EYE's Journal

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シリーズ1 教員を育てる
Part.5 
レポート③
社会人経験のある教員を養成し中学・高校に送り出す

日本教育大学院大学 学校教育研究科長
高橋 誠 教授
※組織名称、施策、役職名などは原稿作成時のものです
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社会人経験のある教員を養成する日本教育大学院大学がこの4月、東京都千代田区に開校した。設置者は大手学習塾だ。社会人経験者を対象にどのような教育を行うのか、同大学院学校教育研究科長の高橋誠教授に話をうかがった。

大手学習塾が設置した
株式会社立の大学院

▲高橋 誠 教授

日本教育大学院大学は、構造改革特区として企業による大学設置が認められている千代田区に、株式会社立の専門職大学院として設置された。設置主体は、日本最大規模の学習塾「栄光ゼミナール」を展開する株式会社栄光だ。同大学院の高橋誠研究科長は設置目的を次のように説明する。

「栄光の持つ教育機能を塾とは別のかたちで生かしたい、という代表者の思いがありました。そして、栄光として日本の教育にどうかかわるかを考え、教員養成、それも社会人経験を持った教員の養成に取り組もうということになったのです。

内閣府の調査によると、保護者が教員に求めるものは『社会人経験』が56.4%でトップになっています。企業などで身につくコミュニケーション能力や幅広い知識などが学校でも役立つと期待されているのではないでしょうか。では、現実はどうかというと、社会人経験のある教員は10%程度に過ぎません。

また、教員養成は大学院修士レベルというのが世界的な趨勢になっています。教員という職業は知識的にも人間的にも高いレベルが求められるからです。ところが、日本では修士レベルの教員養成は進んでいない。

それなら、大学院をつくって社会人経験のある教員を養成しよう、というのがそもそもの出発点です」

修了者を学校に就職させる
独自のパイプ

大学院開校に踏み切ったのには、もう1つ理由がある。それは修了者を学校に就職させる『しくみ』を持っていることだ。

「大学院をつくっても、修了者が教員として就職できなければ失敗するに決まっています。その点、栄光には私立中学・高校に教員を紹介するグループ企業があります。昨年は2,000人以上が採用され、そのうち1,000人近くは専任教員としての採用です。このパイプがあるので、私立の中学・高校であれば、大学院修了者のほとんどを就職させることが可能だと思います」

その話を裏付ける制度も設けている。大学院入学時点において30歳以下の学生(修了時に33歳以上だと私立校の専任教員としての採用が難しくなるため)で、私立校に3回以上紹介しても決まらず、栄光グループ内での就職も難しい場合は、2年間の授業料240万円を返還する。といっても返還自体に主眼を置いているわけではない。就職させるという自信を表明した制度だ。また、公立校希望者の場合は、採用試験対策に万全を期していく。

教員をめざしたい社会人のニーズに応える

同大学院で養成するのは中学・高校の教員。入学対象者は社会人経験を持つ教員免許取得者に限定している。社会人としての経験年数は最低1年以上。教員免許の種類は主要5教科、つまり、国語、数学、英語、理科、社会(高校の場合は地歴、公民)の一種免許だ。

定員は各教科24人ずつ計120人。初年度は、昨年12月5日の認可後に募集を行い、1月~4月に4回の入試を実施したが、開校の周知を図る時間がなかったため定員を満たすまでには至っていない。しかし、それは承知のうえでのスタートであり、潜在的なニーズはあると見ている。

「子どものころになりたい職業のナンバー1は教員です。しかし毎年約15万人が教員免許を取得していますが、そのうち教員になるのは1割程度です。

考えてみれば、これはムリもない面があります。教員採用は卒業間近にならないと決まらないので、教員になりたい気持ちがあるのに、企業への就職を優先する人も多いのでしょう。そういう意味では、就職したけれど、もう一度教員をめざしたいという人はかなりいると思います」

初年度は、人数は別にして、幅広い層から応募があった。そのうち合格者について見ると、年齢は23歳から上は50歳代もいるが、中心は20代後半から30代前半だった。男女比は男2対女1。職業は、塾や学校の非常勤教員など何らかのかたちで教育現場にかかわっている人が半分。あと半分は、印刷会社、建築会社、メーカー、公務員などさまざまな職場に勤務している人だ。

課題解決力やコミュニケーション能力などを育てる

社会人経験があり教員免許を持つ入学者にどのような力を身につけさせようとしているのか? これについても高橋研究科長は明快に説明する。

「まず課題解決力ですね。学校現場にはさまざまな課題があり、これからも新たな課題が次々に発生するでしょう。そうした課題を自信を持って解決できる能力の養成。これが柱の1つですね。

それから、柱の2つ目がキャリア教育の能力。いまの教員は、生徒が将来何になりたいか、進学して何を学びたいか、ということに対して的確なアドバイスができていない面もあるのではないでしょうか。ですからわれわれは、生徒に対しキャリア教育をきちっと行える力を育てていきたい。

そして、3つ目が対人コミュニケーション能力です。これは企業が最も求める能力でありながら、いまの若者に欠けているものです。そこで、プレゼンテーション、ディベート、相談面接演習などさまざまな方法を取り入れながら、対人コミュニケーション能力を高めていきたいと考えています。

教科を教える能力はもちろん必要ですが、そのベースの上に、問題解決能力、キャリア教育能力、対人コミュニケーション能力を育てていきたい、ということですね」

カリキュラムは3つの科目群で構成

カリキュラムも、育てたい能力を重視した内容になっている。2年間で学ぶ科目は「基本科目群」「教科科目群」「実践科目群」に大別され、総科目数は91にものぼる。

このうち基本科目群は、教職について発展的再学習を行う「教職の基本科目」、将来の幹部登用に備える「学校経営の科目」、教室での指導を円滑に進めるための「学級経営の科目」で構成。教科科目群は、大学時代に学んだ教科の知識を再構築する「教科教授法関連の科目」を用意。

そして、実践科目群には、キャリア開発を図り進路指導や教育相談に応えるための「生徒指導・カウンセリングの科目」、課題解決能力を高める「創造的課題解決の科目」、生徒・保護者への対応力や授業の力を高める「対人コミュニケーションの科目」、実践力を養う「教職の総合科目」がある。

実践科目群は、まさに同大学院が育てたい能力に直結するものだが、その中でも教職の総合科目に重点を置いている。

「教職の総合科目として、1年次には教職総合ゼミがあり、2年次には教科総合ゼミと学校での実習があります。教職総合ゼミでは、個人またはチームごとに課題を決めて、その解決法の立案、発表、討論などを行います。教科総合ゼミでは、各教科の専任教員の指導のもとで教授法を研究し、授業実施計画書(シラバスという)を作成します。これは修士論文の代わりになるものです。

実習は2年次の9月に行いますが、4月から月に1~2回、担当していただく先生のもとに出向いて学校教育全般について指導していただき、その上で実習に臨みます」

大学院のカリキュラムは3科目群で構成
めざすは「日本一の教員養成大学院」

数多くの科目を教えるため、教員も多彩な顔ぶれをそろえている。

「教員は4つのグループに分かれます。まず、中学・高校の教員をしていたベテランの実務家がいます。それから、現職の大学教授や元教授など大学教員出身者。そして、私もそうなのですが、企業教育に携わってきた経営コンサルタント出身者。さらに、ITや教育学、心理学などの若手研究者もいます。

この4つのグループが持つ知識やノウハウを融合し、独自の教育を展開していきたいと考えています」

経営的には、認可から募集まで時間がなかった初年度だけでなく、当初5年間ぐらいは赤字を覚悟しているという。それでもスタートしたのは、高い目標があるからだ。

「世界レベルで、教員養成なら日本にはあの大学院がある、といわれるところまで持っていきたい。めざすは日本一の教員養成大学院です」

図1 日本教育大学院大学学校教育研究科のカリキュラム

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