大学、専門学校や企業などの研究室を訪問し、研究テーマや実験の様子をレポート
第18回 Part.1第18回 「音の風景」から環境や文化を考察(1)
Part.1
身のまわりにある「音の風景」は
環境や文化の一部
総合文化政策学部 鳥越 けい子教授
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私たちのまわりにはさまざまな「音」があふれている。朝の訪れを告げる鳥のさえずり、調理や洗濯など生活のリズムを刻む音、クルマや電車が走る音、シンシンと雪が降る夜のような「静寂」という音、そして、多種多様な音楽。こうした「音」の向こうには、そのときどきの自然や人間の営みが存在している。さまざまな「音」に耳を傾けると、私たちの世界をより深く理解することにつながるのかもしれない。そこで今回は、さまざまな「音」を糸口に、環境、文化、社会、芸術、暮らしなどにアプローチし、研究活動とともに環境デザインやまちづくりなど実践活動にも取り組んでいる青山学院大学総合文化政策学部・鳥越けい子先生の研究室を訪ねてみた。(Part.1/全4回)
さまざまな領域におよぶ
サウンドスケープ研究
鳥越先生の多様な研究活動、実践活動のベースには「サウンドスケープ」という考え方があるそうだ。では、そのサウンドスケープとはどのようなものなのか、そこから話をうかがっていくことにしよう。
「サウンドスケープとは『音の風景』という意味です。私たちのまわりには音楽はもちろん、人工的に発生する音、自然が奏でる音、さらには静けさや気配といったものまで含めて人間が感じ取ることのできるさまざまな音があります。それらすべてによって成り立っているのが音の風景なのです。
風景というと目に見えるものだけを思い浮かべがちですが、実は音も分かち難く結び付いています。
たとえば、夏の日差しを浴びて木の葉が輝き、そこにセミの鳴き声が重なるようなとき、私たちは『夏』をより鮮明に感じ取ることができます。このように音の風景は、目に見える風景と同じぐらい重要なものなのです。
そうした音の風景を環境や文化の一部として位置付けるとともに、そこから逆に環境や文化のあり方もとらえ直していこうというのがサウンドスケープの基本的な考え方なのです」
サウンドスケープは、もともとは1960年代後半にカナダの音楽家が提唱したものだという。
「カナダの作曲家でマリー・シェーファーという人が、目に見える風景を表す『ランドスケープ』は重視されているのに、そこにある音環境が忘れられているのではないかという問題意識から『サウンドスケープ』という言葉をつくって、音環境の大切さを提唱し、社会に問いかけたのが始まりです」
自然の音に耳を澄ますなど、音環境を大切にする感性は、実は日本人が古くから持っていたものでもあるそうだ。
「たとえば、江戸時代の人たちは、夏から秋にかけて虫の音を楽しむために、その名所とされるところにお弁当やお酒を持って出かけたりしていて、その様子は浮世絵にも描かれています。欧米には虫の音に耳を傾ける習慣はないのですが、日本にはそういう文化があったということです」
サウンドスケープにかかわる研究はどのようなものが対象になるのだろうか。
「サウンドスケープはコンセプトであって、その言葉自体に『研究する』という意味が含まれているわけではありませんが、人間と世界が音というものを介してどのようにつながっているか、そのインターフェイスのところがサウンドスケープなので、研究対象は文化や生活、環境、都市、社会、芸術、メディアなどさまざまな領域におよびます。
たとえば、本学が所在する青山や渋谷のまちも研究対象になります。現在、聞こえている音だけでなく、昔は都電の音が聴こえていたとか、お囃子の音や物売りの声も聴こえていたといったことを調べていくと、生活の息吹のようなものまで含めて、まちの歴史や現在の姿がとてもリアルに浮かび上がってきます。そのような、音を切口にした地域研究も可能なのです」
フィールドワーク中心に
かつて聞こえていた音なども調査
サウンドスケープの考え方に基づく研究は、問題意識や関心によって非常に幅広いものになるようだが、その研究手法はどのようなものになるのだろうか。
「サウンドスケープ研究は、フィールドワークが基本になります。現地にいって音環境について調べたり、地域の人から聞き取り調査をしたりします。聞き取り調査の場合には、いまは聞かれなくなったけれど、昔はどのような音がどのように聞こえていたのか、その音は地域の人にとってどのような意味があり、どのように受け止められていたのか、といったことについても話を聞きます。
それから、『耳の証人』という言葉があるのですが、小説や紀行文、記録文などのなかから特定の場所で聞いた音についての記述を調べることもあります。ただ、そうした文献調査にとどまらず、その場所がいまどうなっているか現地で調査することが多いので、やはりフィールドワークが中心といえますね」
こうした研究手法が基本になっていることもあって、狭い意味の研究活動にとどまらず、さまざまな実践活動に結びつくケースも多いのだという。
「サウンドスケープ研究の場合、対象を研究したらそれで終わりということにしないのも特色です。たとえば、ある地域の現在の音環境やその歴史などを調査したら、それを環境資源、文化資源の1つとしてとらえ、保存、再生、利用する広い意味でのデザイン活動までかかわっていくことも少なくありません。本来、研究は研究、デザインは実践なのですが、研究が実践につながっていくともいえますし、実践のなかに研究の要素が含まれるという面もあります」
実践的な能力を養成する
ラボ・アトリエ実習
研究と実践が密接につながっているというサウンドスケープ研究の特色は、総合文化政策学部の特色とも共通性があるものなので、そのことに触れておこう。
2008年度にスタートした同大学の総合文化政策学部は、新たな文化創造を推進し、それを世界に発信していくことができる人材の育成をめざしている。そのため、広い意味での文化について深く学ぶこととともに、実践的な能力を養成することも重視。その象徴ともいえるのが文部科学省の「質の高い大学教育推進プログラム(教育GP)」にも採択されたプロジェクト型教育「ラボ・アトリエ実習」だ。
これは、クリエイターやアーティストとのコラボレーション、企業や文化機関との共同イベント、まちづくりや地域文化活動への参加など多彩な実践活動を展開するもの。学生は、研究室ごとに開講しているラボに参加する。科目としては選択科目になり、2年次と3年次に履修。4年次は単位認定はされないが、引き続き参加することもできる。もちろん、鳥越先生の研究室でもラボを開講している。
「研究室では、ゼミとラボの両方を開講しています。ゼミはテーマを決めて、基本的な内容や研究手法などを学んだうえで、テーマに沿った情報収集や調査研究に取り組みますが、私のゼミでは実践活動的な要素もいろいろ入ってきます。
ラボのほうは、研究室として進めているプロジェクトに参加するかたちになるのですが、プロジェクトを進めていくためには対象について調べることも必要になります。ですから、ゼミとラボは別々のものということではなく、研究と実践どちらの入口から対象にアプローチするかの違いだといえるでしょうね」
学生は、同じ研究室のゼミとラボを並行して履修するケースも多いが、ゼミとは別の研究室のラボに参加することもでき、関心に応じて自由に学べるようになっている。
《つづく》
(次回は、サウンドスケープ研究を利用したイベントについてです)