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7-3シリーズ7 魅力ある短期大学づくり
Part.3
事例研究【東京農業大学短期大学部】
学ぶ喜びを体感できる新カリキュラム
藤垣 順三 氏
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東京農業大学短期大学部は、入学してくる多様な学生が明確な目的意識を持って学べるようにするため、カリキュラムの全面的な見直しを行い、2008年度から新たな教育プログラム「学生と教員の協働による学科横断的実学教育」に取り組んでいる。
リメディアル教育、初年次教育、学科横断的専門教育、キャリア教育など幅広い取り組みの背景や具体的な内容、進捗状況などについて、短期大学部部長の藤垣順三教授に話を伺った。
学生の多様化に対応するため
カリキュラムを全面的に見直す
東京農業大学短期大学部は、生物生産技術学科、環境緑地学科、醸造学科、栄養学科の4学科があり、実習を重視する「実学教育」で数多くの人材を育成してきた。そして、2008年度から新たな教育プログラムとして「学生と教員の協働による学科横断的実学教育」に取り組んでいる。文部科学省の「質の高い大学教育推進プログラム(教育GP)」にも採択された取り組みの背景と目的について、短期大学部部長の藤垣教授は次のように説明する。
「時代的な背景として、18歳人口が減少を続ける中で短期大学は多様な入試制度を採り入れて受験生を集めるようになり、その結果、入学してくる学生の学力較差が非常に大きくなってきました。本学でも、推薦入試で入学する学生は、一般入試で入学する学生に比べると、学力という点ではかなり差をつけられているのですが、そういう学生をどのように教育していけばいいのかという問題が表面化してきたのです。
学力の問題だけではありません。目的意識が希薄な学生、他人と接することが苦手な学生、社会的なルールが身についていない学生、何事にも消極的な学生なども増えています。
私たちは、こうした多様な学生を教育していくには、これまでの考え方や方法だけでは対応しきれないのではないか、と考えるようになりました。科目を用意して学生に選択させ、教員の側から一方的に教育していくというスタンスでは、多様な学生を導いていくことが難しい、ということです。
そこで、教員が学生の立場になって一緒に考えたり行動したりする中で学生の興味を引き出し、段階を追って教育していくシステムが必要なのではないかと考え、カリキュラムの全面的な再構築を含めて新たな教育プログラムを立案することになったのです」
準備期間と試行期間を経て
新プログラムを本格実施
新プログラムは、年度ごとにステップを踏みながら本格実施につなげていく計画だ。
初年度となる2008年度は準備期間として、新カリキュラムの検討や、多様な学生に対応する教育に向けた教員のFD(ファカルティ・ディベロップメント/*註参照)大学教員の教育内容・方法の改善のために、大学全体あるいは学部・学科全体で行う組織的な研修・研究のこと。研修などを進めた。FD研修の内容は「魅力ある講義を実施するための教授法」「個々の学生の相談に対応するためのカウンセリング法」などで、外部の講師による講習が行われた。
2009年度は試行期間と位置付けられ、新科目の一部先行実施、前年度に引き続いての教員FD研修などが行われている。そして、2年間の準備を踏まえて2010年度から新カリキュラムに移行し、新プログラムが本格実施される。
新プログラムは、①リメディアル教育の実施、②初年次教育の強化、③学科横断的専門教育の実施、④キャリア教育の充実、が大きなポイントになっている。
「これらを通じて、高校教育から大学教育へスムーズに移行できるようにするとともに、それぞれの学生が自分の将来を見据えながら明確な目的意識を持って学んでいけるようにしたいと考えています。
そのためには、教員と学生の距離をいままで以上に縮めることも必要になります。本学はクラス担任制を採っていて、各学科とも専任教員1人につき1クラスを編成し、1クラスにはおおむね10数人の学生がいます。このクラス担任制をさらに充実させ、それぞれの学生が将来の進路や、その進路に適した科目の選択などについて担任としっかり話し合って決めることができるようにしていきます」
プレイスメントテストを踏まえ
リメディアル教育を行う
リメディアル教育はこれまで、推薦入学者を対象に任意の入学前教育として実施していた。新プログラムでは、リメディアル教育として「基礎生物」「基礎化学」「文章表現」の3科目を設定。入学者全員にプレイスメントテストを行い、基準点に達しない者には必修として該当科目を履修させる予定だ。2009年度は、試行科目として文章表現を開講している。
「いまの学生は、考えていることを文章できちんと表現できないなど文章表現の力が欠けているので、この科目はとくに重視しています。今年度はトライアルとして、週1回のクラスと集中クラスの2クラスを開講していますが、希望者が殺到して抽選したほどで、学生自身が文章表現について学びたいと思っていることがよくわかりました。
試行してみて、文章表現はリメディアルというよりも初年次教育として実施できればいいのではないかという印象もあるので、その辺りは今後さらに検討していきたいと思っています」
初年次教育の強化を図り
クラス担任が学生に個別対応
初年次教育としては、「フレッシュマンセミナー」「フレッシュマン演習」「情報基礎一・二」を開講する予定だ。
このうちフレッシュマンセミナーは、学科ごとに行っていたものを4学科共通の内容と各学科の特性を踏まえた内容に整理して実施することになる。4学科共通の内容としては、大学の歴史や教育理念、IDカードを兼ねた学生証の使い方、図書館の利用方法、コンピュータネットワーク利用ガイド、マナー、ゴミの分別をはじめとする環境教育などが想定されている。
情報基礎は、コンピュータ操作からインターネット利用、各種ソフトの使い方などを前学期(一)と後学期(二)に分けて教えていく。
フレッシュマン演習は、まったく新しい科目として設定し、フレッシュマンセミナーとは内容が重ならないようにしている。また、学生と教員の距離を縮める場の1つと位置付けられている。
「各学科のクラスごとに担任が、ノートの取り方、レポートの作成方法、プレゼンテーションの仕方などを教えるとともに、教員の経験を踏まえて、勉強への取り組み方や将来の進路の考え方などまで話をします。さらに、それぞれの学生の将来像に適した科目の選択や履修モデルについても個別にアドバイスしていきます」
実習・講義・セミナーで構成する
学科横断的な専門教育
学科横断的な専門教育は、新プログラムの中でもとくに重点を置いているものだ。4学科共通の科目として、「食農体験実習」「みどりと農業生産」「食の安全と信頼」「マイスターセミナー」を開設。それぞれの科目を関連づけ、一体化した科目群として教育を行う。このうち食農体験実習は、試行科目として2009年度に先行実施している。
「食農体験実習は、4学科が連携して実施します。たとえば『米』という共通テーマを設定したうえで、各学科の特徴を活かした実習を準備し、学生全員に体験させます。生物生産技術学科なら稲の栽培、環境緑地学科なら稲を栽培する場の自然環境の観察、醸造学科なら米味噌の仕込み、栄養学科なら炊飯や米味噌を使った味噌汁づくり、といった体験学習です。
このような実習を体験することで、学生は所属学科だけでなく他学科の内容にも触れることができ、自分が学ぶ専門分野が食糧の生産から消費までの流れの中で、どういう位置付けになるのかも理解することができると思います」
2009年度は試行なので、希望者200人のなかから抽選で70人を選び、5月末に付属農場で実習を行った。生物生産技術学科の教員が田植えの実習、環境緑地学科の教員が田んぼの雑草や虫の生態観察などの実習を担当した。
「実習に参加した学生には感想レポートを提出してもらいましたが、貴重な体験ができて感動したという内容がほとんどで、実習の成果がうかがえます。
とはいえ、たんに実習を体験させるだけでは大学の教育とはいえません。実習に付随した講義科目として、生物生産技術学科と環境緑地学科による『みどりと農業生産』、醸造学科と栄養学科による『食の安全と信頼』を開講し、実習で学んだことの裏づけをします。さらに、現場のプロの方を招いて話を聴く『マイスターセミナー』を開講し、学生に各自のキャリアデザインを真剣に考えてもらうことも意図しています」
学生が運営にも参画するマイスターセミナー
マイスターセミナーは、これまで生物生産技術学科で実施していたものを4学科共通の科目として装いも新たに開設する。生物生産に携わる農家の人などに加えて、造園家、醸造メーカーのスタッフ、調理師、栄養士などを幅広く招くことが予定されている。また、この授業は、学生が運営にかかわるのも大きな特色だ。
「各学科から代表の学生に出てきてもらって委員会を構成し、どのような講師を招いたらいいか意見を出してもらうなど、教員と一緒になってマイスターセミナーの運営にかかわってもらいます。今年度はトライアルなので、生物生産技術学科のマイスターセミナーを聴いてもらって、それを基に来年度のアイデアを考えてもらいます」
実績あるインターンシップなどキャリア教育も重視
キャリア教育の科目としては、「キャリアデザイン」「インターンシップ」「ビジネスマナー」を開講する。
「キャリア教育はこれまで、キャリアセンターが中心となって実施してきました。それを授業として位置付け、科目を開講することにしたのです。このうちキャリアデザインについては今年度、試行科目として希望者を募集し、集中クラスを開講しています。
インターンシップは本学の場合、40年以上の歴史があります。その実績も踏まえながら4学科共通の科目として実施するとともに、学科によっては、さらに専門的なインターンシップにも取り組むようにしています。
ビジネスマナーは、キャリアセンターで行っていた内容を踏襲するかたちで授業を構成していくことになると思います」
新カリキュラムでは教養系科目も拡充
2010年度からの新プログラムは、前述した4つのポイントに加えて、教養系の科目を大幅に増やしたことも特徴の1つだ。
「専門領域の勉強が重要であることはいうまでもありませんが、状況に応じて物事を考え、きちんと判断できる力を身につけることも大切です。そうした力を育むために、教養系科目である『総合教育科目』を拡大し、『生命倫理』『心の構造』『現代の環境問題』など新しい科目も数多く採り入れました。リメディアル教育、初年次教育、キャリア教育の科目も、分類上は総合教育科目に含めています」
学生と教員の「協働」によって
学ぶ目的意識を明確化
現在進行形のプログラムだが、藤垣教授は2010年度からの本格実施に向けた抱負を次のように語る。
「新しい教育プログラムのタイトルには『協働』という言葉を入れていますが、これは、学生が学びたい内容を教員と協議・決定し、マイスターセミナーなど授業の運営にも参画することによって、自ら積極的に学ぶ喜びを体験してもらう、という意味です。
そのようにして、学ぶ動機づけがうまくできれば、2年間の短期大学であっても、充実した学生生活の中で、将来、食糧の生産者や技術者として活躍するための基礎づくりができると考えています」
〈 取材・構成:山本龍典 〉
*註:FD(ファカルティ・ディベロップメント)は、大学教員の教育内容・方法の改善のために、大学全体あるいは学部・学科全体で行う組織的な研修・研究のこと。