大学、専門学校や企業などの研究室を訪問し、研究テーマや実験の様子をレポート
第19回 Part.4第19回
ICTを教育や国際交流に活用する ~修学旅行をより楽しく~(4)
Part.4
実証実験で見えた手応えと
今後の研究発展について
経済学部 佐藤 文博教授
公開:
更新:
ICT(情報通信技術)は、私たちの生活や社会に不可欠なものとなり、その進化のスピードも驚くほど速い。次々と新しいハードやシステムが登場し、わずか2~3年前のものが「ひと昔前」のものに感じられることも珍しくない。それと同時に、ICTをどう使いこなすのか、さまざまなジャンルにどのように応用していくのかも問われている。学問の世界でも、ICTそのものの研究だけでなく、ICTを教育や国際交流をはじめさまざまなジャンルに活用する研究が進められ、注目を集めている。そこで今回は、中央大学経済学部・佐藤文博先生の研究室を訪ね、海外との遠隔授業や、修学旅行のために開発したスマートフォン用アプリケーションなど、ICTを活用する研究について話を伺ってみた。(Part.4/全4回)
東京スカイツリー周辺で
スマホアプリの実証実験
中央大学経済学部・佐藤文博先生の研究室を訪ね、前回は修学旅行用スマホアプリ「スタスタeye」の運用や事前学習との連携について伺った。最終回となる今回は、高校生と大学生が参加した実験を通じてわかった、今後の活動における課題や研究について伺うことにする。
「スタスタeye」の使い勝手や、実際にオリエンテーリングをしたときの参加者の反応、課題などを確かめるため、2012年9月30日に都内で実証実験が行われた。場所は東京・墨田区。ゴールとしてめざすのは東京スカイツリーだ。
「東京スカイツリーは開業以来、大変な人気を集めています。今後は日本全国からスカイツリーのある墨田区を訪れる修学旅行生が増えるのではないでしょうか。それに、墨田区にはスカイツリーだけでなく、公園やお寺など名所旧跡、あるいは屏風屋さんなど伝統工芸を扱っているようなところもあり、修学旅行の社会学習に適した素材がたくさんそろっているのです。
そういうところを、ただ眺めて帰ってしまうのではなく関心を持って見て回り、地域の人々ともふれあってもらいたい。そのためにスタスタeyeを活用してもらいたい。そういう考えから、墨田区観光協会の協力もいただいて実証実験をすることになったのです」
スタート地点はJRの両国駅。ゴールは東京スカイツリー。この2か所と、回公院(えこういん)、旧安田庭園、横網町公園、業平橋(なりひらばし)、両国国技館、隅田公園(牛嶋神社)、屏風博物館、芥川龍之介記念碑の8か所、計10か所を回るポイントとして選定した。このコース選定は墨田区観光協会のアドバイスも踏まえて行ったもの。スタートからゴールまでの設定時間は2時間だ。
「実験に参加してくれたのは、中央大学附属杉並高校の生徒が8名、経済学部の学生が20名、それ以外に研究会のメンバー、私やゼミ生などスタッフも同行しました。オリエンテーリング自体は、高校生と経済学部の学生の計28名が4名ずつ7グループに分かれて実施しました」
参加者アンケートでは肯定的な意見が中心
スタートは午後2時半。参加者にはその少し前に両国駅に集合してもらい、各班にアプリを搭載したスマホを渡して、アプリの使い方やオリエンテーリングの仕方を説明。その説明は5分程度のものだったという。
「アプリの使い方などは口頭で説明しただけです。もともと、説明書などなくても使い方がわかるようなシステムにしてありますから、普段から携帯電話に慣れている高校生や大学生はすぐに使いこなせます」
こうして実験はスタートし、予定どおり2時間後の4時半には各班がスカイツリーまで回り終えた。終了後、参加者にアプリやオリエンテーリングそのものについてのアンケートを実施。回答の詳細については集計分析中だが、主な項目を見ると、評価はおおむね好評だった。
「コースの設定については96%、出題されたクイズについては87%が肯定的な意見でした。企画全体についてもすべての人が肯定的な回答をしています。個別の意見としても『おもしろい』『楽しい』『理解が深まる』といった感想が出てきています。ただ、画面の扱いやすさについては『あまり良くない』という意見が26%ありました。
このアンケート結果も含めてですが、アプリとそれを使ったオリエンテーリングの企画は、実用レベルでも合格という判断ができると思います。もちろん、参加者から指摘のあった画面の扱いやすさなど課題もありますから、そういう部分は改善していきます」
さらに、GPSを使ってサーバーの地図に各班の位置をリアルタイムで表示させるなど安心安全のためのシステムの充実化も検討していく考えだ。
コンテンツのつくりやすさなど
システムとしての充実化を図る
実証実験の成果や課題も踏まえながら、修学旅行での実用化に向けて、今後はどのような取り組みを進めていくのだろうか。
「修学旅行での活用について、私自身が各学校に働きかけるということはないかもしれませんが、研究会のメンバーである全国修学旅行研究協会は全国の学校の集まりですから、そこから活用に向けた動きが広まっていくことはあると思います。あるいは旅行会社が修学旅行のプランとして組み込む可能性もあるでしょう。
私は、アプリの操作性や危機管理機能の向上を図ったり、コンテンツづくりにより便利な方法を取り入れるなど、システムとしてさらにいいものにしていく研究を続けます。
コンテンツづくりについては、システムを汎用的につくってあるので修学旅行先がどこであっても対応できます。ただ、各学校が導入したときにより使いやすいものにしていきたいと考えているのです。コンテンツづくりは事前学習の一環であり、実用化の段階で重要なポイントの1つになりますから」
実際的な研究を重視し
社会に貢献
最後に、修学旅行用アプリを含めて今後の研究の発展や新たな方向性などについて教えていただくことにした。
「アプリについていえば、研究の延長線上で実現性が高いのは国際化対応です。使う場所や人を問わないシステムなので、言語の部分を置き換えれば国際化対応も可能になると思います。
あとは、やはり国際化の関連ですが、ICTを利用して学校教育と開発途上国の子どもたちの支援を結びつけるような活動ができないだろうかと考えています。たとえば、日本の生徒たちが日本を紹介するようなコンテンツを作成して、途上国の子どもたちとWEBなどで交流できるしくみをつくることができないかと思っています。まだ具体的なかたちを描いているわけではないのですが、そういうことも検討していきたいと思います。
それから、どの研究もそうなのですが、社会と結びつく現実的な研究、実際的な研究になることを重視したいと考えています。論文を書いて終わるのではなく、社会に貢献できるような研究活動をしていきたいですね」
どのような分野に進むとしても、高校生のうちに歴史を勉強しておくことが大切です。これは、入試に必要だからという意味ではありません。進学先で何を学び、将来どのような職業に就くにしても、歴史を知っていることが基本になるからです。
高校までの勉強では問題に正解があります。しかし、仕事に就くと別解があったり正解がない世界を生きていくことになり、将来を見通す洞察力や新しいことを発想する力が求められます。そういう力を身につけるには、日本や世界が現在のような社会になった歴史的ないきさつを知ることが前提になるのです。
これは、ICTの分野でもいえることで、どのように技術が進展してきたか、さらにどのように発展していくのか、変わらない基本的なことは何なのか、ということを考えることが大事です。
進路選びのときも、歴史を振り返りながら社会やICTの未来を自分なりに思い描いてみてください。そのうえで、ICTをどういう角度から学べばいいのか、それに適した学部学科はどのようなところか、しっかり検討してみるといいのではないでしょうか。
佐藤 文博(さとう ふみひろ)
1950年、神奈川県生まれ。1974年、早稲田大学教育学部卒業。同年、財団法人日本情報処理開発協会(1981年、工業技術院出向)。1994年、中央大学経済学部専任講師。1995年、同助教授。1999年、同教授。2002年~2004年、スタンフォード大学Center for Design Research客員研究員。2006年~2008年、経済学部学部長補佐。