号を送っても2天文単位先に届くのは16分後、返事がくるのは32分後になります。これでは秒単位の判断が必要な着陸などできません。そこで、探査機自身が小惑星との距離や小惑星表面の状態を調べながら自らの判断で着陸する方法をとっています。
具体的にいうと、航法用カメラとレーザー高度計を使って探査機と小惑星との距離と速度を測りながら降下していきます。高度30mまで降下すると近距離センサというものを使って地面がどのように傾いているか確認し、探査機の姿勢が地面に対して水平になるように姿勢を制御したうえで着陸します。こうした作業を探査機自身が判断して行うのです」
天体表面の状態を問わない
サンプル採取方法を開発
小惑星のサンプル採取は着陸と同時に行うということなので、その方法についても話を伺ってみた。
小惑星の重力は地球の10万分の1ともいわれ、サンプルを採取するためにドリルなどを使うと反作用で探査機が飛び上がってしまう。そうした特殊な条件でも可能な採取方法を考え出さなくてはならない。また、サンプル採取の難しさは、微小重力下であることだけではない。
「サンプル採取で難しいのは、小惑星の表面がどのような状態なのか実際にいってみないとわからないということがあります。岩盤なのかもしれないし、砂地なのかもしれない。そのため、表面がどのような状態でもサンプルを採取できる方法が必要になるのです。
このテーマは、惑星物理などを研究しているサイエンティスト(理学系の研究者)が取り組み、いろいろなアイデアが出されました。たとえば、鳥もち方式もありました。鳥もちのような粘着性のものにサンプルを貼り付けるのです。しかし、砂地ならいいのですが、岩盤だったら何も採取できません。
そこで考案されたのが、着陸時に採取装置の中から小さな弾丸(金属球)を小惑星の表面に撃ち込む方法です。この方法は、砂地なら砂が舞い上がるだろうし、岩盤でも破砕した破片が飛び散るので、それを採取装置からサンプル容器に収集します。これなら表面がどのような状態でもサンプル採取が可能で、オールマイティな方法といえるのです」
小惑星着陸とサンプル採取では
自律制御の難しさが課題に
はやぶさは、イトカワへの着陸を2回行っている。計画では、着陸している時間は1秒間で、その間にサンプル採取を行い、すぐに離陸することになっていた。しかし、1回目の着陸では30分ぐらい着陸したままになってしまった。
「自律的制御は大変難しくて、このときはプログラムがうまく機能しなかったようですね。我々は、はやぶさはきっと離陸してくると思って待っていたのですが、着陸している時間があまりに長いので、地球から指示を送って離陸させました。
2回目の着陸は予定どおりにできました。ただ、着陸と同時に行うはずだったサンプル採取については、弾丸を撃ち出していない可能性が高く、計画どおりには進まなかったと考えられています。これも自律の難しさですね。さまざまな条件が成立しないと弾丸を撃たない複雑なプログラムなのですが、はやぶさはいくつかの条件が整っていないと判断したのだと考えられます」
開発した技術をベースに
精度の向上をめざす
この2つのテーマについては、どのように評価されているのだろうか。今後の課題も含めて話を伺ってみた。
「自律的な航法と誘導については、小惑星への接近と着陸を実現しているので、工学的な成果が得られたと考えています。今回得られた知見を基に、航法と誘導をもっとインテリジェントにしていって、次の探査機の設計に反映させることができると思います。
サンプル採取については、技術的な実証はできなかったのですが、方法自体は非常に手堅いものであり、ほぼ完成されていると思います。その方法の発展形として、弾丸に穴を空けて、そこにサンプルが詰まるようにするアイデアも出ています。これならサンプルの層もわかります。回収も、弾丸に紐を付けておけば発射後に絡め取ることができます」
なお、サンプル採取では弾丸を撃ち込むことはできなかったようだが、1回目の着陸時に30分ぐらい接地していたことでサンプルが採取されている可能性もあるという。着陸したときに小惑星表面の物質(サンプル)が低速で舞い上がることが考えられ、長時間接地していたため、その物質がサンプル容器に入り込んでいる可能性があるからだ。
実際、リエントリーカプセルに格納されたサンプル容器から微粒子が見つかっている。それがイトカワのものかどうかは分析中だが、イトカワのものであれば、世界で初めて月以外の天体から物質を持ち帰るという快挙を達成したことになる。
《つづく》
●次回は「リエントリーカプセルの大気圏突入とサンプル回収について」です。