全国の高校で実施されているキャリア教育の取り組みを紹介
第59回第59回
キャリア教育実践レポート
「北海道のキャリア教育推進」Part.1
北海道札幌東高等学校の実践レポート
「内発的動機づけのため、
大学訪問や講演会で刺激を与える」
大学訪問や講演会で刺激を与える」
北海道札幌東高等学校 進路指導部長
高野 龍彦(たかの たつひこ)先生
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広大な大地に農業・畜産・水産業、工業・商業など幅広い産業が根付いている北海道。少子高齢化を背景に経済低迷、就職難、学力低下など課題は多いが、だからこそキャリア教育の必要性は高まっているともいえそうだ。
今回、Part.1では北大など難関大学への進学実績で躍進目覚ましい進学校として北海道札幌東高校を、さらにPart.2では国際流通科や国際教養科などを擁して社会との接点を模索する北海道千歳高校をピックアップ。それぞれのキャリア教育の取り組みを紹介する。
札幌東高校では、この10年における進学実績の向上は目覚ましい。その背景にはどんなキャリア教育の実践があったのか。同校の進路指導部長の高野龍彦先生に話を伺った。
規律や礼儀を大切に勉強と部活の両立を図る
毎年平均100名前後(現浪含む)を北大へ
北海道札幌東高校は、明治40年に開校し、今年で創立106年を迎える北海道の伝統校の1つです。札幌市の公立高校では男女共学の進学校として、東西南北の4校が有名ですが、札幌南と札幌西は男子高を前身とし比較的自由な校風があり、札幌北と札幌東は女子高を前身として男子は学生服、女子はセーラー服を制服とするなど規律や礼儀を重んじる校風があります。
本校の生徒はとくに品性と礼節をわきまえ、学業、部活動、学校行事などあらゆることに真摯に取り組むことを大切にしています。部活動を行う生徒が9割を超えており、文武両道によって心身の鍛練はもちろん、協調性や責任感を涵養し、生徒相互の切磋琢磨により個性の伸長を図っています。「清新溌剌」にして「努力奮励」することが東高スタイルとして定着しています。
本校は1学年8クラスの普通科高校で、ほぼ全員が大学進学を目指します。かつて東西南北とある中でも、進学実績はやや劣る面がありましたが、この10年で他3校と肩を並べる程になりました。
指標となる北海道大学への進学者も、平成25年入試では現浪合わせて98名(うち現役65名)。ここ10年は平均100名前後の合格者を出しています。北大は近年、総合文系・総合理系など募集学科の枠や科目選択の幅を増やして人気がアップしています。道外からの受験者も増える傾向にありますので、そうした中では健闘しているといえるでしょう。
平成22年には、本校から東京大学に5人の現役合格者を輩出。近年は道外の大学に目を向ける生徒も増えています。
約10年前に生活態度の改善に着手
キャリア教育につながる進路指導を実施
本校では、キャリア教育のきちんとした体系づけはこれから。ただし約10年前から、本校は全校一体となって生活態度の改善に着手しました。
遅刻を無くし、挨拶や身だしなみをしっかりするよう生活指導したことで、基本的な学習姿勢が身につき、それ以降、生徒一人ひとりが自分の目標を掲げて前向きに学習に取り組むようになりました。
本校の進路指導は、高い志を持ち、幅広い視野で進路を考えることができるよう、また自ら学習する態度を養い、夢や憧れを現実にするように学力向上の援助を行うことにあります。
キャリア教育につながる進路指導の取り組みには、下記のものがあります。
◎先輩に聞く会(約20講座を用意)
◎職業人に聞く会
◎インターンシップ(高大病連携・医療体験等)
◎大学ミニ講義(北大、札医大等)・進路講演会
◎北大等オープンキャンパス
◎東京地区大学訪問(東京大学・一橋大学)など
※他に、進路実現を可能にする指導(学力向上対策)として、実力養成講座(年間5期)や土曜講習(年間2期)、土曜日の活用(自習環境の整備)、各種模擬試験の実施などを行っています。
先輩や職業人から生の声を聞き、
今後の進学⇒就職の参考にする
「先輩に聞く会」は、1・2年生を対象に毎年9月に約20講座を設定。本校から北大等の各学部に進んだ現役大学生にお願いして、学部・学科ごとに教室に分かれ、授業や研究内容、入試アドバイスなどを語ってもらっています。これまでは大学3・4年生が多かったのですが、学部生より大学院生の方が学部での教育や研究内容、就職や進学まで幅広く経験や情報を持っているため、今後は大学院生に多くお願いしたいと思っています。また道外に目を向ける生徒も増えているため、本校卒業生で夏休みに帰省している東大生など道外進学者も積極的に招いております。
「職業人に聞く会」は、1年生を対象に毎年10月、本校のOB5~6人に来校してもらい、仕事の内容ややりがいを語ってもらっています。医師や弁護士、公務員、銀行員、大学教授、自営業、さらに民間企業から海外駐在経験者など。今、社会でどんな仕事があり、社会ではどのような人材を求めているかという話を聞くことで、生徒は進路を考え、職業観の醸成を図っています。平日に来校していただくのは難しい場合もありますが、本校のOBは母校のためならと労を惜しまぬ方が多く、助かっています。
高大医連携のインターンシップに参加
大学ミニ講義で知的好奇心を刺激する
「インターンシップ」は本校独自では開催していませんが、地域で連携したイベントが行われています。例えば道内の医療系大学として有名な旭川医科大学が平成20~22年度にかけて「ふるさと医療人育成の取り組み」というプロジェクトを実施しました。
これは高・大・病(医療機関)が連携し、地元北海道から「ふるさと医療人」を育てていこうという趣旨でした。旭川医科大学病院、旭川医科大学医学部や看護科の学生、さらに高校生有志が一緒になって、医療職業体験やグループワークを実施。本校からも医師や看護師など医療系に進みたい生徒約20名が参加しました。医療系志望として他校の生徒同士が意見を交わして懇意になるなど、有意義なイベントでした。
今後もこうした取り組みがあれば、本校生徒にも積極的に参加するよう勧めたいですね。
「大学ミニ講義」は年に3回くらい、大学教授で面白い研究をされている方に無償で本校に来て講義してもらっています。例えばレアメタルに通じる物質の研究として、強力な磁石の研究をしている先生に、その研究内容や社会への応用など興味深い話を聞いたりしています。どうしてもユニークで面白い話は、理系に偏る傾向がありますね(笑)。
東京地区大学訪問では東大をはじめ
キャンパスを見て話を聞くことで意欲が増す
「北大等オープンキャンパス」は例年、8月上旬に行っています。北大志望者は必ず行くように勧めていますが、せっかく行ったからには本校の卒業生に会ってもらいたいと考え、こちらで卒業生に連絡を取り、意見交換やアドバイスしてもらう場を設けています。
また数年前からは、「東京地区大学訪問」を実施しています。これは1・2年生を対象に、春休みに1泊2日で行っています。東京大学は必ず訪問し、他に一橋大学、東京工業大学、東京外国語大学などを2日にわたって見学。生徒の参加費用は約3万5,000円で、例年10数名の参加希望者を引率しています。
東京大学本郷キャンパスでは、副学長にキャンパスを案内してもらいました。工学系の研究室では医療分野に用いられている精密機械について解説を受けたり、地震研究所では地震の発生するメカニズムや地震計などの説明を受けたりしました。また交通渋滞を研究される教授にそのメカニズムの話を聞いたり、粉体研究について本校卒業の大学院生に粉体が化粧品などにいかに応用されているかなどの説明を聞いたりすることもできました。
こうした興味深い研究をされている教授とのつながりは、「主要大学説明会」などで私自身が積極的に話しかけ、ネットワークを作って機会の創出につなげています。生徒にとって有意義と思われる大学教授やその他企業とのネットワーク作りも、キャリア教育にはとても大切だと思います。
参加生徒のほとんどは実際の大学のキャンパスの雰囲気や研究室を見たり、大学教授や先輩との交流を通して、モチベーションが格段に上がることを感じます。行きたい気持ちがますます強くなって合格を果たした先輩もいますし、勉強に励むようになる生徒が多くいます。生徒がやる気になるだけでなく、保護者から感謝されることもあります(生徒の感想は▼下記を参照のこと)。
受験指導だけでは塾や予備校と変わらない
進路や教科にもキャリア教育の視点を導入したい
本校は、ほぼ100%の生徒が大学進学を見据えますが、合格のみが目標になっては達成後に燃え尽きてしまいます。大学進学後や就職後の先輩たちの姿に触れさせて、視野を将来や社会に広げることが大切だと感じます。単に受験勉強を強化し合格のみに向かわせるのでは、予備校と変わりません。実際、北海道でも中高を通して面倒をみる塾なども増え、そうした機関を利用する生徒もいます。ただし経済的に大変な家庭も増えている中で、本校には受験指導からキャリアの意識付けまで求められていることを感じます。
私は北海道進路指導協議会の進学委員会の委員長という立場にあり、2年後の平成27年度には北海道札幌で全国大会が開かれる予定。これからその準備をしていくことになります。今まではキャリアという言葉から連想されるのは、インターンシップなど就職に向けた職業観の育成という観念がありましたが、高校生を取り巻く環境が変化していく中で、「これからのキャリア教育」という観点で全国の参加者たちと意見交換ができればと考えております。今後は年間計画もしっかり考え、本校ならではのキャリア教育を体系化し、教員の意識統一も図りたいと考えています。
大人しく指示待ちの生徒の心に、いかに火をつけるか
保護者も巻き込みながらさまざまな角度から刺激したい
現在の課題は、どの高校でも見られる傾向かもしれませんが、生徒が大人しく指示待ちになっているということ。例えば高校1・2年生段階で自己理解を深めながら人生観や職業観を育成し、3年になった時にはすべて自分で考え、行動できるようになるのが望ましい姿だと思います。また入試に向かうに当たり、自分の弱点を把握し、それを克服するプロセスの中で問題解決型の能力が養われていきます。将来をしっかりイメージして、高い理想や夢・目標に向かって努力する生徒は、その能力がやはり身についていくもの。人生に対してもより能動的になっていきます。
今後は保護者を巻き込んでいくことも必要だと感じます。例えば現在行っている大学ミニ講義を保護者にも聴講してもらい、行事にも積極的に参加してもらう。公開授業の時に併せて講演会を開催するようにして、就職支援企業や民間企業の人事担当者による講演会などを開催。その場に保護者が来ることで、大学での就職事情がどうなのか、どんな能力を企業は必要としているのか。コミュニケーション力が大切といっても、大学生と企業では受け取り方が違ったりします。大学に行く前に、そうした状況を生徒と共に感じてもらう。そうすることで親から子供への働きかけも生まれ、親子で将来を考えてくれると思うからです。
生徒は大学進学後も、研究や就職が待っています。合格して安心ではなく、「将来自分はこんなことがしたい」という前向きな気持ちになれることが大切。自ら社会にアンテナを張り、必要な情報を採り入れ、自分のやりたいこと、興味が何なのかを知る。それが早期にできれば、勉強に対しても前向きになれるでしょう。生徒の内発的動機づけ、いかに自らやる気スイッチを押して、心に火を付けていくか。そこをキャリア教育として、いろいろな角度から刺激していきたいと思っています。
《平成23年度参加生徒》(一部を抜粋)
- 東京は人が多くて窮屈な感じがしますし、一人暮らしもしなくてはなりません。北海道でのびのびと暮らしてきた私にとっては、性に合わないのではないか、それなら北海道大学へ進学した方が良いのではないか、そう思う自分もいました。しかし東京大学の副学長の話を聞いて考えが変わりました。『一度自分の慣れ親しんだ土地を離れることは価値のあることだ』。全くその通りだと思いました。
- 2日間という短い聞であったが、実際に大学に行き、キャンパスの空気を感じることができたのは、どんなパンフレットや体験談よりも大学の雰囲気を感じ取ることができ、有意義な体験であった。
- 自分が行きたい大学に実際に行ってみることで、受験に対するモチベーションが一気に高まった。東大の総合図書館がいちばん感動した。入学してもう一度ここに来たいと思った。
《平成24年度参加生徒》(一部を抜粋)
- 感動とインスピレーションの連続であった。大学の様子、その街の雰囲気を知れるだけでなく、その大学の先輩に質問、相談もできる。さらに、日本を代表する著名な研究者の話も直接拝聴することができる。こんな機会はなかなか無いだろう。何より大学が知れるし、モチベーションが上がることも請け合いである。本当に行って良かった。これは札幌東校の伝統にしていくべきだと思う。