全国の高校で実施されているキャリア教育の取り組みを紹介
第41回第41回
キャリア教育実践レポート
「長野県のキャリア教育推進校」Part.1
長野県教育委員会事務局に聞く
「地域の子は地域で育てる意識を強く持ち、
『ずく出せ修業』就業体験等を実施」
『ずく出せ修業』就業体験等を実施」
長野県教育委員会事務局 教学指導課高校教育指導係 指導主事
小林 重喜氏
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長野県は本州の内陸部に位置し、日本の屋根と呼ばれる雄大な山々が連なる中、盆地を中心に街と産業が発展。豊かな自然を活かす農林業から精密機械に代表される工業、商業・観光まで幅広い産業を網羅している。昔から「教育県」とも言われ、教育意識の高い県民性が特徴だ。他県と比べて高校生の就職内定率などは決して悪くないが、厳しい就職状況、中退者やフリーターの問題も見られる。
県では一部の地域に「地域の子は地域が育てる」意識は根強く残っているものの、生徒の職業観・勤労観の育成と同時に、教職員の実践能力向上、地域・家庭への「キャリア教育」共通理解・連携などを課題に、小・中・高等学校で一貫して取り組むなど近年いろいろな試みを行っている。
長野県教育委員会事務局で、教学指導課高校教育指導係の小林重喜氏に、近年の具体的取り組みや課題について聞いてみた。
2003年から「ずく出せ修業」就業体験を実施
生徒のやる気を喚起して一定の成果
長野県は盆地が多いという土地柄もあり、昔から地域が一体となって子供を育てる意識は高いと思います。しかし時代状況的に子供が大人の仕事を間近で見たり手伝ったりする機会は減るとともに職業観・勤労観が希薄になり、働く意欲やコミュニケーション力等が低下してきています。
県の公立高校就職内定率は例年、95%前後を維持しているものの(2009年3月実績94.6%)、数年前にはフリーターや中途退学者などが増える傾向も見られました。そこで、長野県教育委員会(以下、県教委)としては2003(平成15)年より「ずく出せ修業」就業体験というインターンシップを行っています。
「ずく」とは信州地方の方言で、「物事に立ち向かう気力・活力」のこと。企業や施設・農家等における就業体験を行うことで、勤労観・職業観を養うとともに、目的意識を持ち将来を見通した生活のできる生徒の育成を図ろうというわけです。コースは次の3つで、(1)と(2)に関しては県が保険料を負担しています。
(1)「ずく出せ修業コース」
約5日間程度行う就業体験で、典型的なインターンシップ。生徒自らが体験先を選択するのが特徴。
(2)「ジョブ・シャドウイングコース」
1日~2日間、医師や弁護士、新聞記者など専門性の高い職業に就いている人と一緒に行動を共にし、その職業について学ぶ就業体験。
(3)「ジュニア・インターンシップコース」
ハローワーク(公共職業安定所)を通して行う修業体験。
2008年度公立高校全日制・定時制でこれらに参加したのは89校、4,996人に及んでいます。地域産業担い手育成プロジェクトによるデュアルシステムの参加者を含むと6,396人で、全公立高校生の12.6%が活動していることになります(池田工業高校等で実施、実績例は▼下記を参照のこと)。
2008年度からは「未来塾ながの」を実施
郷土の自然・環境を達人に学ぶ
2008年度からは、県教委の主要施策として「未来塾ながの」を始めました。これは各高校のリーダーとなり得る生徒を集め、年に5回全8日間程度、森林体験や地域研究、地元企業や大学の先進的取り組みや研究について実習・講義を行うものです。
長野県経営者協会や信州大学、セイコーエプソンなど企業の協力を得て、郷土に対する認識を深めながら勤労観や職業観を養う機会を提供。参加者の中で集団作りやグループ単位のテーマ研究・発表等の活動をしてもらっています。将来の郷土の担い手の育成を図る、産官学共同事業といえるでしょう。
2008年度は28校76名、2009年度は24校54名が参加しています。最初の年は進学校の生徒が多かったのですが、2009年度では、あらゆる高校から意識の高い生徒が参加。経営者の理念や夢、研究者や企業人の声を聞くことで感化されたり、プレゼンテーション力やリーダーシップを育んだりしています。
2009年度からは就職活動支援事業として
20人の企業経験者などを就職困難校に配置
2009年度からは県教委の主要施策で「就職活動支援事業」もスタートさせています。世界的な経済不況から県内も求人難が続き、就職を希望する高校生には厳しい状況です。そこで、企業等で人事や労務を経験したベテランの民間人約20人を配置することにしました。就職希望者が多い高校で、かつ就職状況が厳しい20校を拠点校としますが、その近隣校も含めて、全52校を担当していただいています。
就職を希望する高校生や進路指導担当職員に対して自らの経験やネットワークから適切な就職情報を提供するとともに、生徒の就業意識の高揚を図っていただいています。また、生徒や学校の実情に即した求人開拓やキャリアカウンセリングを行うことで生徒の就職活動を幅広く支援してもらっています。
2010年2月時点の公立高校卒業予定者の就職内定率は90.3%です。前年度を0.8ポイント下回っているものの(2009年2月実績91.1%)、不況の影響を受けている全国的な状況の中では健闘していると思いますし、こうした就職支援活動が少なからず功を奏していると感じます。来年度以降も、就職活動支援事業は継続していく予定です。
キャリア教育は地域も巻き込みながら
小・中・高等学校一貫して行うことでこそ、成果が生まれる
長野県では、2006~2008年度の3年間、キャリア教育推進協議会も実施してきています。企業、行政、学校関係者による協議会で、中学校の職場開拓及び産官学の連携の在り方に協議し、職場体験学習の推進に向けた産官学の連携の具体策を提案しました。
また小・中・高等学校の児童生徒の職場見学や体験学習、就業体験学習に基づいた実践発表を通して地域や企業関係者への小・中・高等学校の一貫したキャリア教育の普及啓発を図ってきました。
これまで小学校、中学校、高等学校はそれぞれバラバラに行う傾向がありましたが、長い目で小中学校から体系づけてキャリア教育を行うことが、生徒の主体的な進路選択、意欲を持って課題を解決するような能力につながるのではないか、そして結果的にニート・フリーターや早期離職率の増加に歯止めをかけるのではないかと考えています。
そのために県教委として「中学校では3日以上の職場体験の実施を」と呼びかけるリーフレットなども学校・産業界に配布しています。その経験を持って高校でさらにキャリア体験を積むことで、効果が大きくなると思います。
文部科学省によるキャリア教育の県内指定事業
中野西高校を中心とした取り組みを一つのモデルに
こうした考えに至ったのも、文部科学省によるキャリア教育の県内指定事業「新キャリア教育実践プロジェクト事業」(2004~2006年度の3年間)があったことも大きかったですね。ここで、山ノ内小学校・山ノ内中学校・中野高校・中野実業高校・中野西高校を指定し、地域と連携を図りながら、小・中・高等学校一貫した指導内容の開発や就業体験活動の推進等を行いました。
さらに2007~2009年度に「高等学校におけるキャリア教育の在り方に関する調査研究事業」で中野西高校を指定。「発達段階に応じた高校生のキャリアガイダンスの実施」をスローガンに、外部の方々を含め6名で研究員を構成しました。
同校職員の指導と併せ、外部カウンセラーや大学・各種専門学校・ジョブカフェ職員等を招き、学年ごとにキャリアガイダンスやカウンセリングを開催する中で、高校生の進学・就職へのキャリア意識を高めることを目途に調査研究を進めてきています。
※中野西高等学校の取組みに関しては、後編で詳しく紹介
課題は教職員そして保護者の「キャリア教育」に
対する捉え方、理解度・期待に温度差があること
中野西高校の取り組みで一定の成果があったこともあり、今後は同校の取り組みを一つのモデルとして全県に広めていきたいと考えています。ただし、すべての地域・学校に同じ取り組みを無理にさせるわけではなく、地域・学校の実情に応じて各校で工夫していくことが大切です。例えば飯田市や中野市、波田町、茅野市などは地域教育力も高く、キャリア先進地域だと自負しております。
現在、県における大きな課題は、教職員の「キャリア教育」に対する捉え方に温度差があるということです。かつての「地域の子は地域で育てる」面から考えると、全県的に地域教育力が低下している傾向は否めません。また保護者の「キャリア教育」への理解・期待に対しても幅があり、地域や家庭と連携しての施策を行う必要もあると感じます。
普通科高校は特に講演会や職業教育の充実を図り、
生徒が「有用感」を持てるキャリア教育を徹底
高校別に状況を見ると、専門高校・総合学科高校におけるキャリア教育は充実していると思いますが、進学率の高い普通科高校では「勤労観・職業観」「コミュニケーション力」の向上よりも学力の向上にウェイトが置かれる傾向がありますね。3年間の中で就業体験をする機会作りとともに、進学先への動機づけとしてキャリアカウンセラー・外部講師を招いての「進学講演会」「労働講座」などの充実を進めていくよう支援したいと考えています。
就職希望者が多い普通科高校では、教職員が生徒自身の目的意識の希薄さや生活面などを改善する指導に時間が取られがちで、生徒に「キャリア教育の内容」を十分に浸透しきれずにいます。また不況の影響で、就業体験をさせたくても企業などに協力要請が難しいといった面もあるようです。こうした高校では各教科・科目の横断的な職業教育の充実、「産業社会と人間」の導入推進も考慮していきたいと思います。
さまざまな施策とも相まって高校中退率は年々減少していますが、それでも2008年度では年間600名を超す生徒が中退しています。キャリア教育を含めた各校の学習・生活・進路それぞれの指導を工夫し、生徒がより「有用感」を持って学生生活が送れるようにする必要があります。2010年度以降は全公立高校から『学年を追っての「キャリア教育」の実施』という形で全体計画の提出を求めて行きたいと考えています。
こうした施策により教員一人ひとりがキャリア教育への意識を強く持って温度差を無くすとともに、学校と地域が一体となって生徒を育て、将来的に生徒が地域に就職し、産業界に貢献する、そんないい循環を作っていければと考えています。
◎工業高校関連(池田工業高校のデュアルシステム)
〈実践内容〉
機械科、電気・情報システム科、建築科の10名の生徒が、5月~1月にかけて毎週金曜日の午後、地元の連携企業において全19回~24回にわたる長期実習を実施するキャリア教育。「課題研究」の授業として実施され、3単位を認定。
〈主な成果〉
高度な技能を技術者から直接指導を受けることで、技能の向上につながった。同時に実社会での研修により、企業現場の雰囲気やルール、企業の果たす責任の重さや礼儀、挨拶、コミュニケーション等の大切さを学ぶことで、社会間や職業観が向上。地元就職や地域貢献への思いも強まっている。
◎商業高校関連(長野商業高校の長商デパート)
〈実践内容〉
全校生徒・職員が株主・社員となり、「長商生の笑顔とまごころで創る日本一のデパート」を実践。同校の教訓「心は高く、身は低く」のもとで伝統を受け継ぎ、1916(大正5)年の第1回全国名産品実習販売より実施。「生きた経営実践」を目的に、「株式会社長商デパート」として模擬株式会社組織に移行して数えて85回を重ねているキャリア教育。組織は、毎年1月~12月を事業年度とし、4月に新入生を迎え、10月末の3日間の売り出しに向けて準備を重ねていく。社長・副社長を筆頭に縦割り社会であり、学年・クラスの枠を超え、全生徒が3年間経験を重ねている。
〈主な成果〉
実社会に即生きるキャリア教育が可能。仕入れ先との交渉や売り出し時に老若男女を問わず訪れるお客さんとの対応で、生徒は知らず知らずのうちにコミュニケーションスキルがアップする。
※そのほか、キャリア実践を行う専門高校は多く、近年はアンテナショップを立ち上げて疑似的な起業家体験を行ったり、地域の小中学生や住民を招いて職業体験・講義を実施したりしている学校が増えている。