EYE's Journal

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29-1

シリーズ29 看護職の現場最前線レポート
Part.1
訪問看護師という仕事と
看護職の学習支援(前編)

訪問看護師、大学非常勤講師、コラムニスト(東京新聞)
宮子 あずさ(みやこ・あずさ)
※組織名称、施策、役職名などは原稿作成時のものです
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「看護師」とひとくくりにいっても、その職場は病棟・外来・手術室など、異なる知識や経験を必要とする仕事があり、診療科によってさらにさまざまな知識が必要となる。看護師のやりがいや労働環境などの著書・研究で知られ、東京新聞でコラムニストを務める宮子あずさ氏は、訪問看護師として、今も多くの患者の自宅を訪れている。看護師人生を振り返っていただくとともに、訪問看護師の現場の話と大学や大学院での指導内容について伺った。(全2回)

明治大学へ進学するが退学
手に職を求めて看護専門学校へ進学

▲都内・精神科病院の訪問看護室に勤務
看護師・宮子 あずさ氏

宮子氏は、高校卒業後、明治大学文学部へ進学する。それは、きちんと勉強して、就職して、立派な社会人になるためだったという。

「私が明治大学に入学した1982年当時は、就職難の時代でもあり、特に女性の就職は男性に比べてはるかに困難でした。まだ男女雇用機会均等法ができる前の話です」

女性であっても、男性と同じように大学へ行き、まじめに勉強して卒業すれば、男性と同じように就職できると思っていた宮子氏は、現実とのギャップに驚く。

「私の母は吉武輝子という作家で、フェミニストでした。日頃から『男女は平等なのだから、あなたも自分で働いて一生食べていくんだよ』という教育を受けてきたので、大学へ行って4年間勉強すれば、一生困らないくらいの職には就けると思っていました。しかし、当時の先輩たちの就職活動を見ると、男性に比べて就職口がありません。世の中に騙された気分で、大学を出ただけで女がひとりで稼いでいけるという考えは甘かったのだと反省しました」

明治大学に入学した1年半後、宮子氏は同学を中退した。そして東京厚生年金看護専門学校に入学して看護師を目指す。

「やはり、何でもいいから手に職を持つのが現実的ではないかと思ったのです。いろいろな職業はあるけれど、資格を取ってまじめに働けば、一生、やっていくことのできるのが看護師です。決して立派な動機ではないけれど、まずは生活を維持できる道を模索しました」

つらかったことが 
転じて重要な経験に変わることも

大学を中退して看護専門学校に進学した宮子氏は、その後、看護師としてだけではなく、さまざまな書籍を上梓するなど、看護師が天職といってもよいほど働いた。そんな宮子氏にも、つらい日々があったという。

「看護師になって3年目に出会った患者さんです。50代前半、肺ガンが腰椎に転移した患者さんがいました。腰椎に転移したため、常に足がしびれている状態で、足を揉んでほしいという要求をされました。それも24時間ずっとです。

そこで私たちは、看護師が交代でその患者さんの足を揉むことにしました。しかし、ずっと揉み続けるというのは大変で、どうしても病棟を離れなければいけない時もあります。すると患者さんは不機嫌になり、再び足を揉み始めても『揉まない時間があった』と、いやみを言うのです。

他の患者さんでは、わずか5分間、体をさすってあげただけなのに『ありがとう』と言ってくれるのに、この患者さんは看護師が交代で20時間足を揉んだとしても、揉めなかった4時間について文句を言われるのです。私たちがとんなにがんばっても、評価されないことがある。それが私のつらい体験でした」

宮子氏は、このつらかった体験を消化できず、いつも頭の片隅に置いて考えることになる。そして、看護師として勤務する中で、この体験をどうとらえていくべきかを学んでいったという。

「結局その体験が、看護の意味というのを考えるきっかけになったのです。看護とは何か、どうすべきなのかを自分の中にちゃんと持っていかなくてはならない。マニュアル通りにできたかどうかではなくて、自分がその状況をどれだけ理解できたのかというところに、価値を見出さなければならなかったことに気づいたのです。今考えると、あの時、ものすごくつらかった場面が転じて、自分がしつこく考え続ける原動力になったのです」

訪問看護師として働くこと 
そして新たな発見と楽しさ

現在、宮子氏は都内の精神科病院で、訪問看護師として仕事をしているが、この仕事を通して得た経験やエピソードも多い。

「私はパートで訪問看護をやっていて、いろんな患者さんのお宅へ訪問します。その中で私のことを好いてくれる患者さんもいます。例えば、女装趣味がある患者さんは、私が行くと、ものすごく喜んでくれるのです。とてもリラックスして、楽しい時間を過ごすことができるようなのです。

しかし、他の看護師ではダメで、なぜ私なんだろうと不思議に思っていると、ひとつわかりました。それは、私(宮子)が、男性に対して男らしさを求めないところ、つまり、私の雰囲気から『いいよいいよ。ゆるく行こうよ、どんなかっこうでもいいじゃないのよ』というところに彼が気づいてくれるのです。そして同時に、患者さんを通して、私が自分では意識していなかった、『ゆるく自由にやろうよ』といった、大切にしているものが見えてくるのです。これがすごくおもしろいのです」

【後編に続く】

取材・構成:松本 肇(教育ジャーナリスト)

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