研究室はオモシロイ

大学、専門学校や企業などの研究室を訪問し、研究テーマや実験の様子をレポート

第22回 Part.4

第22回 アクティブラーニング支援技術を研究(4)
Part.4
議論の支援を行うコンピュータシステム

上智大学 理工学部
情報理工学科 田村 恭久教授
※組織名称、施策、役職名などは原稿作成時のものです
公開:
 更新:

ここ数年、学校教育のなかで「アクティブラーニング」が大きなキーワードの1つになっている。アクティブラーニングは、大学教育改革の流れのなかで注目されるようになり、各大学においてさまざまな取り組みが始まっている。また、中学校や高等学校で導入するケースもあり、もともと「調べ学習」などアクティブラーニング的な要素のある小学校にも波及しようとしている。学問の世界でも、アクティブラーニングの方法論はもちろん、アクティブラーニングをコンピュータで支援する研究などが始まっている。そこで今回は、上智大学理工学部情報工学科の田村恭久先生の研究室を訪ね、アクティブラーニング支援技術の研究について話を伺うことにした。(Part.4/全4回)

ディベートの進行役をコンピュータが担う

田村先生の研究室では、発言内容の解析と自動介入以外にも協調学習の議論を支援するさまざまな方法を探っている。

「議論には合意形成をめざすものだけでなく、いろいろなものがあります。たとえば、よく知られている例としてディベートやブレーンストーミングなどがあります。

そういう議論を支援するためには、どのような環境をコンピュータ上につくればいいのか。それを検討し、実験も行っているのです」

ディベートの場合、何らかのテーマについて、賛成側、反対側のグループに分かれ、なぜ賛成なのか、なぜ反対なのかという論拠をあげながら、いかに説得力のある議論ができるか競う。そのとき、通常は進行役が必要になるが、コンピュータが進行役を担うシステムをつくっている。

「コンピュータが2つのグループの発言順を明示して、意見のやりとりをコントロールするようにしています。これは、ただ順番を知らせるだけでなく、不規則な発言を防ぐ意味もあります。実験をしてみて、人間の進行役がいなくても、ディベートをスムーズに進められることが確認できました」

ブレーンストーミングでは
発言内容を「可視化」

ブレーンストーミングについては、発言内容を「可視化」するツールを使うことによって議論しやすい環境にすることを考えているそうだ。その「可視化」とは具体的にどのように行うのか伺ってみた。

「ブレーンストーミングでよく使われる手法にマインドマップと呼ばれるものがあります。たとえば、中心に解決したいテーマを書いて、議論で出てくるアイデアを上下左右に枝のように広げて書いていくものです。

これはもともと手で書いていましたが、いまはコンピュータ上で書いていくことができるツールが出てきています。

アナログなイメージで言うと、何人かがワイワイ議論しながら、内容を黒板に書き込んでいく感じですね。それをコンピュータ上で実現するツールとして『共有ホワイトボード』と呼ばれるものがあるのです」

共有ホワイトボードは、議論の参加者それぞれのPC上で書き込んだり見たりすることができる。

「これを使うと、どんなアイデアが出ているか目で確認できるし、それぞれのアイデアの関係性やつながりもわかりやすくなるので、議論がより活発になったり、アイデアをまとめていきやすくなる効果が期待できます」

支援技術を実用化して
現場の教師をサポート

田村先生は、こうした多彩な支援技術を実用化していくことで、現場の教師をサポートしたいと考えている。

「お話ししたように、協調学習では現場の先生は各グループを見て回るだけでも忙しいと思います。そこで、支援技術によって、たとえば議論が止まっているグループへの介入のタイミングを逃してしまうようなことを防ぎたいと考えているのです。

言葉を換えて言えば、教室のなかで先生の補助役をコンピュータに担わせたいというのが研究の大きな目的です。一部の役割をコンピュータが担うことで、先生にしかできないことをやりやすくする。そういう役割分担ができればと考えています」

ラーニングアナリティクスなど
新たなテーマも視野に

最後に、新たな研究テーマなどを含めて今後の展開について伺ってみた。

「現在の研究をさらに進化させて、実用化につなげていくことがまずあります。文部科学省は2020年までに生徒1人に1台のPC環境を整備することや電子教科書を導入するというビジョンを示しています。そうなると、協調学習をはじめアクティブラーニングにコンピュータを使うことが可能になるので、支援技術も研究段階から現場での実用段階へと移行しやすくなると思います。

それとは別に、新しい研究テーマとして『ラーニングアナリティクス』と呼ばれるものに着目しています」

ラーニングアナリティクスとは、生徒がテストやレポートで学習成果を出すことと、そのために教科書や参考書をどの程度見ているかといった学習活動との因果関係を明らかにする研究分野だという。

「これはなかなか難しい問題で、いまでも学習活動と学習成果の因果関係はよくわかっていない部分があります。

たとえば、協調学習の議論の場合、発言回数が多いからといって、テーマを的確にとらえているとは限りません。発言回数は少ないけれど非常に的を射たコメントをする生徒のほうが実は一所懸命考えているのかもしれない。

ですから、アクティブラーニングにおいてより幅広い支援を実現していくために、1つの方向性として、ラーニングアナリティクスの研究も視野に入れていきたいと考えています」

田村先生は、学校現場でPC使用環境が整っていくことは、これまでの研究を発展させるうえでも、新たな研究テーマに取り組んでいくうえでも追い風になると期待している。

アクティブラーニングの導入はさらに加速していくことが予想され、それを支援する技術の研究も重要な役割を担っていくことになりそうだ。

田村先生から進路選びのアドバイス

コンピュータの勉強をするのはすごく意味のあることだと思います。いま、コンピュータは社会のあらゆる分野で使われているので、学んだ知識を活かす場も非常に広範だといえるでしょう。

そして、コンピュータの知識を活かす場として、これから教育分野のウエートが高まってきます。ただ、コンピュータのことさえわかっていれば教育分野で活躍できるかというと、そうではないんですね。教育のこともわかっていないと教育現場に適したコンピュータシステムを構築していくことは難しいと思います。

そこで、たとえばコンピュータを学ぶ学科で教職課程を履修して教員免許も取得するという方法があります。コンピュータと教育という2つの柱を持つ人材は重要視されるはずです。

これは教育分野だけのことではありません。コンピュータは、経済、法律、語学、文学などほかの分野と手をつなぐことで相乗効果を出しやすいものなのです。ですから、コンピュータに加えて、できればもう1つ柱になる知識も身につけられるような学びを考えてみるといいのではないでしょうか。

田村 恭久(たむら やすひさ)
1961年、東京都生まれ。1985年、上智大学理工学部機械工学科卒業。1987年、上智大学大学院理工学研究科博士前期課程修了。同年、日立製作所入社、システム開発研究所配属。1993年、上智大学理工学部助手。1997年、同講師。2004年、同助教授。2014年、同教授。博士(工学)。主著「電子教科書の要求機能とePub教材による相互運用性の検証」他。

新着記事 New Articles