大学、専門学校や企業などの研究室を訪問し、研究テーマや実験の様子をレポート
第26回 Part.3第26回 感動する商品の企画を産学協同で追求(3)
Part.3
人気のRV車X‐TRAIL開発は、
顧客ニーズの徹底調査からスタート
経営学科 神田 範明教授
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食品、生活用品、衣服、家電、ICT機器、自動車など私たちのまわりには驚くほどたくさんの「商品」があり、こうした商品なしでは生活が成り立たない。そして、多種多彩な商品は、生活していくために必要というだけでなく、楽しさ、うるおいなどをもたらしてくれるものも少なくない。なかには、社会現象を引き起こしたり、生活文化を変えたりしていくような商品もある。では、そうした商品は、どのようにして生まれてくるのだろうか。今回は、成城大学の神田範明先生の研究室を訪ね、商品企画の研究について話を伺った。(Part.3/全4回)
企業との協同研究は、ゼミの3年生が中心になって取り組んでいる。成城大学経済学部では、ゼミは2年生から4年生まで連続3年間必修となっている。
実は、この制度を最初に提案したのも神田先生だ。2年生は商品企画の知識を身につけ、3年生は産学協同研究を行い実践の場で活用し、4年生は自由なテーマで卒論をまとめる。協同研究はテーマごとに5人前後で行うようになっていて、毎年、4~5件ぐらいの協同研究を進めてきた。
「たとえば、学生が5人、企業さんが4人、私を含めて10人でチームを組んで協同研究を進めていきます。始まるのは5月の連休明けで、終わるのは12月末。約8か月もの間、月2回、ミーティングを行います。1回は企業の本社、1回は大学です。夏休み中もやっています。
企業にいくと、緊張感や刺激もあり、学生は意欲的に取り組んでいますね。12月か1月には研究成果の発表会を企業本社で行い、役員の方々の前で学生がプレゼンをします。協同研究はここまでで、そこから先の商品化は企業内で技術部門も参加して進めていきます」
神田先生の研究室では、これまで100件以上の協同研究を行っているが、文系のゼミでは普通はあり得ないことだという。しかも、8か月もの間、企業人と一緒にじっくりと企業の最先端の実践活動ができるのは、貴重な学びの場といえる。
協同研究の最大の成果といえるのが日産自動車と若者向けのRV(レクリエーショナル・ヴィークル)車「X‐TRAIL(エクストレイル)」を開発したことだという。エクストレイルは2000年に発売され、スポーツ系RV車(現在はSUV〈スポーツ・ユーティリティ・ヴィークル〉車と呼ぶ)でトップクラスの売り上げを維持し続けている。
協同研究が始まったのは1997年のこと。当時、日産自動車は厳しい経営状態で、フランスのルノーと資本提携する直前だった。
「日産自動車さんから私のところに、商品企画を立て直したいという依頼がきました。そこで、まず日産に出かけていって3日間のセミナーを行いました。これはP7を中心としたもので、意識や方法を変えることが目的でした。
それを踏まえて、具体的に何か商品企画をやりたいという話が出てきました。当時、日産は若者向けのRV車がなく、私のところにはゼミ生がいて若い学生の意見を反映することができるので、RV車の商品企画を協同研究として行うことになったのです。
日産は、技術は非常に優秀だし、製造能力も高い。ただ、商品企画のスタートラインである『市場調査』が難所になっているのではないかと考え、担当の方と話し合いをして、顧客ニーズを徹底的に調べることにしました」
企画メンバーたちは、RV車が使われている現場に出かけることにした。スキー場、マウンテンバイクが集まる場所、モーターサイクルが走っているところ、さらにはレジャーランド、大型スーパーの駐車場などまで足を運んだ。これはユーザーのリアルな声を直接聞くためだ。
「RV車を使っている方に直接、いろいろな話を伺いました。どんなふうに荷物を積んでいるのか、どの辺が汚れているのか、車内も見せていただいて、こういうところが使いにくいといった意見が出てくることもありました。
このようにして膨大な量の情報を集めたのですが、これはニーズの種になるものなので、それをアイデアに転換していったのです。
このときはP7のアイデア発想法も分析手法も活用しましたが、現場でのインタビュー調査を何よりも重視し、結果的にそれが大正解でした」
ゼミ生の意見を反映した
ノーマルなデザインが好評
この商品企画では、徹底した現場調査に基づく仮説を企画の随所に反映させたこととともに、デザインが大きなポイントになった。
「自動車会社には優秀なデザイナーがたくさんいますから、普通は彼らがデザインを決定しています。ただ、このときは学生がデザイナーの皆さんと、どういうデザインを望んでいるかディスカッションしました。学生からは、あまり派手なデザインだとかっこ悪い、という意見が出たのです。これは大きなヒントになりましたね。
デザイナーの方々も私も、学生は先進的でスポーティなデザインを望んでいると思っていたのです。ところが、ぜんぜん違った。普通のデザインがいいというのです」
この意見には当時の社会風潮が反映されていたのだという。
「いじめが社会問題になってきた時代だったのです。少子化が進むなかで、人より変わったことをしたり目立ったりしたらいじめられる。だから、自分を守るために防御姿勢になっていて、デザインについても派手なもの、超モダンなものは好まなかったのです」
こうした声を踏まえて、デザインはノーマルでやや角張ったものになった。これがユーザーの共感を得て、エクストレイルは大ヒット商品になっていく。学生の意見の正しさが証明されたといえるだろう。
「デザイナーと学生とのディスカッションがなかったら、斬新なデザインになり、ユーザーから敬遠されていたかもしれません」
協同研究は2年間におよび、商品企画ができあがった。ただ、ちょうどルノーと資本提携する時期だったため、新車開発を実現できるか不透明になったが、社長に就任したカルロス・ゴーン氏に良い内容と認められて、GOサインが出た。そして、エクストレイルはゴーン体制のもとでの新車第1号として華やかに発売されることになったのだ。
神田先生たち、というよりも成城大学は新車のネーミングにも深くかかわっている。日産から新車の名前が多数示されて、成城大学生を対象にアンケートを実施することになった。そのなかできわめて人気が高かった「X‐TRAIL」が新車の名前に決まったのだ。
「Xは『未知なるもの』、TRAILは『追跡』という意味で、『未知なるものを追跡する』という非常にいい名前です。このように、クルマの中味から名前まで、私の研究室と成城大学が関与した協同研究だったのです」
《つづく》