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風の声

大学で講師を務める評論家久田邦明氏のエッセー

第63回

第63回
コミュニティビジネスの希望
(前編)

久田 邦明
※組織名称、施策、役職名などは原稿作成時のものです
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『風呂屋が地域を再生する』(草隆社)という100頁ほどの手づくりの風合いの本を読んだ。銭湯経営の喜怒哀楽が十二章、口絵の写真に、小学生の体験入浴感想文も掲載されている。著者の北橋節男さんは神奈川県藤沢市、小田急線六会日大前駅の栄湯湘南館三代目。二男四女の父親は、銭湯を「地域のコミュニティを作る社交場」と形容する。

これこそがコミュニティビジネスではないかと、わたしは感心した。「人間の行動は人力で動ける範囲だと納得する。だから銭湯も、大型化して商圏を広げるのではなく、近所の掘り起こしと対象年齢の拡大が一番だと思うのだ」。グローバル経済の時代に、このように述べて地元で稼いで暮らす事業主の気概を読者に伝えてくれる。

家庭風呂が当たり前になった今日、湯を沸かして番台に座っているだけではいられない。経営努力というのか、創意工夫が求められる。コインランドリーを置き、カラオケ、マッサージもおこなっている。最近始めたそろばん塾の塾長は北橋さんだ。銭湯寄席を「義父の知り合いの息子がプロの落語家」という縁で始めたというエピソードには地縁血縁に頼る地道な事業拡大の工夫が分かる。

「自営業の素晴らしいところは、平日の昼間に動いて用件をこなすことができるところだ」という。自治会と商店会の役員として祭りや盆踊りで活躍し、小学校PTAと中学校PTAの会長をつとめて、おやじの会を立ち上げた(小学校は父親限定を避けて親の会とした)。現在は、学校・家庭・地域の各団体が連携する「学園都市むつあい協力者会議」の会長を引き受けている。

小学生の体験入浴や中学生の職場体験の受け入れには、これらの地域活動が背景にあるわけだが、それだけでなく「将来の客層に食い込んでいくことが大事」というところがいかにもコミュニティビジネスらしく、好ましい。

風呂屋のおやじは、Tシャツにジーパンでナナハンを乗り回し、トロンボーンを吹き、キリンビアマイスターの資格をもつ。二十代の頃、高校教師を辞めて、急逝した父親の跡を継いだのだという。

久田 邦明(ひさだ・くにあき)
首都圏の複数の大学で講義を担当している。専門は青少年教育・地域文化論。この数年、全国各地を訪ねて地域活動の担い手に話を聞く。急速にすすむ市場化によって地域社会は大きく変貌している。しかし、生活共同体としての地域社会の記憶は、意外にしぶとく生き残っている。それを糸口に、復古主義とは異なる方向で、近未来社会の展望を探り出すことが可能ではないかと考えている。このコラムでは、子どもから高齢者まで幅広い世代とのあいだの〈世間話〉を糸口に、この時代を考察する。

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