研究室はオモシロイ

大学、専門学校や企業などの研究室を訪問し、研究テーマや実験の様子をレポート

第25回 Part.3

第25回 昆虫の機能をものづくりに応用(3)
Part.3
インセントテクノロジーを
米作りに活かす

東京農業大学 農学部農学科
昆虫機能開発研究室 長島 孝行教授
※組織名称、施策、役職名などは原稿作成時のものです
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チョウが春の訪れを告げ、セミの鳴き声が夏を実感させ、スズムシの鳴き声やトンボが秋の気配を運んでくるように、私たちのまわりには数多くの昆虫がいて、ときには季節の移り変わりを教えてくれる。農学分野では、そんな昆虫たちが備えている独特の機能や構造を解明し、ものづくりなどに役立てる研究も行われている。今回は、東京農業大学の長島孝行先生の研究室を訪ね、どのような研究に取り組んでいるのか話を伺ってみた。(Part.3/全4回)

砂漠の過酷な環境のなかで
何十年も生き続けるカブトエビの卵

▲長島 孝行教授

長島先生の研究室では、生き物の特性を農業に役立てる研究にも取り組んでいて、それがまちづくりにも発展しようとしている。その生き物は「カブトエビ」。

カブトエビは、体長3センチぐらいで、その名が示すように兜を持っている。約2億年前からほとんど姿を変えずに生き続けていて、「生きた化石」といわれているそうだ。

「カブトエビは、なかなか面白い生き物で、砂漠に非常に適応しています。砂漠では30年に1回ぐらい雨が降って池ができます。すると、そこで大発生するのです。で、水が引くとフッといなくなる。だけど、その間にちゃんと卵を産んでいて、また30年後に雨が降ると大発生するのです」

▼カブトエビ

その不思議な現象のカギは特殊な卵に隠されている。

「カブトエビは、種として生存を続けていくための戦略として、非常に特殊な卵を産むのです。その卵は、乾燥しても、温度が上がっても、ものすごく低温になっても死ぬことはありません。この状態は、乾燥した場所だと半永久的に続くようです。ある論文では300年前の地層にあったカブトエビの卵を水に戻すと発生が始まったという報告があります。

砂漠のカブトエビは、何十年かぶりに雨が降って池ができると、卵が眠りから覚めて一気に発生します。成長もとても早い。1日に3回も脱皮するので、朝、昼、晩でサイズが違います。そして、7日もすれば卵を産み始めます。だから、水がなくなる頃には次の世代の準備ができているのです」

カブトエビは世界各地に生息していて、日本では古くから水田に生息していることが知られていたそうだ。

「カブトエビがいつ頃から日本で生息していたのかはわかりませんが、水田に棲んでいることは各地で確認されています。

なぜ水田なのかを考えてみると、実は水田は砂漠によく似ていることがわかります。水田は田植えの頃から一定期間は水を入れていますが、そのあとは乾燥した状態になります。水のある時期と乾燥した時期を繰り返しているわけで、これは砂漠の環境によく似ている。だから彼らは水田に棲んでいるのではないでしょうか」

雑草を食べるカブトエビを使って
無農薬米づくりを実現

カブトエビは、とてもユニークな生き物のようだが、それを農業に役立てるというのはどういうことなのだろうか。

「カブトエビは卵から孵ると、2日目からエサを食べ始めます。水田では雑草の芽や小さなボウフラなどを食べます。しかし、稲を食べることはありません。成長しても3センチか4センチの小さな生き物なので、彼らにとって稲は大木のようなものであり、食べられないのです。

そして、成長が非常に早いということもあって、1日中活動して雑草の種や芽を掘り起こして食べています。さらに、土を掘り起こすため水が濁って雑草の光合成をじゃまするようにもなります。だから、雑草が生えにくくなるのです」

カブトエビと農業のかかわりには、もう1つ大きなポイントがある。

「カブトエビの卵は、ほとんど不死身といっていいくらいですが、実は農薬には弱くて、水田で農薬を使うと卵も成体も死んでしまいます。これを逆にとらえると、カブトエビが生息している水田は農薬を使っていないという証になるのです。

私はそこに注目しました。水田でカブトエビを計画的に生息させ、農薬を使わなくても雑草が生えない環境をつくり、無農薬米の生産を実現しようと考えたのです。そのようにして生産した米を『カブトエビ米』と称しています」

長島先生は、10年前から埼玉県秩父市の布里田中地区(旧吉田町)で、地域の農家などと共同でカブトエビ農法に取り組んでいる。

「カブトエビは昔から田の草取り虫と呼ばれていて、雑草を食べること自体は知られていました。しかし、1960年代に日本の農業は農薬を使わないとダメだという農薬神話が生まれ、誰もカブトエビの研究はしませんでした。

私は、布里田中地区にカブトエビがいたのを知っていたので、そのカブトエビが雑草の芽やボウフラをどのくらい食べるのか実験したり、特定の農薬には強いということを突きとめるなど基礎研究を積み重ねました。そして、カブトエビを増殖して、無農薬米づくりに取り組んだのです」

▼カブトエビが少ない水田

▼カブトエビ農法の水田(中央部で水が濁っているのが分かる)

《つづく》
●第4回は『農業で地域を活性化させ、福祉と連携する「農福連携」もスタート』です。

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