高等学校とキャリア教育

全国の高校で実施されているキャリア教育の取り組みを紹介

第80回

第80回
高校教育最前線ルポ(群馬県高崎市)
群馬県立高崎高等学校
「3F精神を大切に、『志』と学力・人間力を育成
課題(負荷)が心身を鍛え、社会をリードする礎に」

インタビュー
群馬県立高崎高等学校
進路指導主事 
中川 浩之 先生
SSH主担当 中島 康彦 先生
※組織名称、施策、役職名などは取材当時のものです
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群馬県立高崎高校は地元では『高高(たかたか)』の愛称で知られ、ほぼ全生徒が4年制大学を志望。伝統的に東大をはじめ有名大合格者を数多く輩出。SSHの実践、部活動・行事に力を注ぎ、OBや地域も一致協力して生徒の可能性を引き出している。理念や特色などを2人の先生に伺った。

学力、文化祭、定期戦、部活動…
すべてで一番をめざすのが校風

▲中川 浩之 先生

本校は1897(明治30)年に創立。120年を超える伝統と群馬県でも屈指の進学実績を誇る普通科男子校です。

常に基本に据える教育目標としては、①3F精神(ファイティングスピリット(闘志)、フェアプレー(公明正大)、フレンドシップ(友情)を涵養する、②文武両道を堅持することにより自己教育力を深める、③高い志と豊かな人間性を兼ね備え、広く社会に貢献する生徒を育成する、の3つを掲げています。

3F精神の由来は昭和29年、時の田中悦平校長が生徒会の時間に「高校生の倫理—3F精神」という題で話をされ、生徒たちが感銘を受けたことが始まりとされ、勉強だけでなく行事・部活動すべてに手を抜かず取り組む校風につながっています。

▲中島 康彦 先生

文武両道の実践と堅持・体得が3年間の指導方針の根幹にあり、古き良き時代のバンカラの校風がそのまま今に生きている稀有な高校といえるでしょう。文(学問や学芸)も武(スポーツ・部活動)も全てで一番をめざし、教員も生徒に「無茶だけど、無理じゃない」ことをこなす精神力育成に努め、生徒もそれに応えようともがきながら3年間を送ります。

6月の文化祭(翠巒祭/すいらんさい)は2日間の来客数が1万人を超える地域の名物行事で、中学生や他校の生徒、OB、保護者、お年寄りまで幅広い世代が来校します。文化祭実行委員会はその年の文化祭が終わった次の日から翌年の構想を練り、毎年テーマに沿った展示や企画を準備。表現の主役となる生徒、裏方に徹する生徒、来客案内を買って出る生徒まで、すべてが自分の役割を全うし一つのものを創り上げていきます。

公立校としては珍しく2012年には春の甲子園に2度目の出場を果たしていますし、2016年5月の県高校総体も総合優勝を果たすなど、学芸部を含めてどの部活動も頑張っています。教員も土日や放課後に指導することを厭わず、その熱に打たれて生徒は頑張り、また生徒の可能性に打たれて先生が頑張る、いい相乗効果があります。

部活動が教員の勤務時間超過と問題になっていますが、他に任せるくらいなら自分の時間を削ってでも自分で育てたいという意識が全教員に根付いています。学業においても同様で、本校の教育はこの職員集団と生徒に支えられています。

また9月下旬には群馬県立前橋高校とスポーツで闘う「定期戦」が毎年開催されており、2017年で第71回を数えています。競技は一般対抗と部対抗に分かれており、綱引き、玉入れ、駅伝、ソフトボール、バレーボール、卓球、陸上競技などがあります。定期戦実行委員会が結成され、全校生徒が熱を入れて勝負に徹します。3年生は定期戦が終わり秋からは模擬試験の予定が大幅に増え、受験に本格的に打ち込むという流れです。

先生から課題も与えられ、行事や部活動も忙しい生徒は毎日が大変ですが、だからこそ勉強への集中力を生むと感じますし、困難を乗り越え未来を切り拓ける人間としての基礎力や魅力、リーダーシップも培われていくのだと感じます。

SSHで課題解決力を増強
次代のリーダーを育てたい

一方、教育面での本校の特徴としては、2002年から計8年継続したスーパーサイエンスハイスクール(SSH)の取り組みが挙げられるでしょう。そして、再びSSHの活動を通して生徒の能力を高めたいという思いから、2016年から文部科学省より再指定を受けました。

1年次は全生徒を対象に、科学的な物の見方や課題解決の基礎力を養うために課題研究を中心に実施しています。1年次の課題研究テーマは「今と昔の恋愛観のちがい」「5年後の就職環境を予想する」「高崎高校硬式野球部が夏の甲子園に出場するためには、どのような力が必要か?」「数独の解法の一般化」「音の周波数を変化させる要因は何か」「叱る育児と褒める育児」などユニークです。

課題研究ではテーマ毎に課題を見い出し、課題解決のためのプロセス(PDCAサイクル)を実践し、その成果を課題研究論文としてまとめました。

2年次・3年次ではSSHクラス一クラス(約40名)を対象に、課題解決能力をさらに高めるための理数に特化した課題研究を実施します。

2年次の課題研究のテーマは「コイルの空間音声伝達」「褐色瓶によるブルーライトの軽減」「食塩水濃度とリンゴの色の変化」「味覚の研究」「危機感を感じる音の特徴」など1年次よりも専門性の高い内容です。課題研究の指導には先生だけでなく、SSH経験あるOBと連携を図れるのも本校ならでは。先生と生徒が情報共有するSNS上にOBがログインし、在校生に「このテーマを研究するなら、こういう風にした方が良い」というアドバイスを定期的に送っています。OBが後輩への指導に熱心なのも、本校で貴重な時間を過ごせたからともいえるでしょう。

また、2年次の課題研究の中には地域と連携したものもあります。昨年2学年の生徒2人が取り組んだ課題研究「恐竜の成長スピードと生存戦略」は、地域にある群馬県立自然史博物館の働きかけを受けて、生徒が自発的に研究論文を作りたいと取り組んだもの。同施設の名誉館長や先生に協力を仰いで研究を進めました。古代生物の成長を探求すること自体、直接的に受験勉強に役立つわけではないですが、大学でこんなことがしたいという研究への大きなモチベーションになることは確か。培った興味関心と研究姿勢は大学以後に生きるでしょう。

他にもSSHクラスでは課題研究以外にも論理的思考力や判断力、表現力の向上のための実践的なディベートやプレゼンテーションを行う授業(SSHセミナー)を行います。SSHセミナーでは定期的に大学・研究所とも連携した講義もしています。

課外活動としても米国の学生との交流やNASAを訪問する機会があるほか、文化祭で実施したサイエンスフェスタでは地域の小学生・中学生・高校生と交流しました。サイエンスキャンプといってOBからの講義や談話会・輪読ゼミを実施する企画もあります。さらに、高崎量子応用研究所との連携など、地域からも力をもらっています。

また、SSH事業で開発したカリキュラム・指導方法の教育的効果を測るため、ルーブリック(評価規準を基に,学習到達レベルを数段階に分け、達成度を判断する評価基準表)を活かした授業での評価方法の検証とその評価方法の共有化を、教員と生徒が一体となって取り組んでいます。

2018年度はSSH3年目で3年生も取り組みますが、「知の活用」「知の交流」「知の深化」に基づくカリキュラムの開発と実践を通して幅広い科学的素養・倫理観・国際性を備え、学際的または専門的な課題の解決に向けて主体的・協働的に活躍できる人材育成をめざしています。

本校の進路状況は東京大学の現役合格者を毎年出し続けており、近年も6人、4人、8人、3人、7人と推移。他にも北大や東北大、京大の各学部や医学系などに合格者を多く輩出。公立校としてオールラウンドに学力をつけ国公立大合格をめざしていますが、結果的に文理問わず有力私大にも多く合格者を出しています。

本校は過去、福田赳夫や中曽根康弘といった元総理大臣をはじめ、科学分野や芸術分野にも第一線で活躍する人材を輩出しているように、社会をリードできる人間、次代を託せる人材育成が目標です。そのため課題となるのは「志」の養成ですが、そこは生徒それぞれなので難しく、教員も常に試行錯誤しています。ただ3年間我々は生徒に多くの課題や負荷をかけますが、それを跳ね返し克服する力が将来の礎になると確信しています。

旧態然とした教育の面もありますが、今の時代にも通用するものと自負しています。今後も変わらぬ教育目標のもと、知徳体のバランスの取れた人間を育てていきたいと思います。

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