大学、専門学校や企業などの研究室を訪問し、研究テーマや実験の様子をレポート
第20回 Part.4第20回
持続可能な食料生産への道を開く ~リーダー養成から創薬まで~(4)
Part.4
さまざまな薬への応用が期待される研究成果
農学部 千葉 一裕教授
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食料は私たちが生きていくうえで必要不可欠なものだ。幸い、日本では食料に困ることはないが、世界に目を転じると何億もの人が食料不足で苦しんでいるといわれる。地球規模で考えると、人類の食生活は危ういバランスのうえに成り立っているのかもしれない。今回は、これからの食料生産をリードできる人材を養成するために大学院で新たなプログラムを開始した東京農工大学を訪ね、プログラムコーディネーターの千葉一裕教授に、プログラムの目的や内容を中心に、千葉先生ご自身の研究内容も含めて話を伺った。(Part.4/全4回)
電気による化学反応で
必要な物質を分離
東京農工大学では、これからの食料生産をリードできる人材を養成する大学院で新たなプログラムを開始した。プログラムコーディネーターの千葉一裕教授から話を伺ってきたが、最終回となる今回は研究の今後などについて聞いた。
溶液のなかからほしいものだけ取り出す方法はいくつかあるそうだが、先生の研究テーマの1つになっているのが電気反応を利用する方法だ。
「電気反応というのは、簡単にいうと溶液のなかに電極を入れて通電するだけです。つまり、試薬の添加がいらない。電子を与える、あるいは電子を引っ張り出すことによって化学反応が進むのです。
生物は大体そうやって電子の移動で化学反応をコントロールしている場合が多いのです。それと同じように、非常にきれいな試薬ともいえる電子を使ってどこまで化学反応をコントロールできるかということを基礎研究の1つとして行っています」
電極を入れて通電するだけといっても、もちろんそれは方法のことであって、ポイントは溶液をどうするかにあるそうだ。
「どういう試薬とどういう試薬をどのぐらいの比率で入れたらいいか、その場合、ある物質がどういうものに変わるかというのを1つひとつ突きとめていきます。闇雲にやっても何もできません。
たとえば、多相溶液(注1)多相溶液の「相」は、物質の3つの状態(気体、液体、固体)の意味。二相なら液体と固体など。というものがあります。電気を通すには塩水のように電気の通る液体が必要ですが、最後には溶液に塩が入っていると邪魔になります。塩水のなかに目的とする砂糖があっても困るわけです。
多相溶液というのは、電気をかけたときには均一の塩溶液になって、反応が終わったら二相に分かれて塩だけが固まるようなものです。
それを可能にするには、溶液と別の溶液をどう組み合わせるか、温度をどうすればいいか、そういったことを探っていって、一定の条件を見つけ出す必要があります。
これも簡単なことではありません。何百と試してみて1つうまくいくかどうかです。でも、うまくいったものは産業への応用につなげることも可能になります」
ペプチドを安定化させる方法を開発し
創薬に向けた共同研究を進める
千葉先生のもう1つの研究の柱は実際に有用な化合物を合成することだが、具体的にはペプチドの合成に取り組んでいる。
ペプチドは、自然界に20種類あるアミノ酸がつながった物質。アミノ酸の配列によってさまざまな性質を持ち、病気に効く場合もあるので、医薬品への応用が期待され、一部は実用化されているそうだ。
このペプチドは、人間の体内に入ると酵素で分解され、長くはとどまらないことが医薬品にする場合の問題点だという。千葉先生は長年の研究によって、体内に入っても分解されにくい安定したペプチドを合成することに成功している。
「ペプチド配列の2か所にアミノ酸を組み入れ、そのアミノ酸と窒素などを結合させることによって、安定性を高めることができるようにしました。
ペプチドを薬にするには、目的に応じて構造を最適なものにする必要もありますが、アミノ酸を組み入れる位置と窒素などとの結合方法によって、目的ごとに最適な構造にすることができます」
すでに約100種類の結合方法を開発していて、薬の目的に応じて安定性と活性(効き目)を両立させることができるとみられている。
「この研究は研究室内だけにとどまるのではなく、新しい薬の開発につなげることをめざしていたので、本学のなかにベンチャー企業を設立して、製薬会社と創薬に向けた共同研究を進めています」
最後に、研究の今後の展開について伺ってみた。
「これから、ペプチドだけでなく、核酸医薬(注2)人工核酸(DNAやRNA関連物質)による医薬品のこと。病因となるタンパク質をつくる遺伝子の働きを阻害することなどにより病気を治療することが期待されている。というものが重要になってくるので、そうした医薬品の開発につながる化学合成の方法も探っていきたいと考えています。
ペプチドのように実用化に近いものも含めて、研究の成果が実際に世の中で使われるようにするために、製薬会社やほかの研究者の方とも連携しながら、さらに研究を深めていきたいですね。
そうすることによって、最終的にはいろいろな病気が治る薬をつくるための道を開き、世の中に貢献していきたいと思っています」
注1:多相溶液の「相」は、物質の3つの状態(気体、液体、固体)の意味。二相なら液体と固体など。注2:人工核酸(DNAやRNA関連物質)による医薬品のこと。病因となるタンパク質をつくる遺伝子の働きを阻害することなどにより病気を治療することが期待されている。
化学はすごく楽しいものです。あらゆることにつながっていて、ぜんぜん関係なさそうなことも化学的な視点で説明できたり解決できたりすることもあります。
それだけ化学と関連のある領域は広いということでもあり、進学先を選ぶときには学科名などのキーワードだけで学べる内容を判断するのは難しい面もあります。
たとえば、私の専門である農芸化学という学問分野では、いろいろな薬を見つけて実用化に結びつける研究もしています。これまでに数多くの成果を上げていて、世の中でいちばん多く使われているといわれる薬は本学の教員が発見したものです。
ですから、研究室のホームページなどを見たり、大学が開催するワークショップ(体験型の講座)などに参加して、何が学べるのか、どのような研究ができるのかをよく調べてみることが必要です。
化学以外でも同じですが、関心のある分野への理解を深め、これを学びたい、という強い意志を持って進学先を選ぶことがとても大事だと思います。
千葉 一裕(ちば かずひろ)
1959年、東京都生まれ。1981年、東京農工大学農学部農芸化学科卒業。1983年、同学大学院農学研究科修士課程修了。同年、キユーピー研究所・研究員。1990年、東京農工大学農学部応用生物科学科助手。1996年、同助教授。1999年~2000年、文部省(当時)在外研究員(アメリカ)。2004年、東京農工大学教授。博士(農学)。主な著書に『最新ペプチド合成技術と創薬研究への応用』(メディカルドゥ)、『相溶性二相有機電解合成』などがある。