大学、専門学校や企業などの研究室を訪問し、研究テーマや実験の様子をレポート
第21回 Part.4第21回 より美しく動きやすい衣服を開発(4)
Part.4
より高度なユニバーサルファッションに
対応する衣服づくりをめざして
文化・服装形態機能研究所 所長 伊藤 由美子教授
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衣服は、デザイン(形状、色、柄など)のよさとともに着心地のよさも大事だ。それも身体にフィットすることはもちろん、動きやすいことが重要になってくる。腕を挙げたり身体をひねったりという動作をしたとき抵抗感が少なくスムーズに動ける衣服なら着心地は快適なものになる。今回は、美しく着心地のいい衣服づくりを科学的な根拠に基づいて追求している文化服装学院、文化・服装形態機能研究所の伊藤由美子教授を訪ねてみた。(Part.4/全4回)
300名以上の中年女性を計測し
形状を平均化した型を作成
最終回となる今回は、より高度な計測技術が求められる高年齢者のニーズに応える衣服など、今後の展開や、これからの衣服づくりについて伺った。
ここ数年は、中年や高齢者の衣服づくりにかかわる研究のウエートが高まっているそうだ。
「これからは高齢者の衣服にかかわる研究が重要になると考えて、2004~2005年に高齢者の意識を調査することにしました。50代から上は90代まで3,000名を超える方にアンケートを行ったのですが、そのときに中年の女性から衣服に関する不満がたくさん出てきたのです。それで、高齢者の研究をする前に中年女性の身体の研究をする必要があると考えました。
そして、3次元形状計測機を中心に手計測も合わせて219名の身体を計測したのです。そのデータを基に発泡スチロールを加工して、S、M、Lと3種類の中年女性の代表的な身体の型を作成しました。これは文部科学省の委託事業として行った研究で、報告会には多くのアパレル企業の方も参加しました。この後、企業との共同研究で、100名の3次元形状計測を行い形状を平均化して中年女性のボディを作成しました」
形状の平均化というのは、たんに寸法の平均値を求めるのではなく、3次元計測データを工学的な手法で平均化し、身体の平均的な形状をつくり出すもの。伊藤先生は、研究所発足の頃に、形状を平均化した青年女性のボディを世界で初めて開発。形状の平均化によって、身体のどこがどう出ているかといったことや姿勢などまで目に見えるかたちで表現できるようになった。
高齢者の衣服の研究を進め
障害者の衣服もショーで提案
伊藤先生は中年女性の衣服の研究を経て高齢者の衣服の研究に着手した。
「高齢者の身体は、青年女性や中年女性のように平均化するのは難しいと考えています。それは、60代後半ぐらいから骨格変化が起きるからです。その骨格変化の仕方は、脊柱の上のほうの頸椎や胸椎が曲がるか、下のほうの腰椎が曲がるかによっても異なってきますし、曲がり方も人によって異なります。また、同じような姿勢をとり続けているとそれが年齢とともに固まって身体の左右差が大きくなります。ですから、形状の平均を求めて、これが高齢者の身体ですと示すことが難しくなるのです。
高齢者の研究は、スタートしてから年数が浅く、まだ計測自体が100名ぐらいしかできていないので、これから計測数を増やしながら、身体的な特徴に合う服づくりをどう進めていくべきか研究したいと考えています。しかし、近年、高齢者衣料に関してのアパレル企業からの要望が多く、すでに高齢者用のボディ開発や衣服パターンの研究も行っています」
さらに、伊藤先生は障がい者の衣服についても研究を進めている。
「障がい者の衣服については、日本では一時期、ユニバーサルファッションという言葉が主流になっていました。障がい者でも健常者でも誰でも着られる衣服という考え方ですね。ただ、私はそれには反対でした。その考え方では中途半端なものしかできない。やはり、障がい者のニーズに合う衣服をつくる必要があると思います。障がいの程度により必要とする機能が違いますから、障がい者の方の声を聴くことがまず大事です。
そのため、いま国立障害者リハビリテーションセンターのスタッフの方たちと一緒に障がい者の方に適した衣服のあり方を研究しているのです。
この研究では、実際に障がい者の方に向けた衣服を見ていただきたいと考え、年に1回、ファッションショーを開いています。障がい者の方にどのような服を着たいか伺って、フルオーダー、あるいは既製服のリフォームでその服をつくり、モデルになって着ていただいています」
服装解剖学の観点から多彩な研究を進めている伊藤先生に、今後の研究の展開について伺ってみた。
「アパレル産業や子どもから高齢者まで消費者が求めているものに研究で応えていきたいと考えています。
先ほどお話しした中年女性でも高齢者でも、身体的な特徴を明らかにして、それを踏まえた衣服づくりをすれば、それぞれの年代ごとにおしゃれを楽しむことができるはずです。もちろん、男性も同じですね。
ですから、これからも研究をさらに進化させて、年齢、性別、障害の有無に関係なく溌剌と暮らしていくことができる衣服の提案をしていきたいと思っています」
衣服は「衣食住」という人間生活の3本柱の1つであり、衣服について学ぶことは大きな意義があります。
衣服に関心があり進学して専門的な勉強をしたいと考えているなら、まず衣服にどのようにかかわりたいのか思い描いてみることが大切です。衣服の世界は幅が広く、デザイナー、パタンナー、スタイリスト、販売、テキスタイル関係などさまざまな職種があります。
進学先ではそうしたジャンル別に学んでいくことが多いので、衣服をつくりたいのか、販売の仕事に就きたいのか、素材開発などに興味があるのか、進みたい方向を自分なりに絞り込んでみることが必要になります。
そのうえで、どの学校でどんなふうに学べるのか調べてみましょう。基本的な情報は各学校のホームページなどで知ることもできますが、できれば学校見学会などにいって自分の目で確かめてみることをおすすめします。衣服の分野では情報がすごく大事なので、図書館や資料室をはじめ情報を収集・活用するシステムが整っているかどうかもチェックするといいのではないでしょうか。
伊藤 由美子(いとう ゆみこ)
1952年、徳島県生まれ。1976年、文化服装学院卒業。現在、文化服装学院服装解剖学教授、文化・服装形態機能研究所所長。2009年、2012年、IFFTI(国際ファッション工科大学連盟)国際会議にて論文発表。講演会やアパレル企業に向けての講習会多数実施。計測データに基づく体型研究と、各種計測データと服装解剖学の見地より、幼児から高齢者の機能的で着用感の高い衣服設計のための体型を研究。