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風の声

大学で講師を務める評論家久田邦明氏のエッセー

第18回

第18回
地域文化の力
(後編)

久田 邦明
※組織名称、施策、役職名などは原稿作成時のものです
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今後の地域文化について考えると、昭和20年代前半に生まれたベビーブーム世代が1つのポイントになると思う。それは、彼らが〈生活共同体としての地域社会〉の〈記憶〉をもつ世代だからである。

戦後の60年を振り返ると、こういうことがいえるだろう。

1960年代の高度経済成長期、生活共同体としての地域社会は急速に解体した。生活の基盤を失った若者たちは、集団就職で都市へ向かったり、受験戦争をたたかって上級学校へ進学したりして、地域社会から離脱していった。

これに続く70年代から80年代には生活共同体は失われてしまった。生活の単位は給与生活者の核家族になった。ただ、興味深いことに、この時期にはまだ地域の人々の助け合いの人間関係は残っていた。たとえば、子育ての分野をみると、保育園、学校、学童保育などでは保護者の活動が結構活発だった。それは、当時の核家族第一世代が生活共同体としての地域社会の記憶をもっていたからである。

しかし、90年代以降、核家族第二世代が登場するようになると、地域社会の様子は大きく変化する。核家族で育ったこの世代は、生活共同体としての地域社会の記憶をもたない。そのせいで地域活動が難しくなった。

結果として、子育ての活動も行政サービスの提供を受けるといった奇妙なものになってしまった。この時期、保育士や教員や学童保育指導員が新しいタイプの保護者の登場に戸惑い、翻弄された姿が目に浮かぶ。この状況は、更に加速しているといえるだろう。

そこで注目されるのは、生活共同体としての地域社会の記憶をもつ世代である。昔を懐かしむ復古主義や、理念先行の進歩主義を掲げた地域活動ではなく、生活共同体としての地域社会の記憶を手がかりとした地域活動こそが必要とされているのではないか。

久田 邦明(ひさだ・くにあき)
首都圏の複数の大学で講義を担当している。専門は青少年教育・地域文化論。この数年、全国各地を訪ねて地域活動の担い手に話を聞く。急速にすすむ市場化によって地域社会は大きく変貌している。しかし、生活共同体としての地域社会の記憶は、意外にしぶとく生き残っている。それを糸口に、復古主義とは異なる方向で、近未来社会の展望を探り出すことが可能ではないかと考えている。このコラムでは、子どもから高齢者まで幅広い世代とのあいだの〈世間話〉を糸口に、この時代を考察する。

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