大学、専門学校や企業などの研究室を訪問し、研究テーマや実験の様子をレポート
第20回 Part.1第20回
持続可能な食料生産への道を開く ~リーダー養成から創薬まで~(1)
Part.1
グローバルな視点を持つ
食料生産にかかわるリーダーを養成
農学部 千葉 一裕教授
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食料は私たちが生きていくうえで必要不可欠なものだ。幸い、日本では食料に困ることはないが、世界に目を転じると何億もの人が食料不足で苦しんでいるといわれる。地球規模で考えると、人類の食生活は危ういバランスのうえに成り立っているのかもしれない。今回は、これからの食料生産をリードできる人材を養成するために大学院で新たなプログラムを開始した東京農工大学を訪ね、プログラムコーディネーターの千葉一裕教授に、プログラムの目的や内容を中心に、千葉先生ご自身の研究内容も含めて話を伺った。(Part.1/全4回)
石油に依存しない食料生産を担う
国際的なリーダーを養成
東京農工大学が平成24年度から開始したプログラムは「グリーン・クリーン食料生産を支える実践科学リーディング大学院」。これは文部科学省が大学院教育の抜本的改革を支援するために開始した「博士課程教育リーディングプログラム」に採択されたもの。現在は既存の大学院におけるプログラムという位置付けだが、早い時期に独自の専攻へと移行する計画だ。
グリーン・クリーン食料生産とはどういう意味なのか。千葉先生にそこから話を伺うことにしよう。
「グリーン・クリーン食料生産というのは、石油エネルギーに依存しない食料生産のことです。食料生産というと、畑があって、太陽光が降り注ぎ、水をやれば作物ができるというイメージがあるかもしれませんね。しかし、そういう自然農法による食料でまかなえる人口は世界で10億人ぐらいといわれています。
いま世界の人口は70億人ぐらいですから、60億人分の食料は自然農法ではつくることができないのです。国連の推計では、世界の人口は2050年に90億人になるとみられていますから、そうなると80億人分の食料は自然農法ではつくることができなくなります。
では、自然農法以外では何によって食料がつくられているかというと、それは石油や天然ガスなのです。化学肥料をつくるときには石油エネルギーを使います。作物の植付けから収穫、運搬、保存、流通などまで石油エネルギーを使っています。要するに、食料の生産から供給まで石油に依存しているわけです」
千葉先生は、こうした石油依存型の食料生産に警鐘を鳴らす。
「いまのような食料生産を続けていくのは非常に大きな問題があります。それは、石油がなくなったら食料がつくれなくなるということです。ほとんどの人が、この基本的なことに気づかず、食料だけは自然にできると思っているのです。
この問題を解決するのは大変難しいことです。農業の研究という面だけをみても、いまのスピードでは現実の変化に追いつけない。ですから、研究のスピードを上げ、さらには社会、文化、政治といった広い視点で世界全体を見渡しながら、石油に依存しない新しい食料生産を追求し、実践していけるリーダーが必要になります。
そのため、大学の外で実際に食料生産にかかわるリーダーを養成するため、このプログラムをスタートさせたのです」
食料需給のアンバランスや
生態系などにも目を向ける
リーダーに幅広い視点を持つことが求められるのは、食料問題にはさまざまな要素が絡んでくるからだという。
「日本にいると実感できないかもしれませんが、世界レベルでみると食料危機はすでに現実のものになっています。いま、食料が足りないことが直接の原因で1日あたり1万5,000人もの方が亡くなっているといわれているのです。
その一方で日本では、国内でコメをつくるとコストが高いからといって減反などをして、食料のかなりの部分を輸入しています。そのようにして手に入れた食料も、食べ残しなどまで含めると半分ぐらい廃棄されているといわれています。
肥料も最終的には半分ぐらいが地下水に溶け込んで流れ出てしまっている。肥料は先ほどお話ししたように石油の産物ですが、その半分を捨てているということです。非常に大きなムダがあるのです。
さらに、放置される田畑が多くなったり、その地域から人がいなくなったりするため、野生動物が里山から人間の生活圏に入り込んでくることも増えています。
こうしたさまざまな問題を含めて食料生産の全体像をグローバルな視点でとらえ、今後のあり方を考えていく必要があるのです」
食料生産を担っていくリーダーには、世界規模での食料需給のアンバランス、農作物の生産と輸出入のあり方、農業と生態系の関係などさまざまな課題にも目を向け、トータルに食料生産のあり方を追求していくことが求められるということだ。
生活に対する価値観の転換を
日本から世界に発信
千葉先生は、食料問題を根本的に解決するためには生活に対する価値観を転換していくことが重要だと指摘する。
「何かの問題を解決する手段として、高度な科学技術があればいいのではないかといわれることが多いのですが、食料生産の場合、それだけでは解決しないと思います。
もし、食料を2倍生産する技術ができたら何が起きるか。おそらく世界の人口が倍になるでしょう。人間は、生存のための条件が好転すると、それを前提にした生活をするようになるからです。これでは問題は永久に解決しません」
では、食料問題の解決につながる価値観とはどのようなものなのだろうか。
「食料問題で1つの理想の社会をつくっていたのではないかと考えられるところがあります。それは江戸時代の江戸の町です。
江戸では、食べ物の残りなどを川や海に流したりしないで肥料に戻すなどリサイクルをしていました。食べ物だけでなく、着物がほつれたら縫い直して使う。要するに、江戸の人たちはモノを大切にして自然に感謝しながら生きていたのです。
住まいも、長屋のようなかたちで、プライバシーをぎりぎり守りながら暮らしていました。
我々は江戸時代には戻れませんが、生活の満足度は6割から7割であっても、人のことを思いやりながら、少しずつ我慢をして、あるものを分け合って生きていく。そういう価値観を世界中で共有することができるようになれば、いまよりはずっといい社会が形成できるのではないでしょうか。
そういう考え方を世界に発信することこそ日本の役割だと思います。ですから、これからのリーダーには、専門知識を身につけるだけでなく、そういう考え方も理解したうえで世界に羽ばたいていってもらいたいのです」
《つづく》
●次回は、第2回『専門領域にとどまらず、5年間かけ世界で活躍できる人材に』です