大学で講師を務める評論家久田邦明氏のエッセー
第26回第26回
若者は故郷をめざすか
(後編)
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就労支援の話をすると、学生から卒業後の進路を聞くことになる。イチゴ栽培農家を継ぐつもりだとか、家具販売業を継ぐことに決まっているとかいう男子学生の話を聞くと、こちらも俄然、ことばに力が入る。頑張ってほしいと励ましたくなるわけだ。
家業を手伝ってほしいと母親は秘かに願っているようだが、自分としてはこのまま都会で就職しようかどうか迷っているという女子学生には、ぜひ故郷へ帰るべきだと、何の根拠もないのに断定的にいう。
わたしの一方的な意見も、まったく説得力がないわけではないと思っている。今どきの学生は地元志向が強い。親元を離れて大学へ通う学生も素直に地元が好きなのだ。高度経済成長期の学生とはちがって、過剰な都会志向から自由になっている。
大学が大衆化したせいで、以前ならば地元で生業を得た若者も大学へ進学するようになった。また、高度経済成長期の若者が夢見た豊かな暮らしも、彼らには当たり前のものになった。さらにいえば、大学を出たからといって安定した収入が保障されるわけでもない。地元志向にはこのような背景があるのだろう。
もちろん現状は楽観できない。中小事業主は非常に厳しい状況に置かれている。小売業の場合、店舗数のピークは1970年代初頭のことであり、その後、スーパーマーケットによって絨毯爆撃を受け、続いてコンビニによる掃討作戦にさらされてきた。現在ではロードサイドビジネスによって打ちのめされている。それを承知で励ますのは無責任な気がしないでもない。しかし、せっかく家業という条件があるのならば、やはりやってみて欲しいと思う。
どのような分野でも、ゼロからの起業には大きな困難が伴うが、家業があれば、それを土台に立ち上がることができるではないか。地域社会の再生には、コミュニティビジネスが不可欠の条件なのである。
久田 邦明(ひさだ・くにあき)
首都圏の複数の大学で講義を担当している。専門は青少年教育・地域文化論。この数年、全国各地を訪ねて地域活動の担い手に話を聞く。急速にすすむ市場化によって地域社会は大きく変貌している。しかし、生活共同体としての地域社会の記憶は、意外にしぶとく生き残っている。それを糸口に、復古主義とは異なる方向で、近未来社会の展望を探り出すことが可能ではないかと考えている。このコラムでは、子どもから高齢者まで幅広い世代とのあいだの〈世間話〉を糸口に、この時代を考察する。