高等学校とキャリア教育

全国の高校で実施されているキャリア教育の取り組みを紹介

第73回

第73回
高校教育最前線ルポ(東京都足立区)
東京都立青井高等学校
「キャリア教育を通じ、外部との連携を推進
生徒の進路実現意欲や学校の空気が変わる」

インタビュー
東京都立青井高等学校 進路指導部主任
東京都高等学校指導協議会事務局長

浦部 ひとみ 先生
※組織名称、施策、役職名などは取材当時のものです
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東京都足立区に位置する青井高校は、進路多様な普通科高校だ。40年の伝統があるが、一時は中退者が多く出る問題を抱えていた。そこで力を入れ始めたのが外部機関と連携したキャリア教育の導入。平成25年に赴任した浦部ひとみ先生は長い進路指導経験や、東京都教育委員会との連携のもと様々な改革に着手。これまでの経緯や3年間を通じた「キャリアデザイン」プログラムの導入、都立高校の新教科「人間と社会」、外部団体との連携による実践内容、進路指導の成果、先生の意識改革まで、様々なお話を伺った。

都教委とも連携し「キャリアデザイン」を柱に
大学生や職業人との交流で生徒の目の色が変わる

▲浦部 ひとみ 先生

本校は昭和52年に開校し、平成28年に40周年を迎えた足立区の普通科高校です。多様な生徒の進路実現に対応しつつ、次の50周年に向けて新たなステージにチャレンジするため、「青井フィロソフィー」を掲げて取り組んでいます。

一つが社会人基礎力を伸ばす高校として、「前に踏み出す力」「考え抜く力」「チームで働く力」の能力養成に努めている点です。これらは基礎的な知識と学力の定着、正しい生活習慣や社会における基本的ルール・マナーを身に付けることにつながります。

そして二つ目、最大の柱がキャリア教育です。本校では「総合的な学習の時間」を活用した「キャリアデザインⅠ・Ⅱ・Ⅲ」で3年間を通したキャリア教育を行っています。これらを中心にすべての教育活動で自分を知る・社会を知る・職業について考える・自分を高めるなどをテーマに、外部の協力団体・講師を積極的に活用し、体験的な学びに重点を置いています。

私は足立区内の2校の都立高校を経て、平成25年度に本校に赴任しました。前任の校長の意向からも、またこれまでの進路指導経験からもキャリア教育の導入が学校改革の契機となると考え、取組を始めました。

一方で東京都教育委員会高等学校教育開発委員会「人間としての在り方生き方に関する教育」部会で、昨年度までの4年間、授業研究を進めておりましたので、理論と実践とを融合させることにもなりました。また、平成16年度より東京都高等学校進路指導協議会事務局長として、進路指導・キャリア教育に携わってきたことも、多くの方々とネットワークを築く際には大きな助けになりました。

本校は平成24年度から26年度まで東京都教育委員会重点支援校に指定されていたのですが、教育委員会と連携しながら、平成25年度から本校の学校改革に向けた模索が始まりました。「企業・NPOと連携した都立高生の『社会的・職業的自立』支援事業」に基づいた系統的キャリア教育を始め、26年度からは3年間の育成プログラムを展開。平成28年度に完成年度を迎えています。一番重きを置いたのは、外部との連携であり、学校を「風通しの良い」、外に向かって開かれた学びの場とするという点です。

新教科「人間と社会」は道徳教育とキャリア教育の融合、
実践的学びで人間としての在り方生き方を考える

「キャリアデザインⅠ」では平成28年度から都立高校で始まった「人間と社会」をスタートさせました。これは人間としての在り方生き方に関する新教科で、これまでの「奉仕」を発展的に解消し移行したもの。道徳教育とキャリア教育の融合的教科といえるでしょう。

特徴的なのは、演習による学習、体験学習を重視している点です。近年見られる若者の道徳観や規範意識の低下にも目を向け、生徒には「人間としての在り方生き方」をキャリア教育の観点から考えさせます。それは単に紙面上のものではなく、リアルな現実社会を体感させるものでもあります。

例えばNPO法人キッズドアと連携し、大学生スタッフと本校の生徒が互いに本音で語り合うグループワークがあります。平成25年にこれを導入した際には一部の教員から大学生と直接話をさせても進学希望でない生徒にはあまり意味がない、むしろトラブルが起こったときは誰がどう責任を取るのか、という意見もありました。

しかし実施してみると、年が近い者同士話しているうちに自然に打ち解けあい、「大学生との会話が楽しかった」「自分もあんな人になりたい」などといった声が多く聞かれるようになりました。大人の「取り越し苦労」を他所に、生徒の反応は予想以上であったと言えます。当初実施に消極的だった教員にも次第に受け入れてもらえるように。外部人材と触れ合うことで学校内にも違う空気が流れ始めたことを感じます。

「体験活動」による学習を35単位時間のうち19単位時間とする規定に則り、「ドラマケーションプログラム」なども行っています。ドラマケーションとは俳優養成講座から生まれたコミュニケーション能力育成プログラムであり、ドラマケーション普及センターの方に協力いただいています。

例えば俳優である講師が生徒の輪の中に入り、生徒と対話をしてみせます。その時に体の向きや目と目を合わせないと、うまくコミュニケーションが図れないことを体感。生徒の中からは「息を合わせいろいろやったり、皆で協力したりするという普段できないことができて楽しかった」「小学生の頃の自分を思い出し、懐かしかった」などの声が聞かれ好評です。

こうした活動は、ロールプレイにも通じるもの。例えば本校では進学にせよ就職にせよ面接が課される試験に臨む生徒が多いため、2年生では「ロールプレイ模擬面接」へと発展・展開させ、3年次の具体的な進路指導へと繋げていきます。

インターンシップを行ったり、外部の職業人を招いた体験学習も実践。例えば先日近隣の病院の看護部長にお願いして看護医療系志望の生徒に直接、生の声を伝えてもらいました。プロの話に食い入るように聞き入っていた生徒は、休憩時間も取らずに講師に質問攻めです。

また、自動車メーカーの方に実際のスポーツカーを運んでいただき、タイヤを外してメンテナンスの方法などを示すと、車に興味のある生徒たちは目の色が変わってくることも感じます。

他にも自治体・ハローワーク、企業、NPO法人、大学・専門学校とさまざまな方にご協力いただいています。また、地域人材の育成という観点から、地元足立区からの講師派遣等の協力も得ています。

部活動「まなぶ」やアドバンストクラスを設置し、
学習意欲が向上し、生徒の進路決定率も向上

本校は大学・短大、専門学校進学、就職と進路が大きく分かれるため、進路指導も進路指導部の4人の教員がそれぞれ手分けして行っています。ちなみに3年生の「キャリアデザインⅢ」では、大学・短大、専門学校、就職・公務員、その他の分野に分けて年間予定も別々に組んでいます。

進路指導は、2・3年次は3回にわたる進路指導部による個人面談の他に進路説明会・進路別見学会などを実施。3年次は面接指導を中心にした個別指導に力を入れています。

平成25年度には基礎学力の定着と実力養成を図るために、部活動「まなぶ」(勉強部)を創設しました。これは教員と大学生による土曜日の学習支援活動であり、現在年20回行っています。平成25年度は参加者がのべ30人だったのが、26年度にはのべ425人、27年度にはのべ1181人になるなど、大きな成果を上げています。現在では3学年併せて一回に全校生徒のおよそ6分の1が参加するまでになっています。

さらに平成28年度からは本校の幸田諭昭校長の肝いりで各学年に「アドバンストクラス」を設けました。これは大学、短大、医療系専門学校、公務員、就職等で、より一層のパフォーマンスを上げたい生徒のためのクラス。現在、3年生は6クラスのうち2クラス、1・2年生は1クラスずつ設置し、入学試験や就職試験に対応できる学習内容や問題演習を行っています。今年度からは朝学習にも力を入れています。

足立区は経済的・家庭的に課題を抱えている生徒も少なからずおり、本校生徒の家庭の教育力も十分だとはいえません。本校では実際平成20年度に100人を超える退学者がおり、進路未定のまま卒業していく生徒が後を絶ちませんでした。しかし重点支援校としてキャリア教育の導入をはじめ様々な改革を行った結果、生徒の学校生活への取組状況は徐々に改善されていきました。

昨年度の進路決定状況の内訳は、大学14%、短大3%、専門学校27%、就職43%、公務員1%となっています。進路が決まらずに卒業した生徒の割合は12%弱となっています。平成25年度は25%だったので、その数は半数以下となっています。

近年は服装指導や頭髪指導、ピアス・化粧指導、授業規律指導も徹底、1年生での平日の補講「校内寺子屋」なども実施し、規律ある生活になじめるよう指導しています。その成果も少しずつ出て、中学生や近隣の評判も徐々に上がってきています。

生徒たちを見て感じるのは、どうしても目先のことに気持ちを奪われ、限られた範囲の中でしか物事を考えられないということ、そして魅力的な大人と出会うチャンスがとても少ないということです。

学校という一定の空間のなかで、教員が生徒と面と向かって指導に取り組むだけでは、今後の若者の育成には不十分なのかもしれません。だからこそ外の世界でイキイキ活躍する大学生や大人たちと体験を通して交流し、世の中はとても広い、今とは違う世界がある、ということを実感することには大きな意味があります。本校では中退防止や進路未決定者対策として、教育庁の地域教育支援部からユースソーシャルワーカーの方に来ていただき、進路指導部の教員および養護教諭との連携のもとに生徒を支援する体制もあります。

こうした実践が認められ、本校は今年度のキャリア教育文部科学大臣表彰をいただくことになりました。

これまである意味教員は生徒を育成し、世の中に送り出していくという重責を一手に引き受けてきたといえるのかもしれません。しかし、世の中の価値観が多様化し、多様な生徒が入学し、学ぶなかで、従来の枠組みの中ではもはやこれからの日本を担う人材を育成しきれなくなってきています。

子どもたちを育てるのは、学校やクラス担任、進路指導部の教員だけではないはずです。将来の日本を担う職業人を、そして納税者(タックスペイヤー)を、社会全体で育成するという視点は今後ますます明確化されてくると考えます。若者の人材育成に関しては、誰もが「当事者」としての大切な役割を担うのだと思います。

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