大学、専門学校や企業などの研究室を訪問し、研究テーマや実験の様子をレポート
第10回 Part.3第10回 ヒートアイランドや都市型強雨の実態を解明(3)
Part.3
都市特有の短時間強雨の原因を探る
都市環境科学研究科 高橋 日出男気候学研究室
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今年の夏も暑かった。東京都心の、とくに繁華街などは気温の高さに加えて、暑くなった路面からの熱、そこかしこにあるエアコン室外機からの放熱などで、体感する暑さは何割増しにもなった。ま、「ゲリラ豪雨」とも呼ばれる突然の強い雨も、都市部でとくに多かったようだ。テレビや新聞で「ヒートアイランド現象」という言葉がしばしば使われているが、発熱する都市は気候にも異変をもたらしているのだろうか。今回は、そんな疑問の答えを探るべく、都市などの気候を研究している首都大学東京・気候学研究室の高橋日出男先生を訪ねてみた。(Part.3/全4回)
ヒートアイランドはどのような条件で発生するのか? 前回は、高橋先生の研究室で気温分布の観測によって、さまざまな現象の解析に臨んでいる、という話をした。高橋先生は、都市特有と見られる短時間強雨についても、降水量データから解析することができるという。それは具体的にどういうことなのだろうか。
都市で短時間強雨が多いことには
何か理由があるはず
高橋先生は、都市における夏季の集中豪雨にも注目し、数年前から原因を探る研究を進めてきた。なお、高橋先生はこうした現象を『都市の短時間強雨』と呼んでいる。
「近年になって、都市では短時間に強い雨が降ることが多くなった、といわれています。ただ、それは実証されているわけではなく、何となくそういわれている面があります。
実際に多いとしても、その雨が都市の影響で降っているのかどうか判断するのは難しい。それでも、たくさんの事例を集めて統計的に調べた結果、都市で強雨が多いのだとすれば、何らかの理由があると考えられます。
強い雨は本来、どこでも降る可能性があるわけですから、その頻度はどこでもほぼ同じになるはずです。それなのに都市で頻度が高いのであれば、何かが『一押し』して、そういう結果をもたらしていると考えられます」
11年間の降水量のデータから
強雨の多い地域を割り出す
その「一押し」しているものを探る前提として高橋先生は、まず都市の中のどういうところで強い雨が降りやすいのかを明らかにすることに着手した。
「強い雨がどこで降っているのかについて、ヒートアイランド現象における気温の分布図のようなものを描くことで、何らかのヒントが見えてくるのではないかと考えたのです。
降水量は、気象庁以外に東京都や埼玉県など各自治体、JR、国土交通省の関係機関などでも観測しています。そこで、都心域(23区と一部多摩地区)にある気象庁(アメダス)5地点、JR9地点、東京都建設局河川部76地点の合計90地点について、1991年から2002年(1993年は除く)までの11年間分のデータを提供していただいて、解析することにしました」
このデータから、6月から9月の夏季に都心域で1時間に20mm以上の強い雨が降った事例を抽出すると、226事例あった。次に、それぞれの観測点における事例数を調べて、226事例に対するパーセンテージで表していった。その結果、新宿の西側にあたる中野から下北沢の地域が12%となり、強雨の頻度が高いことが明らかになった。板橋区の高層団地群周辺も12%となった。
一方、千代田区周辺などは6%程度で、それほど頻度は高くないことも判明。さらに、千葉県寄りの地域などは4%程度だった。このように、都心域でも強雨の頻度は、場所によってかなり差があることが分かった。では、その差は何によるものなのか。高橋先生は、建築物群に着目した(下図:「風向別の強雨高頻度域」参照)。
▼都市付近の「風向別の強雨高頻度域」
「東」「南」「北」の楕円は、その風向きのとき強雨頻度が高い地域。
短時間強雨の原因は
都市特有の建築物群と関連がある?
「短時間強雨の原因として、ヒートアイランド現象が指摘されています。地上の高温にともなう大気の不安定化や、上昇流の発生によって積乱雲が発達することが強雨につながるのではないか、というものです。しかし、これは明確な実証データがあるわけではありません。降水量を解析した結果を見ても、ヒートアイランド現象の影響だけではなさそうです。
というのも、ヒートアイランド現象は都心を中心に、ある程度広い範囲で気温が高くなるものです。ところが、短時間強雨はもっと狭い範囲、場合によっては2~3kmの局所的な範囲で降っています。そこで、広域的なヒートアイランド現象だけでなく、もう少しミクロなものの影響もあるのではないかと考えて、都市特有の存在である建築物群に着目し、上昇流や強雨との関係を調べてみることにしたのです」
高層建築物群の風下で強雨が多発
高層建築物群と気流の関連は?
高橋先生は、強雨の226事例を風向別に分けて、風向ごとに強雨の地域別頻度を調べた。その結果、東風のときには中野から下北沢の地域、南風のときは板橋付近、北風のときは目黒から高輪の地域で強雨の頻度が高いことがわかった。
「東風のとき、中野から下北沢は新宿の風下にあたります。南風のとき、板橋付近は池袋や新宿の風下、北風のとき、目黒から高輪は渋谷から霞が関の風下にあたります。つまり、それぞれの風向ごとに、高層建築物群の風下で強雨の頻度が高くなっているのです。
そこで次に、そうした高層建築物群が積乱雲をつくるような上昇流を発生させ得るのかを検証しました。航空機からレーザー計測した地表面のデータを基に、上昇流の大きさ(速さ)を計算で見積もってみたのです」
レーザー計測したデータは、航空測量企業の協力を得て提供してもらった。地表面の標高を2.5m間隔で知ることができ、建物1棟ずつの高さまでわかる。高橋先生は、このデータを使用して、東京23区全域について1km四方ごとに上昇流の大きさを計算した。
水平方向の風速は、空気が地表面から受ける摩擦によって、地表に近づくにつれて小さくなる。このような風速の鉛直分布(高さによる風速の違いの分布)には法則性があり、上空の風速が同じでも、地表に高層建築物のような大きな凹凸があると風はより大きく減速する。その減速の仕方を、レーザー計測データから求めた地表面の凹凸の状態に基づいて1km四方ごとに算出した。
高層建築物群の風下で風速が弱くなる
風上で大きな上昇流が発生している
そのうえで、たとえば西新宿と1km風上の地点の風速を比較すると、西新宿は1km風上の地点よりも風速が弱くなっていることがわかった。風は連続した空気の流れなので、水平方向の風速が弱くなるということは、その分だけ空気が上方向に流れていること、つまり上昇流の発生を意味している。そして、この上昇流の大きさは水平方向の風速の差を基に計算することができる。
「上昇流の大きさの分布を見ると、新宿、池袋が目立っています。風向別に見ると、新宿は風向にかかわらず大きな上昇流が発生しています。池袋は南風と北風のとき上昇流が大きく、霞が関付近は北風のとき上昇流が大きくなっています。
強雨の多発地域と比較してみると、強雨は、東風のときは新宿の風下、南風のときは池袋や新宿の風下、北風のときは渋谷から霞が関の風下で発生頻度が高くなっています。これは、上昇流が大きくなる地域の風下とほぼ一致しています。このことから、高層建築物群が局所的な強雨を降らせる『一押し』をしているのであろうと考えられます」
《つづく》
●次回は最終回「都市の短時間強雨発生のメカニズムについて」です。