大学、専門学校や企業などの研究室を訪問し、研究テーマや実験の様子をレポート
第23回 Part.4第23回 町工場と大学が連携し深海探査を実現(4)
Part.4
いよいよ江戸っ子1号を
8000メートル級の深海へ投入
桂川 正巳氏
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2013年11月。ガラス球にビデオカメラなどを搭載した深海探査機「江戸っ子1号」が、日本海溝の深海探査に成功した。今回はその「江戸っ子1号プロジェクト」のまとめ役としてプロジェクト全体にかかわった推進委員会事務局(東京東信用金庫内)の桂川正巳さんを訪ね、プロジェクトの経緯や内容について話を伺うことにした。(Part.4/全4回)
査海域は3か所で
機体回収を最大の目標に
探査の海域は房総半島沖の日本海溝。水深4000m1か所、水深7800m2か所、計3か所に3機を投下することになった。
「本来なら、錘(おもり)の切り離しなど非常に重要な部分は二重に仕掛けをつくるべきですが、我々にはそんな余裕はありません。だから、同じものを3機つくって、3か所で投入して、1機でも上がってきてくれればいいと考えたのです。水深もすべて8000m級にはしませんでした。4000mでも、きちんと海底まで行って帰ってくれば、それで充分です」
海底まで行って帰ってくること。それは、この時点での現実的な目標であり、その考えは機体の構成にも反映されていた。
「めざすのは海底探査でした。しかし、最優先することを3つに絞りました。ガラス球が水深8000m級の水圧に耐えること、錘を確実に切り離して浮上すること、浮上したら必ず発見できること。この3つさえ実現できればそれでいいと考えたのです。そのため、装置も必要最小限の構成にして、最優先事項3つを実現する可能性を高めるようにしました」
水深4000mと7800mに
計3機を投入
出航は2013年9月22日。「かいよう」は横須賀港を出航して房総沖まで進んだ。しかし、台風の接近で引き返さざるを得なかった。
JAMSTECの採択プログラムの期限は2013年度末。「かいよう」の年間運用計画も決まっている。深海探査そのものができなくなる可能性もあった。しかし、JAMSTECのプロジェクトへの理解もあって、11月にもう一度「かいよう」を使えることになった。
11月21日午前9時に「かいよう」は横須賀港を出港し、探査海域へと向かった。
同日午後7時過ぎ、水深4000mに1機目を投入。その後、次の海域に向かい、22日午前7時過ぎに水深7800mに2機目を投入。さらに移動して、同日午前9時30分過ぎに水深7800mに3機目を投入した。
「実験によって、降下するスピードは秒速1mぐらいとわかっていました。水深4000mだと1時間ぐらい、水深7800mだと2時間ぐらいで海底に着くはずです。
どのぐらい降下したか、海底に着いたかどうかはトランスポンダとの音波の送受信で確認するようにしていました。しかし、雑音が多くなって、着床したかどうかまでは確認できませんでした。
かいようの測位システムは、トランスポンダ用に使う周波数の周辺帯域の雑音を消しています。我々は当初、水深1万mもめざして少し違う周波数を使っていたので、雑音が入ってしまったのです。ですから着床までは確認できませんでしたが、着いたであろうとみなしました」
▼探査海域で江戸っ子1号を投入
3機とも探査後に浮上し
回収に成功
回収は2番目の機体から始めた。22日午後1時頃に錘の切り離し信号を送信し、3時頃に浮上。4時20分頃に回収した。
「浮上するスピードも秒速1mぐらいなので7800mだと2時間ぐらいで浮上してくるのです。浮上したあとはGPSに位置信号をきちんと送ることができましたが、その信号は船でも直接確認できたので、その方向に向かって機体が浮上しているのを発見し、回収したのです」
その後、3番目の機体は翌23日午前4時頃に切り離し信号を送信して、午前8時頃に回収。1番目の機体は同日午前11時30頃に切り離し信号を送信して、12時45分頃に浮上、午後1時50分頃に回収。これで、すべての機体を無事に回収することができた。
▼船内でカメラの映像を再生
着床の様子や深海生物を鮮明に撮影
船内で、最初に回収した機体からカメラを取り出し、映像を再生してみた。そこには着底する瞬間や、ヨコエビと思われる生物がエサ台に集まってくる様子、さらに白っぽい魚(シンカイクサウオではないかとみられている)が集まってくる様子まではっきりと写っていた。
「何も写らなくても仕方ない。うまくすればヨコエビぐらい写るかなと思っていたのですが、魚まではっきり写っていて、みんな驚き、喜びました。着底する瞬間や生物が写ったところでは拍手が起きましたね。ほかの2機のビデオにも魚などが写っていました」
最優先事項3つをクリアしたことはもちろん、深海底の生物を撮影し、ヨコエビと思われる生物も採取するなど、探査は大きな成果をあげた。
▼7800mの深海底でエサ台に集まるヨコエビやシンカイクサウオ
「江戸っ子1号は小さな探査機ですが、総合工学でできあがったのだと思います。開発をユニットごとに分けたようにいろいろな技術要素があるので専門性が必要ですが、それぞれの要素の連携を考え、全体のバランスをとることが重要なポイントでした。
たとえば、照明をもっと明るくしようとすると、バッテリーが重くなって浮上できなくなるかもしれない。そういうことを含めて全体のバランスがよかったから、探査も成功したのだと思います」
事業化が動き出し
新たな技術も継承
江戸っ子1号プロジェクトは、その功績が評価され、2014年7月に「第7回海洋立国推進功労者表彰」で内閣総理大臣賞を受賞したのをはじめ数多くの賞を受賞している。
プロジェクトとしては完結した江戸っ子1号。しかし、これですべてが終わるわけではない。プロジェクトを通じて培われたものによって次のステージが開かれようとしている。その1つが「事業化」だ。
「2014年6月に、ガラス球を製作した岡本硝子が海洋・特機事業部を立ち上げました。ここがコア企業となり、ほかの企業もそれぞれ役割を分担して参画し、海底探査機の事業化を進めていきます」
前述したように、大学の研究室でも数多くの論文が発表され、一部の研究はいまも継続中だ。江戸っ子1号プロジェクトを通じて得られた新しい技術や発想は、さまざまなかたちで受け継がれていくことになりそうだ。
▼江戸っ子1号を前に、笑顔のプロジェクトスタッフ