全国の高校で実施されているキャリア教育の取り組みを紹介
第28回第28回
キャリア教育実践レポート
「東京都のキャリア教育推進校」Part.2
東京都立本所高等学校の実践レポート(2)
東京都立本所高等学校 S-F(Self-Fulfillment Program)部
吉田 美幸先生
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東京都東部の墨田区に位置し、77年の歴史と伝統を誇る都立本所高校。都立高校改革が進む中で、2003年頃からキャリア教育の導入、生活指導の充実に取り組んできた。中でも特徴的なのがキャリア教育を「生き方教育」と捉え、総合的な学習の時間を活用しての「Self-Fulfillment Program」(自己実現プログラム)の実践。将来の目的意識や勤労観を涵養することにより、生活態度の改善や学習意欲の向上につなげている。
後編では「S-Fプログラム」最大のイベント・2年生全員が参加するインターンシップをはじめ、3学年までの取り組み内容、さらに成果と今後の課題についてS-F部の吉田美幸先生に伺った。
2学年240人が約60の事業所でインターンシップ
事前・事後学習も徹底。多くの感動の声に成長の跡
「自己啓発」を掲げて体験活動を重視する2学年では、S-Fプログラムの目玉であるインターンシップが実施されます。商業や工業課程を有する専門高校などでは珍しくはないと思うのですが、本校のような普通科で2学年全員240名が行うのは稀でなないでしょうか。現在、約60事業所に分かれて、基本的に2日間の実習を夏休み前に行っています。
インターンシップはその前後の活動を含めて大切だと考え、事前と事後を含めて半年近い時間を費やします。事前には実習先の職業や職場に関して調べるほか、挨拶や身だしなみなど社会人マナーについてもしっかり学びます。本校は生徒指導も重要なキャリア教育になると考え、「茶髪ゼロ」という目標を掲げて、全教員が共通理解を持って頭髪・遅刻防止・挨拶指導などを徹底してきました。そうした生活指導と、生徒・保護者へのまめな働きかけが茶髪ゼロをはじめ生活態度の向上という成果につながっています。
インターンシップ生の受け入れ先となる60以上の事業所を開拓するには、S-F部が中心となって墨田区役所や民間企業、ハローワークなどに協力を仰ぎました。また生徒の保護者の知り合いにお願いするなど手を尽くしました。今年も新年度開始早々に事業所への依頼を行い、事業所が決まれば何人の受け入れがOKなのか、どのような仕事をしてもらうか、といった内容を詰めていきます。さらにその情報を今度は生徒側に流して、自分が体験してみたい仕事とマッチングを図っていくわけです。
教師側の準備にかかる労力は並大抵ではありませんが、苦労しただけ生徒の反響も大きく、やりがいとなっています。生徒にはインターンシップ前に誓約書に署名と捺印してもらいます。仕事をする自覚と責任を持ち、きちっと約束を交わすのも社会勉強になると思うからです。
生徒はオフィスや事業所における一連の体験を通じて仕事に対する考えが変わったり、生きていくうえでの大事なことを学んだりします。実際、中学校でも職場見学などを行っていますが、そのときとは違って密接に目の前の進路とかかわってくるので、「職場で一生懸命働く姿を見て自分もこの仕事がしたくなった」とか「世界は働いている人のおかげで回っている」「人が喜ぶ姿を見ると自分も嬉しい」など感動の声が圧倒的に多いですね。
実習当日は実習記録をまとめますが、さらに後日の2学期には事後学習ワークも実施。質問に沿って書くことを通じて、体験で得たものを整理し深めていきます。実習記録にせよ報告書にせよ、予備欄にびっしり感じたことを書き連ねている場合が多く、そこで記入されたコメントには生徒の成長が如実に表れていますね。1学年では難しいと思われた「働く意味」についても、自分なりの考察がなされていると感じます。
実習後はお世話になった職場にもお礼状を送り、手紙の書き方や礼儀を身につける機会としています。教員からも事業所に生徒の感想を送るなどのアフターケアに努めており、こうしたことを繰り返すことが信頼関係を作り、翌年以降につながっているものと感じます。これからも協力していただける事業所がある限り、続けていきたいと思いますね。
インターンシップ後の2学期以降は、大学・専門学校の模擬授業や振り返り学習、自己評価などを通して、自分が進みたい進路や興味ある学問を明確化します。さらにそれにはどの科目を選択する必要があるかを考え、3年時の選択科目の決定につなげています。
「自己実現」を目指す3学年では、自分を再度見つめ直して何をアピールできるのか「自己PRカード」を書いてもらいます。また面接方法を解説するビデオを使って学習し、想定される質問に対して各自が回答案を用意します。これは自己理解から自己実現、コミュニケーションなど幅広い力を養う機会とするためであり、推薦入試の面接試験やAO入試、進学後の就職試験などにも役立っていくと考えるからです。また2学期いっぱいかけて生徒を面接官に模した個人面接や集団面接、集団討議を順に行っています。
キャリア教育は地域にも定着し、進路未定者も激減
今後は学問に向かう気持ちを醸成していきたい
S-Fプログラムのスタートから丸5年が経過しましたが、校内だけでなく近隣の中学校や保護者の間でも本校の当たり前の取り組みとして定着しつつあり、疑問を持つ先生・生徒は少なくなっています。また本校の呼びかけで墨田区立中学12校とのキャリア教育ネットワークも立ち上がり、高校の先生が中学校に出前授業に行ったり、中学と高校で互いのキャリア教育について情報を交換したりするなど中高連携の輪も広がっています。
実際、こうした取り組みで四大進学が20%を切っていた状態から年々上昇して2007年度には42%に達し、進路未定率も1.3%にまで大きく減少しています。ただ大学が入りやすくなっている現状からすると、この数字がすべてS-Fプログラムの成果とは言い切れないですし、生活指導や進路指導との相乗効果という面もあるでしょう。私たちは進学率や実績を劇的に変えるというより、あのとき、先生や講演者、企業の人がこんなことを言っていたな、と思い出すなど、何かしら反響があって本人の進路選びのきっかけになればいいという考えです。その小さな手応えをこれからも積み重ねていければいいなと思います。
これまでプログラムは先生や生徒の負担を軽減するよう、ワークシートの書き方など手取り足取りといった感じで細かく指導してきましたが、少し手をかけすぎている面も感じます。生徒にはもっと自分で考える力をつけてほしい。そのためにもっと担任の自由度を高めたり、生徒の自主的な参加を増やしたりする必要もあるでしょう。生徒たちが自ら考えてプログラムを運営するようにして、予め用意されているワークシートの束が薄くなっていくことが理想かなと思います。
また働くことと同時に学ぶことの大切さが伝えきれていない面があるとも感じており、今後は学問に向かう気持ちの醸成を図ることにも力を入れていきたいですね。学ぶことが働くことに直接つながらないことも多いのですが、社会で問題を解決していくためには専門性だけでなく幅広い視野を養うことも大切なこと。そこを生徒に理解してもらうことはとても難しいのですが、学ぶことにも前向きになれるプログラムを模索していきたいと思います。