EYE's Journal

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6-1

シリーズ6 リメディアル教育の現場
Part.1
リメディアル教育の背景と現状
学力不足を補うリメディアル教育が拡大

編集部
※組織名称、施策、役職名などは原稿作成時のものです
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高校までの学習内容を補習する「リメディアル教育」が、大学で重要なテーマになっている。今回のシリーズでは、大学現場の考え方や取り組み内容を中心に、リメディアル教育の最前線を探っていく。第1回となる今回は、大学入学者になぜ高校の補習が必要なのか、リメディアル教育としてどのようなことが行われているのかを検証する。

全大学の約3割が取り組んでいる
リメディアル教育

理工系の大学に進んだのに分数がよくわからない、先生が授業で話している日本語の意味がわからない――。冗談のような話だが、そんな大学生が出てきているという。そこまで極端ではなくても、大学に入学したのに、学力不足のため授業についていくのが難しい学生が増えているのは、多くの大学関係者が認めるところだ。そのため、大学ではここ数年、「リメディアル教育」が急速に広がってきている。

リメディアル教育とは、ひと言でいえば「高校までの学習内容の補習」のこと。「リメディアル」は、英語で「治療」を意味する言葉だ。もともとリメディアル教育は、100年ぐらい前にハーバード大学、コロンビア大学で始まったといわれ、その目的は移民の学生に英語力をつけさせることだったとされている。ただ、アメリカでは1970年代頃から、言葉としては「ディベロップメンタル・エデュケーション」(能力を開発する教育)に置き換えられている。

日本の状況を文部科学省の調査(大学における教育内容等の改革状況について)で見ると、高等学校での履修状況に配慮した取り組みを実施している大学は、2006(平成18)年度においては、国立68校、公立31校、私立337校、合計436校(全大学の約61%)。このうち、高校の「補習授業」を実施している大学は、国立55校、公立20校、私立159校、合計234校(約33%)で、3割以上の大学がリメディアル教育を行っていることになる。

学力試験のない入試等の影響で
大学入学者の学力が多様化

では、なぜ大学でリメディアル教育が重要視される事態になってしまったのだろうか。

大学に入るには入試がある。そして、大学入試は、志願者の選抜であると同時に、その大学で学んでいくために必要な学力を判定する意味も持つ。つまり、入試に合格するということは、大学で学ぶに足る学力を持っていることになるはずだ。それなのに、入学者にリメディアル教育が必要というのは、矛盾した話ではある。

これについて、リメディアル教育にかかわる専門家や大学関係者の見方は、ほぼ一致している。最も直接的な原因は、皮肉なことに入試そのものにあると考えられている。

入試のなかでも、とくに影響が大きいと見られているのがAO入試だ。2000年頃から全国の大学で急増したAO入試は、学力試験を課さないのが特色。また、早い時期に合格が決まる傾向がある。このため、学力が十分についていない学生でも、意欲や将来のビジョンなどを評価されて合格し、いざ合格してしまうと高校の勉強を続けるモチベーションが保てない、ということが起こりやすい。

推薦入試も、学力試験を課さないものが多くなり、11月頃には合格が決まる。その結果、生徒はAO入試と似たような状態になってしまう。さらに、大学全入時代が近づくにつれ、一般入試においても、かつてに比べて合格水準が下がっていくケースも増えてきた。

こうしたことが絡まりあって、入試という関門をくぐってはいても、実際には多様な学力の学生が同じ大学に入学するようになった。

大学の授業についていけず
留年や退学に至るケースも

多様な学力の学生が入学することから起こるのは、次のような現象だ。

学生は自身の学力に関係なく同じ授業を受けるが、大学教員は通常、学生が大学で学ぶに足る学力を持っている前提で授業を進めるので、学力不足の学生は授業についていくのが難しくなる。当然、やる気も失せてきて、そのままでは単位を落としかねない。それがいくつもの科目に及ぶようだと、進級に問題が出てきたり、最悪の場合、その大学で学ぶことを諦めたりする。つまり、退学してしまう。

ある理工系の大学では、1年生のうちに退学する学生が増え始め、5%にもなってきた。教員や職員が退学を考えている学生とじっくり話をしてみると、意外なことが分かった。実は、数学や物理などの学力が不足したまま入試をすり抜けてきたため、大学の授業が分からない。このままでは進級さえおぼつかない。そこで、早めに見切りをつけて、自分の学力で通用するところに入り直そうとしていた学生が多かったのだ。衝撃を受けた教員や職員は、対応策を話し合い、リメディアル教育を実施することになったという。

さまざまなかたちで学生を支援する
リメディアル教育を実施

程度の差はあれ、このような状況に直面し悩んでいる学生が増えてきた。そこで、各大学は学生を支援するために、さまざまなかたちでリメディアル教育に取り組んでいる。その実施方法を大きく分けると、次の型に分類することができる。

①入学前教育型
②学習支援センター型
③授業型

eラーニング等を利用して
自宅学習する入学前教育型

入学前教育型は多くの場合、「入学前教育(あるいは入学前準備教育)」という名称で行われている。その名のとおり、大学入学前にリメディアル教育を行うものだ。

この入学前教育は、自宅学習が基本になる。大学と学生とのやりとりは、通信添削形式が多いが、最近はインターネットを利用したeラーニングも増えつつある。生徒が自宅(または高校など)のパソコンで入学前教育のサイトにアクセスして課題をこなすものだ。

こうした自宅学習形式のなかには、2~3日程度、大学での対面授業を組み合わせる場合もある。また、実施例は少ないが、10日間ぐらいの日程を組んで、本格的な通学制の入学前教育を行っている大学もある。

専用の組織を設置して
きめ細かく指導する学習支援センター型

学習支援センター型は、学内に専用の組織を設けてリメディアル教育を行うもの。名称は「学習支援センター」「学生支援センター」「学習支援室」などさまざまだ。

これも運営方法は各大学によって異なるが、利用できる時間を決めておいて、その時間内なら個別指導で勉強できるスタイルが一般的だ。対象とする科目は、英語、数学、物理などが多いが、大学ごとに学生たちの実情を踏まえて決めている。

センターで教える講師は、外部から招くことが多い。一定時間に要点を絞って教えるのに慣れているという理由で予備校講師が中心になっているようだが、高校教員経験者に依頼しているところや、大学教員がセンターで指導にあたっているところもある。

センター型の特徴は、学生1人ひとりの学力や学習状況に合わせた指導を行うことだ。ひと言で学力不足といっても、高校レベルが不十分というケースから中学レベルもよく理解できていないケース、さらには小学校レベルにまで遡らなければならないケースもある。その点、個別指導なら各学生をきめ細かくサポートすることができる。

通常の授業に組み込む
授業型リメディアル教育も

授業型は、大学の通常の授業としてリメディアル教育を行うもの。これは、まず入学後に英語、数学などのプレースメントテスト(学力を判定するテスト)を行うことが多い。大学によって、テストの成績にかかわらず全員がリメディアル授業を受ける方式、必要と判断された学生だけがリメディアル授業を受ける方式などに分かれている。

いずれの場合も、リメディアル授業を受ける場合は、テストの成績で習熟度別にクラスを編成することが多い。これらは通常の授業になるので、履修することで卒業必要単位に認定される。なかには、リメディアル授業が必要な学生は、その単位を取得しないと進級できない制度になっているところもある。

授業型の場合、学生は「授業だから受けなければいけない」という気持ちになり、学ぶ動機づけがしやすい。そして、毎週きちんと学んでいく過程で少しずつ学力がついてくる。また、全員あるいは必要と判断された多くの学生とともに学べるので、分からないところを友だち同士で教え合ったりできることなどもメリットの1つといえる。

なお、通常の授業ではないが、任意の課外講座というかたちでリメディアル授業を行っているところもある。

入学前教育、学習支援センターによる支援、リメディアル授業は、それぞれ単独で行う場合もあるが、複数の方法を組み合わせることも少なくない。最近は、入学前教育を実施し、リメディアル授業も組み込み、なおかつ学習支援センターで支援も行うといった手厚い対応をするところも見受けられる。

高校側や保護者からのリメディアルへの関心も高まる

大学が行うリメディアル教育を、高校側や保護者はどう見ているのだろうか。これは一律にはいえないが、大学関係者は高校側もリメディアル教育に関心を持つケースが増えてきたと感じている。

例えば、数年前までは、大学側から高校教員に「うちの大学ではリメディアル教育に力を入れています」と話すと、「そちらは、そんなに学力不足の学生が多いのですか?」といった声が返ってきた。しかし、現在では、同じような話をすると、合格者に対してどのようなリメディアル教育をしてくれるのか関心を示すことが多くなっているという。

また、保護者の関心も高まっている。リメディアル教育を実施している大学が、オープンキャンパスなどでその内容や学生をサポートしていく姿勢を説明すると、安心したり、面倒見のよさに納得したりするそうだ。

リメディアル教育学会も設立
各大学の実情を踏まえた取り組みを研究

2005年4月、リメディアル教育にかかわる大学教員などを中心に、日本リメディアル教育学会が設立された。約100人の発起人でスタートした同学会は、現在では会員数が約400人に達し、毎月10数人の入会が続いているという。こうしたところにも、リメディアル教育の裾野の広がりが反映されている。

とはいえ、リメディアル教育はまだまだ歴史が浅い。そのため、各大学は「走りながら考えている」ような状態ともいえる。実際に、比較的早めに取り組んだ大学でも、一定の成果を残しつつ、随時見直しも進めている。

また、学生数、対象とすべき科目、求める学力など、大学ごとにリメディアル教育の条件は異なる。そのため、入学してくる学生の学力を客観的に評価したうえで、それぞれの大学に適したリメディアル教育のあり方を追求していくことが重要になってくる。

次回からは、大学がどのようにリメディアル教育に取り組んでいるかを、支援センター型、授業型、通学制の入学前教育、通信添削やeラーニングによる入学前教育など、いくつかの実施パターン別に探っていく。

図表1 高等学校での履修状況への配慮

平成18年度においては国公私立436大学(約61%)が、専門高校出身者や帰国子女、高等学校で当該科目を選択履修していない者などに対して、補習授業を実施することや、既習組・未習組に分けた授業を実施することなど、高等学校等での履修の状況に配慮した取組を実施している。
資料:文部科学省「大学における教育内容等の改革状況について」より

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