研究室はオモシロイ

大学、専門学校や企業などの研究室を訪問し、研究テーマや実験の様子をレポート

第25回 Part.2

第25回 昆虫の機能をものづくりに応用(2)
Part.2
人間の手ではつくれないものを
生き物につくってもらい、活用する

東京農業大学 農学部農学科
昆虫機能開発研究室 長島 孝行教授
※組織名称、施策、役職名などは原稿作成時のものです
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チョウが春の訪れを告げ、セミの鳴き声が夏を実感させ、スズムシの鳴き声やトンボが秋の気配を運んでくるように、私たちのまわりには数多くの昆虫がいて、ときには季節の移り変わりを教えてくれる。農学分野では、そんな昆虫たちが備えている独特の機能や構造を解明し、ものづくりなどに役立てる研究も行われている。今回は、東京農業大学の長島孝行先生の研究室を訪ね、どのような研究に取り組んでいるのか話を伺ってみた。(Part.2/全4回)

糸に使われない繭(まゆ)を有効活用して
シルクの新たな用途を開発

▲長島 孝行教授

インセクトテクノロジーのもう1つの分野、つまり人間の手ではつくれないものを生き物につくってもらい、それを有効活用する例としては「シルク」の研究がある。

「私が注目しているものの1つに蚕(かいこ)がつくるシルクがあります。シルクは、かつては大きな産業になっていましたが、化学繊維が普及したことにより、現在では着物やネクタイなど一部の繊維製品に使われている程度です。ところが、シルクを研究すると、実はさまざまな活用方法があることがわかりました。

ただ、このシルクも人間の手でつくることはできません。それなら蚕につくらせよう、そのかわり飼う方法をもっと簡単にしようと考え、無菌培養で飼える工場をつくることにも取り組みました。そして、たくさんの蚕にシルクをつくらせ、いろいろな用途開発を進めているのです」

シルクといえば繊維製品。そういう一般的なイメージと違って、シルクは人間の健康につながるものなど、さまざまな用途に活用できるのだという。そういう新たな用途開発に際して、長島先生は繊維には使えない繭やくず糸に着目した。

「蚕が繭をつくっても、糸としては使えないものも結構たくさんできます。あるいは糸をつくる過程でくず糸も発生します。そういったものを糸以外の用途に活用しようと考えたのです」

UVカットや油吸着の機能を
化粧品や医療分野に活用

具体的には、どのような用途開発を行っているのか、それを教えていただくことにしよう。

「シルクは生体との親和性が高いので、肌にやさしく、アレルギーを起こしません。紫外線もカットします。さらに、油を吸着する機能もあります。こうした機能を保ったまま化粧水に利用できるようにしました。

シルクは、蚕の体のなかでは液体で、口から出すときに固体になります。では、その固体を液体に戻せるか? 戻せるんですね。そうすると加工がすごく簡単になって、液体、ゲル、パウダーなどにすることができます。そこで、シルクを液体に加工して化粧水に使えるようにしたのです」

シルクを食品に利用する研究も進められている。

「シルクはタンパク質でできています。そして、先ほどお話ししたように生体との親和性が高いので、食品に利用することも可能なのです。

しかも、シルクは油を吸着する機能があります。シルク自体は消化されにくいタンパク質なので、消化管内の油をくっつけて体外に排出してくれます。そうすると、中性脂肪を減少させる効果が期待できるわけです。

すでに、医学関係者との共同研究によって、シルクを使った食品を食べると中性脂肪の数値が上がらなくなり、数値が高い場合は下げてくれるということが臨床実験で明らかになっています」

それだけでなく、シルクは傷の治療などにも使えるのだという。

▲教授の机上には試作品や研究に使う試料も

「シルクをクリームにして傷口に塗ると、きれいに治るということもわかってきました。繊維芽細胞(真皮の成分をつくる細胞)という細胞があるのですが、シルクはその細胞をものすごく増殖させるのです。

シルクを中年女性の顔に塗る臨床実験ではシワが浅くなることもわかりました。これも繊維芽細胞が成長しやすくなることによるものです。それから、ラットを使った実験で、シルクを塗るとアトピー性皮膚炎がよくなることも確かめました。

いまは、シルクの入った石鹸もつくっているところです。このように、シルクは健康や医療の分野に役立てることもできるのです」

▼シルクを使った化粧品

蚕以外のシルクで繊維を開発し
キッズデザイン賞を受賞

長島先生は蚕以外のシルクも研究して、すでに製品化も実現している。蚕以外にシルクをつくる蛾の仲間は野蚕(やさん)と呼ばれるそうで、野蚕のシルクにはシルクナノチューブという微細な空気の管があってとても軽いことなど、通常のシルクとは異なる特長があるのだという。

「蚕以外にシルクをつくる生き物は10万種類もいるのですが、これまではそれを使うことはありませんでした。ところが、詳しく調べてみると、いいシルクがたくさんあることがわかったのです。

たとえば、蚕のシルクは紫外線のB波をカットするのですが、私はA波もB波もカットする野蚕のシルクを見つけました。これを使って日傘をつくれば、何も塗らなくても紫外線を98.5%カットできます。

もちろん、用途は日傘に限りません。帽子、マフラー、Tシャツなどいろいろなものに使えます。実際に、プロトタイプでマフラーをつくって使っていますが、ものすごく軽い。それから通常のシルクは光沢がありますが、これは麻のように見えてピカピカしない。しかも、そのマフラーをしたまま満員電車に乗っても、暑くなって汗をかくようなことがありません。

そういう特長以外に、ニオイを吸着する機能があるので、介護用の服、タオル、赤ちゃん用の衣類などの素材にも適しています」

長島先生は、この野蚕のシルクを使った製品を繊維メーカーと共同開発し、キッズデザイン賞を共同で受賞している。

「その繊維は、シルクのハイブリッド率を少し下げて30%ぐらいにしているのですが、軽くてニオイを吸着して紫外線もカットします。私自身もその繊維でつくったTシャツを着ていますが、普通のTシャツとは着心地がぜんぜん違って、とても快適です。

こういうものをつくり出す生き物が地球上にまだまだたくさんいます。それを見つけて社会に役立てていくためのアプローチをこれからも続けていきたいですね」

《つづく》
●第3回は『インセントテクノロジーを米作りに活かす』です。

▼野蚕の繭(やさんのまゆ)

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