都心の専門学校ならではの、特色ある学科やコースを取材
22-2第22回 vol.2
野生動物保護専攻〔2年制〕
(後編)
(東京都江戸川区)
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全国から入学者を集める東京の専門学校にスポットをあて、教職員インタビューを通じてそのカリキュラムに迫ります。
地球上に棲息する生物は知られているだけでも140万種以上。その10倍以上の存在をとなえる説もあります。いずれも、棲息する域内で影響し合いながら進化、長らえてきた命です。しかし、人間による行きすぎた開発によって存続が危ぶまれる種が少なくありません。
野生動物保護専攻――主にペットを相手にした職能を養う学科やコースに混じって、異色の専門学校を見つけました。何を学び、どのような将来像を目指すのか。東京コミュニケーションアート専門学校(東京都江戸川区)の同専攻で、講師を務める動物写真家の久田雅夫先生に聞きました。
――動物写真家になるきっかけになった経験とは?
いまから40年以上も前のことです。大学を卒業してすぐに1年ほどかけて北半球をヒッチハイクで一周した経験があるのですが、そのときにデンマークのコペンハーゲンで見た光景をよく語ります。1羽のスズメが走っているクルマと衝突。飛べなくなって道路上でバタバタと苦しんでいました。すると、運転手が降りてきて拾い上げ、なんと、救急車を呼んだんですよ。それも、そうすることがいかにも当然であるかのように。
日本だったらどうでしょう。スズメ1羽など置き去りですよね。まして救急車など呼んだら、非常識と言われるでしょう。
環境先進国として知られるデンマークでは、この地球上に生まれてきた以上は、人間も動物もその命の重さに変わりはないという生物多様性の精神が、市民一人ひとりに根づいていたんですね。
――動物保護にまつわる矛盾とはどういうことでしょう?
たとえばツキノワグマ。食べ物をもとめて人里まで下りてきた話題が後を絶ちませんよね。人にケガをさせることもあるので、有害鳥獣駆除対象動物に数えられています。ところがその個体数は減少傾向にあり、環境省のレッドリストには「絶滅のおそれがある地域個体群」として掲載されているのです。
レッドリストに載っているということは保護対象。その一方で狩猟鳥獣にもなっている。矛盾ですよね。あくまで人間優先で駆除も仕方なしととらえるのか、保護を前提に、人里にまで出てこないようにするのはどうすればいいのかと考えるのか、学生たちに考えてもらいたいと思っています。
また、生態倫理と生命倫理、2つの倫理について話すこともあります。
たとえば沖縄や奄美大島のジャワマングース。その名の通り、日本原産の動物ではありません。1910年ごろ、ハブやネズミの駆除を目的に連れてこられました。それがいまでは野生化して増えて、ハブではなくヤンバルクイナやアマミノクロウサギの天敵となっていることがわかり、駆除の対象です。
日本の在来種を守ろうとするのは、生態系の保全にもとづく精神に由来します。いわば生態倫理です。しかし、外来種といえども命ある動物です。しかも人間の都合で持ち込まれ、いまでは野生化した野生動物です。命の重さに変わりはないはずです。固有の生態系を守るためなら、外来種の命を奪ってもいいのか――これが生命倫理。野生動物の保護につきまとう、矛盾した2つの倫理です。
――卒業生や入学希望者に何を期待しますか。
野生動物保護専攻は、動物飼育や美容などの分野と違って、企業就職に直結する専攻ではありません。野生生物保護センターやパークレンジャーとして勤務する卒業生もいますが、日本においては動物保護にまつわる仕事はまだ発展途上で、トリマーや動物看護の専攻のように、学びと直結した仕事が豊富にあるわけでもありません。
けれど、ここで学ぶのが、動物に寄り添う人に不可欠な知識や技術ばかりです。既存の仕事ばかりでなく、新しく開拓することも可能ではないでしょうか。動物保護に尽力するNPO法人を設立したり、私と同じよう動物写真家になったりする卒業生もいます。
動物を見つめることで自分を見つめ、動物と人間の双方が幸せに暮らせる社会づくりに貢献する、そんな人になってもらいたいと思います。
2007年8月に環境省が発表したレッドリストによると、日本における絶滅危惧種は2,955種。そこには42種の哺乳動物が含まれ、うち、絶滅の恐れが最も高い絶滅危惧ⅠA類(CR)に分類されたのが15種でした。そこには米軍基地移設問題で揺れる沖縄・辺野古近海に生息するジュゴンも含まれています。
沖縄はジュゴンが生きる北限域として知られますが、その生息数はすでに50頭に満たないと予測されます。2010年にはIUCN(国際自然保護連合)が「国連国際生物多様性年におけるジュゴン保護の推進」勧告案を採択。日本政府に、動物保護を目的とした国際条約であるボン条約に則った活動を推進するように求めました。しかし、残念ながら、世界95か国が参加するボン条約に、日本は未加盟のままです。
一時は米軍普天間基地の「国外、少なくとも県外」への移設を決意したはずの日本政府でしたが、アメリカや他県との協議が不調に終わると以前にも増して辺野古にこだわるようになり、いまでは日本政府の意向としてまかり通るようになりました。しかしレッドリストの作成者である環境省も国の機関である以上、そこに記された野生動物の保護と保全も、国の意向と見なして差し支えはないでしょう。
インタビューを通じて、久田先生は何度も「矛盾」という言葉を口にしました。環境保全を口にする一方で、開発にともなう自然破壊を止めようとしない国の二面性……。建設再開に舵を切った八ツ場ダムも、あれだけの被害を出しながら未だ原発依存からの脱却を明言できないことも、みな問題の根っこは同じであるように思えてなりません。
野生動物保護専攻で学ぶ2年間は、知識やテクニックもさることながら、人や動物や自然を思いやる力や、豊かさの本当の意味を考えたり、これからの自分の生き方を考えたりする力が養われるのではないか、そんな気がしました。