EYE's Journal

いま知りたい教育関連のテーマについて、ドリコムアイ編集部が取材・調査

36-1

シリーズ36 女性高等教育最前線ルポ
Part.1 
法政大学
大学は、高校時代に見つけた
“夢中になれる何か”を具現化する場所

法政大学
総長 田中 優子 教授
※組織名称、施策、役職名などは原稿作成時のものです
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「江戸時代の文学・生活文化」を専門とする田中優子教授は、法政大学社会学部教授、同学部長を歴任後、2014年4月、総長に就任。以来、長期ビジョン“HOSEI 2030”の策定や法政大学憲章の制定に着手するなど、大規模な大学改革を進めてきた。
東京六大学初の女性トップとして輝かしいキャリアをもつ田中教授は、一人の女性としてどのような人生観を育み、キャリアを築いてきたのだろうか。田中教授の高校・大学時代を紐解きながら、高等教育のあり方を探ってみよう。

型にはまらず、興味あることに挑戦し続けた
高校・大学時代

▲総長 田中 優子 教授

神奈川県横浜市に生まれ育った田中優子教授は、鎌倉市内にあるカトリック系の女子高校に進学した。幼い頃から本を読むことが好きだった田中教授は、高校進学後もその思いを育んでいった。

「校則の厳しい高校でしたが、当時から好きなこと、これと思ったことに挑戦してきました」

「女性だからこうあるべき」と生き方を決めつけるのではなく、型にはまらず自分らしく生きたい。当時からこのような考えを抱いていた田中教授は、読書好き・本好きを活かせる課外活動として編集部を選択。自らカメラを持って取材・撮影に臨むうちに、写真にも興味を抱くようになった。「横浜港では港湾労働者がたくさん働いている。その姿を見てみたい」という思いから、早朝の横浜港を撮影。写真好きが高じて、自ら高校にかけあい、写真部を新たに設立したこともあった。

「今と違ってフィルムの時代です。自分で現像や焼き付けをしたかったので、理科室の一角に暗室を作ってもらいました」

一つ好きなことができると、そこから新しい世界を知り、興味・関心の幅が広がっていった「もっと知りたい、その先にある世界を見てみたい」という思いが高じていき、やがて高校の外ーーすなわち社会そのものにも目を向けるようになった。

「社会で何が起こっているのか。どんな課題があるのか。大学に進学したら、社会で起きていることをしっかりと見つめ、課題を解決する方法を自分なりに考えていきたいと考えるようになったのです」

漠然とではあるが、ジャーナリストになれたらと思った。この思いを叶えられる大学はどこにあるだろうか。その思いを進路指導の教員にぶつけたところ、こんな言葉が返ってきた。「あなたには、法政大学が合っていると思う」ーー教員の言葉が腑に落ちた。

「高校時代、法政大学の教員が書いた本を何冊も読みました。彼らは評論家としてテレビや雑誌などのメディアに情報を発信していたのです」

キャンパスの中に閉じこもることなく、常に社会と関わりを持ち続ける法政大学の教員たち。彼らの姿に、理想の社会人像を見出したのだ。

法政大学に進学した田中教授は、多くの出会いと発見、そして学びを得た。

「知識豊富で自分の考えを持った教員や学生がたくさんいました。私にとって彼らは、対等に議論を交わせる存在。大学で様々な人と出会ったことで、私自身の価値観も育まれましたし、興味・関心の幅がさらに広がっていきました」

日本文学を専攻していたが、言語学の授業を履修したことから言語調査に参加したこともあった。江戸文化の楽しさを知ったのも、学部に在籍していた頃だ。

「まったく興味がなかった分野でした。それが学生時代、江戸文化に詳しい作家の著書を読んだことから、江戸文化を専攻するようになったのです。今では私の専門分野となりました」

思わぬ出会いがある度に、田中教授は「面白そう」と自ら飛び込んでいった。その連続により、思わぬ広がりを得たのである。

大学で学んだ知識や経験を、
社会の課題解決につなげていく

田中教授の高校・大学時代の経験から見えてくるのは、「興味・関心の幅を定めながらも、その分野にとらわれない柔軟な姿勢」だ。

「読書が好き。文章を書くことが好き」という確固たる思いがありながらも、新たな出会いがある度に「この分野も面白そう」と目を輝かせる。

「目標を狭く持ち、これしかやらないと決めつけてしまうと、出会いに気づかないまま大学時代を終えてしまいます。それでは、あまりにももったいないと思うのです」

普通高校の多くが文系・理系にクラスを分けて授業を行う。大学受験を控えた生徒たちは学びたい分野を定め、受験する学部・学科を選択する。しかし、高校時代に定めた目標を、大学進学後に変更することだってあるかもしれない。

「私の知人に、医学部進学後、方向転換して社会学者になった方がいます」と田中教授が語るように、人生はどう転ぶかわからない。

では、今、高校で学ぶ生徒たちは将来のビジョンをどう定めていけばいいのだろうか。田中教授は自身の経験からこのようなアドバイスを語ってくれた。

「まずは、高校時代に好奇心を高めておくことが大切です。よく、興味を持てることなんて何一つないと語る高校生がいますが、そういう方でも何かしら好きなことがあるはず。日々の生活を振り返って、自分の心の中にあるワクワクするもの、刺激を受ける対象を見つけ出してください」

夢中になって取り組んでいることがあれば、それを大学での学びに結びつけてみる。勉強以外のものでもいいし、すべての科目を好きになる必要もない。「数学は概ね苦手だけれど、幾何学だけは得意」「現代文はいつも点数が取れないけれど、古文は大の得意」といった具合に、同じ教科の中でも得意・不得意、好き・嫌いがある生徒もいるだろう。

「好きなこと、得意なことが見つかったら、それを活かす道について考えてみましょう。そして、その道に近づくための方法を考えてみましょう。大学は、高校生の皆さんが“夢中になれる何か”を具体化する場所。最初はばくぜんとした興味・願望であっても、大学での学びや出会いを通じて少しずつ明確になっていくことでしょう」

「何が学べるか」という視点だけでなく、「どのような出会いがあるか」という視点から大学の特徴を確認することも大切だ。

「たとえば、学生同士の交流。サークル活動だけに限らず、法政大学では学生同士が様々なネットワークを築いているので、数多くの学生団体があります。また、留学支援についてもチェックしておくといいでしょう。留学しやすい大学であるか、海外から留学生が多く学びに来ているかを大学選びの指針にすることをお勧めします」

高校時代に興味・関心の“種”を見つけ、夢中になって取り組む経験をしておくこと。その種を大学で花開かせ、多くの出会いを通じて成熟した“実”に育て上げていくこと。田中教授が自身の経験から教えてくれたのは、多様な価値観に触れながら自らの価値観を育んでいく“情熱”であり、学生時代に学び取った知識や経験を、社会で発生する課題の解決につなげていく“たくましさ”なのである。

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