大学、専門学校や企業などの研究室を訪問し、研究テーマや実験の様子をレポート
第14回 Part.2第14回 体型分析を基に快適な衣服づくりを追求(2)
Part.2
高齢者に適した衣服づくりが
研究の柱の一つ
家政学部被服学科 大塚 美智子研究室
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衣服は、人間にとって最も身近で生活に欠かせないものだ。その衣服を選ぶとき、まずカタチや色をポイントにすることが多いが、実際に着るうえでは身体へのフィット感を含めて快適性が重要になってくる。では、衣服にかかわる学問として長い歴史を持つ被服学の分野では、衣服の快適性を実現するために、どのような研究が行われているのだろうか?今回は、乳幼児から高齢者までを対象に快適な衣服づくりの研究に取り組んでいる日本女子大学家政学部被服学科の大塚美智子先生の研究室を訪ねてみた。(Part.2/全4回)
今回は、大塚先生の幅広い研究テーマ、研究活動の中から代表例の一つ、「高齢者ボディの開発」について伺おう。
大塚先生は、12年ぐらい前から研究の柱の一つとして、障害者や高齢者の衣服のあり方を追求している。これは、その当時から「ユニバーサルデザインや高齢者のための衣服を考えなければいけない時代が必ずくる」と感じていたためだ。とくに高齢者は、誰もがいつかはそうした年齢になる。また、高齢になると障害を持つ状態に近い面も出てくる。そこで、障害者の衣服の研究を継続的に進めるとともに、大きなテーマとして高齢者に快適な衣服を提供するための研究に取組んでいくことになった。
しかし、本格的な研究のためには解決すべき問題があった。それは、高齢者ボディ(衣服の設計製作の元型)が必要になる、ということだった。
「最初のころは、協力していただける高齢者の方の身体を測定したうえで、身体に合う衣服を設計し、製作していました。しかし、高齢者の方は、その時々で体調が変化することもありますから、測定にしても、完成した衣服の試着にしても、いつでもできるわけではありません。研究を本格的に進めていくためには、汎用性のあるボディが必要になってきたのです」
どこにも存在しなかった
高齢者ボディを開発
大塚先生が高齢者ボディを開発しようと考えた背景には、研究で必要になるようなボディがどこにも存在しないという事情もあった。
「正確にいうと、高齢者用のサイズを持ったボディなら存在したと思います。たとえば、お腹まわりなど全体的に大きめのサイズにするため、若い人のボディに綿などを巻いて膨らませたものをつくることは習慣的に行われていたでしょう。しかし、高齢者の姿勢を明確にとらえたボディは存在しませんでした。
高齢になると骨格が変形してきて、背中が前屈みになってきたりします。高齢者に合う衣服をつくるためには、そうした姿勢も取り入れたボディが必要になるので、研究室で開発することにしたのです」
高齢者ボディを開発するには、まず高齢者の体型特徴を明らかにすることが前提になる。そこで、人間工学研究センターが蓄積していた60歳から90歳代までの高齢者女子1,000名強の身体データの分析にとりかかった。
「人間工学研究センターの身体データは、指1本1本の長さまであるのですが、その中から77項目のデータを使いました。身長はもちろん首や肩など身体の各部分の高さ、脚全体の長さ、膝までの長さ、ふくらはぎまでの長さ、さらに背中の幅、肩幅、手首の太さなど高齢者の体型特徴を明らかにするために必要なデータを選んで使ったのです」
77項目の身体データから
高齢者の体型特徴を分析
この77項目のデータを主成分分析と呼ばれる方法で分析し、高齢者の体型特徴を明らかにしていった。
「主成分分析というのは、たとえば身長、体重、胸囲、さらに何かといったようにデータの各項目の相関関係を抽出するものです。専門のツール(ソフト)で分析すると、まずいちばん大きな相関関係が抽出され、次いで2番目、3番目と順次抽出され、それぞれを第1主成分、第2主成分、第3主成分と呼びます。これらの主成分は数値が示されるだけなので、数値がどのような意味を持っているか読み取っていくのです。
高齢者の身体データの場合は、第1主成分は身体の大小の特徴を表すもので、第2主成分は肥満・痩身の特徴、第3主成分は背中が丸まっていてお腹が出ているという姿勢の特徴、というように読み取ることができました。
それを踏まえて、たとえば第3主成分として『背中が丸まっていてお腹が出ている』と読み取れるけれども、身体データ上では第3主成分との関連性が高い人たちは実際にそんな体型をしているのか、それぞれの身体の3Dデータ(立体形状)を見て検証しました。その結果、確かに『背中が丸まっていてお腹が出ている』ということを裏づけることができたのです」
明らかになった体型特徴を基に
手作業でボディ4体を製作
このようにして、高齢者の体型特徴について代表的なパターンを探り、その体型特徴を備えた4体のボディをつくることになった。
ボディの製作は、4体それぞれの図面を描くことから始まった。人間工学研究センターのデータから4つのボディごとにバスト、ヒップ、背丈、背幅、胸幅など衣服設計にかかわる数値の平均値を求め、それにゆとり量を加えたサイズで正面図や側面図を作図していった。そして、この図面を見ながら製作をしていったが、当時はすべてが手づくりだった。
「図面を見ながら、発泡スチロールに芯材となる綿を貼り付けて形をつくっていきました。そのうえで芯材に被せる布を縫い、表面に貼って仕上げていきました。できたものは、図面どおりのサイズになっているか数値合わせをして確認し、綿の詰め方が悪かったり、布の縫い方が悪かったら修正を加えたりしました。原始的な作業だったので、すごく時間がかかりましたね」
芯材となる綿は固形化させるスプレーを吹き付けているが、ボディは立体裁断でピンを打てることが条件になるので、マネキンのように硬いものではない。
こうして4体の高齢者ボディが完成した。タイプ1のボディは、標準体型の7号と11号の2体。この2体はどちらも、頸部前傾(背がやや丸い)、背側部後湾(肩甲骨が前に湾曲)、腹部突出、腰部扁平(臀部のふくらみの消失)という体型特徴を備えている。
タイプ2のボディは、肥満体型17号。これは、タイプ1と同じ体型特徴を備えている。タイプ3のボディも肥満体型17号。これは、頸部前傾、背側部港湾、腹部突出、腰部突出という体型特徴を備えていて、タイプ1と2に比べると、腰部突出だけが異なっている。
このボディは、前述したように姿勢を含めた高齢者の体型特徴を備えていて、高齢者体型の約65%をカバーすることができるという。もともとは高齢者の衣服の研究を進める必要性から開発したものだが、それまで存在しなかったものをつくり上げたこと自体が大きな業績となった。
大塚先生の研究室では、その後も若い女性の脚のボディ、ウォーキングウエア用のボディ、後述するおむつ用のボディをはじめさまざまなボディを開発し、現在は高齢者の全身ボディの開発にも取り組んでいる。これは大塚先生が「衣服の設計製作の根本はボディづくり」と考えているからだ。
現在は研究室に身体の3次元形状を10秒で計測できる装置があり、そのデータを基に外部の業者が発泡スチロールを自動的にカットしてボディをつくることもできるようになっている。
《つづく》
●次回は「高齢者ファッションショーについて」です。