高等学校とキャリア教育

全国の高校で実施されているキャリア教育の取り組みを紹介

第39回

第39回
キャリア教育実践レポート
「広島県のキャリア教育推進校」Part.1
広島県教育委員会事務局に聞く
「小・中・高等学校が連携し、系統的なキャリア教育を推進」

インタビュー
広島県教育委員会事務局 教育部指導第二課
課長補佐(兼)専門教育係長 
福嶋 一彦氏
※組織名称、施策、役職名などは取材当時のものです
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南は風光明媚な瀬戸内海、北は中国山地を擁し、自然も産業も豊かな中四国の雄・広島県。今日の厳しい経済情勢や雇用の構造的変化に伴って、進路意識・目的意識が希薄なまま進学や就職する者、若年無業者やフリーター、就職後早期に離職する若者が問題となっているのは全国的傾向と同様だ。
こうした状況の中、広島県では、これまで就職を中心とした進路指導はいわゆる「出口指導」にとどまり、専門的知識・技術の修得に偏る傾向にあった。しかし、幼児・児童・生徒の発達段階を踏まえ、キャリア発達にかかわる能力・態度の到達目標を明確にし、小・中・高等学校と連携した系統的なキャリア教育を行っていこうとしている。
広島県教育委員会の教育部指導第二課で課長補佐(兼)専門教育係長を務める福嶋一彦氏に、キャリア教育の具体的な取組みや課題について伺った。

地域の小・中・高等学校が連携したキャリア教育に成果
「キャリア教育実践の手引き」で普及に努める

広島県では2004(平成16)年度に県立瀬戸田高校を中心とした尾三地域が文部科学省から「キャリア教育推進地域指定事業」の指定を受け、2005(平成17)年度からは県独自の「キャリア教育推進事業」、「キャリア教育推進フォーラム」を実施(2005年度は文部科学省と共催、2006~2008年度は県が実施)するなど、キャリア教育を推進してきました。

特に、2005~2007(平成17~19)年度の3年間は、キャリア教育推進事業・キャリア教育実践モデル開発地域として、県内の5地域を指定。各地域の関係校は、効果的なキャリア教育の実践モデルを開発するため、学習指導案や教材の開発、それらの有効性の検証に取組んできました。

例えば、庄原市西城地域では、県立西城紫水高校が中心となって、小学校3校、中学校1校とともに「中山間地域の特色を活かした小・中・高等学校の発達段階に応じた系統的な体験活動の学習プログラムの実践と改善」を研究テーマに取り組みました。小・中・高等学校教員合同研修会の実施、地元西城町で行われる「どえりや祭り」に小・中・高校生がボランティア参加、インターンシップ(高)と職場体験(中)の事前合同研修会の実施、小学生・高校生がひとり暮らしのお年寄りへのプレゼントを作成・配布する、等を行いました。

その結果、学校と地域との連携が拡大し、教職員が地域や社会の現状を知ることによる資質の向上、児童生徒の異年齢交流が拡大するなど、一定の成果を収めたのです。

こうした各地域の成果を受けて、県では「キャリア教育実践の手引き」を作成し、県内の各学校に配布しました。キャリア教育を実践するにはどのような点に留意したり、工夫したりすればよいかなど、校内の研修会で活用しています。

県ではキャリア教育を「幼児・児童・生徒一人一人がその発達課題の達成を通して、将来、社会人・職業人として自立していくために必要な意欲・態度や能力を身に付けることをねらいとして行われる教育活動の総体」と定義しました。そして、2008年3月にはキャリア教育支援会議のまとめとして、中学校・高等学校の「出口」指導に偏った進路指導ではなく、学校・家庭・地域・産業界の連携のもとで「入口」である幼児期から発達段階に応じて子供たち一人ひとりの夢をはぐくみ、なりたい自分を探しながら、自己の在り方生き方を考えていく、自己実現型の取組みを目指すことになったのです。

このような広島型のキャリア教育は、「生涯輝く大人づくりを目指した教育」といってもいいでしょう。

高等学校におけるキャリア教育は現在、
5校の推進指定校で調査研究を実施

一方、並行して文部科学省委嘱事業「高等学校におけるキャリア教育の在り方に関する調査研究」も実施しています。

若者が将来、就きたい職業について考えることや選択・決定を先送りする傾向、いわゆるモラトリアム傾向や、進路意識・目的意識がないまま進学や就職する者の増加が指摘されています。特に、普通科高校と総合学科高校に強い傾向があります。

農・工・商などの専門高校では、学びの内容が産業界へとダイレクトにつながっており、インターンシップなどを通じて目的意識を醸成しやすいのですが、普通科高校や総合学科高校では在学中に目的意識を失うことによる問題行動や中途退学者に至るケース、また、就職しても早期に離職したり、ニートやフリーターとなってしまったりするケースがあるようです。

こうした状況では、目的意識と職業意識をはぐくむ何かしらの仕掛け、社会の実態に触れる教育も有効であると考え、就職希望者が比較的多い普通科高校や総合学科高校をキャリア教育推進校に指定しています。

2007~2009(平成19~21)年度に、県が文部科学省から事業の委嘱を受ける形で、以下の県立高等学校でキャリア教育の在り方に関する効果的な指導内容・指導方法の充実・改善に取組みました。

《キャリア教育推進校と主な内容 2007~2009(平成19~21)年度》
●三原東高等学校/個人カードの作成・分析、インターンシップの実施など
●松永高等学校/2年次生全員参加の企業でのインターンシップの実施、体験型修学旅行など
●安芸高等学校/北海道ファームステイ実施、インターンシップなど
●安西高等学校/「コの字型」授業とグループ学習などによる授業改革、大学インターンシップなど
●廿日市西高等学校/コミュニケーション能力等を育む「YESプログラム」など

この中で、特に効果を上げているのが安芸高等学校と安西高等学校です。この両校はキャリア教育をインターンシップに限定せず、授業や行事の工夫、生徒指導改善により、生徒の意欲喚起を促し、問題行動が改善されたり、退学者が減ったりする成果も表れています。
(安西高等学校の取組みについては、後編で詳しく紹介)

安芸高等学校では北海道ファームステイを実施 
生徒に「心の絆」が生まれる

安芸高等学校は普通科から1998(平成10)年に総合学科に改編した高等学校です。遅刻者ゼロを目指すなど規律意識を高めるとともに、これまで東京観光がメインだった修学旅行を、2008(平成20)年度から「北海道ファームステイ研修旅行」に切り替えました。

4泊5日のうち3泊は北海道夕張郡長沼町で農家のお宅に泊まって農業体験を行っています。当初生徒にアンケートを行ったところ、9割近くは反対あるいは乗り気ではなかったようです。しかし、実際に行って帰ってみたら、農業体験を通して大きく成長する生徒が多く、大成功につながりました。

●先生・生徒の声
※安芸高等学校『2008年度 北海道ファームステイ』の冊子より抜粋

「今回の研修旅行の目的の一つとして、『人と人との心の絆に触れる』ことがありました。長沼町でお世話になった農家の皆さんとお別れする解散式の時、皆さんは今までで一番の心のこもった歌声で、誇らしく安芸高校の校歌を歌いました。見守っていた先生方の目から涙が溢れていました。この瞬間、私は研修旅行が成功したことを確信しました」〈須藤薫校長〉

「第1回ということで、準備もままならず、我々教職員も不安を抱きながらの研修旅行でした。しかし、心の教育をメインに取り組んだ今回の研修旅行は、予想以上の成果を得ることができたと非常に喜んでいます。寝食をともにし、親・兄弟・教員には語れない悩みを聞いていただき、大きな包容力に包まれ、多様な価値観で対応していただき、第二のふるさとができたようです。共に、宿泊した生徒同士もより友好を深め、人を思いやる心を培うきっかけを作ることができたようです」〈2年次主任教員〉

「初めて、知らない人の家にいきなり泊りました。3泊4日は長いな、と思ったけれど、過ぎて見ると早かったな、と感じました。それは、その3泊4日がとても充実していたからだと思いました。(中略)いつもではできない畑の仕事やそば打ちもさせてもらって良い体験になりました。球根を植える際の遺伝子の関係が大切なんだ、と勉強になりました。このファームステイで人の暖かさや気遣いなど道徳面が養われたと思います」〈2年(当時)女子〉

「北海道に行くまでの自分の気持ちはかなり面倒だなと、なんで北海道まで来て農作業をしないといけないのかなって思っていました。でも農家の人たちはとても優しく接してくれたので、とてもいい人たちに巡り会えたなって思いました。農作業はきつくて大変だったけど、楽しんで作業することができたなって思います。この国にはいろんな人たちがいて、自分が普通に暮らしていたら会うことのない人たちと暮らしてみて、人は誰しも一人では生きていけなくて人の支えがあるからこそ生きていけるのだと思いました。農場も誰かがしていないといけない大切な事なのです。こういうことを知ることができ、いい思い出になったと思いました」〈2年(当時)男子〉

2年生全員参加のインターンシップを新たに導入
「実施の意義」に着実な手応えを感じる

総合学科を置く松永高等学校は、インターンシップを2年生全員に導入したのですが、先生や生徒の理解がすすまないとか、インターンシップ先の開拓や巡回指導など、担当した先生にはご苦労があったようです。新たな取り組みを行うには支障もつきもの。ですが、着実に先生や生徒にインターンシップの意義は浸透しているようです。

●生徒の声
※松永高等学校『2009年度 インターンシップ・生徒の感想文』より抜粋

保育施設:
「保育に対する目が変わりました。確かに大変だったし、しんどかったけど、その中でたくさんの楽しさや嬉しさを子どもたちにもらいました。今まで少しは子どもと接する機会があったけど今回の経験で何ともいえない気持ちをもらいました」

販売業:
「インターンシップ先が決まったとき、どうせ楽だろうなと思いましたが、実際行ってみると大変な職場だということが分かりました。3日間たくさんの人に迷惑をかけてしまい、とても反省しています。でも良い経験ができて、本当に感謝しています」

製造業:
「ホールと工場、仕事の内容は違っていても皆、自分の仕事に責任を持っていることが伝わってきました。今回のインターンシップでは2か所の会社を経験した感じで、裏と表の協力がよく分かった体験でした」

福祉施設:
「3日間では足りないくらいでした。最終日、利用者さんを見送るときは思わず泣いてしまいました。とても良い経験になって良かったです。進路選択に役立てていきたいと思いました」

個人カードの作成やYESプログラムなど
各高校の実情に合わせた多様な取組みを展開

このほか、三原東高等学校では校内LANとパソコンの活用による生徒の個人カードを作成。さまざまな教科の先生がその生徒の記録を書き込むことで、先生方が情報を共有。生徒の多面的評価と指導につなげています。例えば、入学時から生徒の意識が変化していることなどを知ることで、有効な進路指導につなげているようです。

廿日市西高等学校では、企業が若年者の就職に関して特に重視している「コミュニケーション能力」「職業人意識」「基礎学力」「ビジネスマナー」などを養成する「YESプログラム(厚生労働省創設)」を実施し、職業能力向上に活かしています。

不況の影響で就職内定率は10ポイント減
高等学校は独自のキャリア教育を模索

ところで、広島県の2010(平成22)年3月の国・公・私立高等学校の卒業予定者の就職内定状況ですが、11月30日の状況では就職希望者数3,260名のうち、就職内定者は2,264名で、就職内定率は69.4%でした。昨年同期は79.3%でしたから、約10ポイント下がっており、約3割の生徒は未定の状況です。

やはりリーマンショック以降の不況の影響はダイレクトに高校生の就職希望者の上にのしかかっていますね。高等学校でキャリア教育に力を入れて職業観を高めたところで、産業界が活性化しないとどうにもならない面もあります。また農・工・商の専門高校以上に、普通科高校や総合学科高校で厳しさが目立つ結果になっています。

専門高校では、先生方に就職指導の蓄積があること、企業側にも「あの高校からの生徒は例年受け入れているから安心」など、実績があることが大きいのです。それに対し普通科高校の場合は、そうした実績がないことに加えて生徒の職業意識・目的意識が希薄な面があり、先生方も苦労するところとなっています。

広島県では2007(平成19)年度から、県立の全中学校で1週間(実質5日間)のインターンシップを導入しています。そのため、高等学校で、単に会社見学程度のインターンシップで果たして効果があるのか、という問題があります。各高等学校では入学した生徒が中学校でどのような体験をしてきたのか十分に把握し、効果的なインターンシップを行う必要があると考えています。

また、専門高校では、専門教科と現場での実習がそのまま自分の将来につながりますが、普通科高校や総合学科高校では何かしら進路への仕掛けが必要であり、どの高等学校も知恵を絞っているところです。

例えば、大学卒業後に弁護士になりたいという生徒がいたとして、法律事務所でインターンシップができるかというと、簡単にはいきません。他の職業でも難しい面はあるでしょう。全国的に見ると職業インタビュー的な試みを行って成功している高等学校もあるようですが、そういう方向で模索していくのも一つの手でしょうね。ちなみに県立広島中・高等学校は併設型中高一貫教育校ですが、ここでは生徒自らが電話でインターンシップ先を開拓し、主体的に経験を積んでいます。

今回のキャリア教育推進校5校は、今年度で3年間の取組みが終わって、成果や課題の報告がなされるので、それを見て、県としてもまた新たな取組みを考えていきたいと思います。

「わたしのキャリアノート」を導入
小・中・高等学校が連携し、長い目で生徒の進路を支援

最後に、広島県としてはキャリア教育を未来につなげるため、2008年度から「わたしのキャリアノート」を採用しています。これは小・中・高等学校の各学年における夢のスケッチブックといえるもので、キャリア教育の実施の度に生徒自らワークシートなどを作成するものです。

学習内容の記載例としては、小学校では、「周りの人の仕事」とか「自分のイメージマップ」「中学校を知ろう」「10年後の自分」など、中学校では、「プロから学ぼう マナー講座」「職場体験5日間の記録」「進路について」など、高等学校では、「自分のライフプランを立てる」「企業とその仕事を知る」「進学について」「就職について」「自分をプレゼンテーションする」などがあります。その児童・生徒が作成したものをつづり、小学校から中学校、高等学校と持ち上がらせるようにしているのです。

これにより生徒のキャリアへの意識がどう変わって、どういう進路を取ればいいのか、小・中・高等学校が連携してどの時点でも各教員が進学や進路をアドバイスするための資料となるでしょう。また、基本は学校が管理しますが、保護者の方にご覧いただき、家庭でも働くことの大切さをお子さんと話し合うきっかけにしてほしいと考えています。

今後も県としては、地域や家庭を巻き込みながら小・中・高等学校の連携を図って、長い目で生徒のキャリアを支援していきたいと思います。

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