高等学校とキャリア教育

全国の高校で実施されているキャリア教育の取り組みを紹介

第42回

第42回
キャリア教育実践レポート
「長野県のキャリア教育推進校」Part.2
長野県中野西高等学校の実践レポート
「就業体験にいち早く参加
3年間で主体的に進路選択する姿勢を養成」

インタビュー
長野県中野西高等学校 進路指導係
寺島 正浩先生
※組織名称、施策、役職名などは取材当時のものです
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長野県では小・中・高一貫したキャリア教育を推し進め、生徒の職業観や勤労観を養成していこうとしているが、近年、文部科学省指定の「キャリア教育推進地域指定事業」、「高等学校におけるキャリア教育の在り方に関する調査研究」を実施してきたのが県北部にある中野西高等学校。いわば長野県のキャリア教育推進のモデル校ともいえる存在だ。
同校は1984(昭和59)年に全日制普通科高校として開校され、創立25周年を迎えた。1994(平成6)年には英語科も設置され、普通科全15クラス、英語科全3クラス約700名が、北信五岳を望む学習環境の中で学んでいる。同校の進路指導を約5年担当してきた寺島先生に、どのようなキャリア教育を推進しているのか、その成果と課題について話を伺った。

普通科高校ながらいち早く職場体験を実施 
2004年度より文部科学省指定事業に取り組む

▲寺島 正浩 先生

本校は、長野市から北東に電車で約40分、人口約4万6千人を擁する中野市にあり、地域の進学希望者が多く集まる全日制普通科高校です。クラブ活動も活発で、生徒の90%近くがクラブに加入しています。進学状況は2009年度で、国公立大学22名、私立大学102名、短期大学31名、専門学校40名、浪人28名。センター試験出願率は71%といった状況です。

本校は、大半の生徒が進学を希望する進学校であり、かつ大学から専門学校まで多様な進路希望があるため、進路保障や進路意識の啓発など、キャリア教育に取り組みやすい下地があったといえます。

まず2003年に県で始めた「ずく出せ修業」就業体験(インターンシップ)に初回から参加しています。これを機に2004~2006年は、文部科学省「キャリア教育推進地域指定事業」の実践協力校となり、中野高校、中野実業高校と隣町の山ノ内北小学校・山ノ内中学校と一体となってキャリア教育推進のための調査研究を実施しました。

普通科高校におけるキャリア教育の在り方を模索 
1年次に将来の職業を意識させる

そして2007~2009年は文部科学省「高等学校におけるキャリア教育の在り方に関する調査研究」の実施校となりました。

本校では、進路を先送りするモラトリアム傾向や目的意識が希薄になりがちな普通科高校におけるキャリア教育はどうあるべきかに狙いを定め、進学後の将来まで見据えて人生設計をすることが大切だとして、各学年で発達段階に応じたキャリア教育(行事)を組み込んでいます。

1年次は将来の夢・目標を掲げ、職業研究をメインに行います。2年次は具体的な進路設計として、大学から職業へどのようなルートをたどったらいいのか、専門学校なら資格にどうつながるのかの進路研究を行います。そして、3年次は具体的に進路実現・自己実現を図るための受験対策などが中心です。

キャリア教育講演会では先生にない視点として
外部の有識者に語ってもらい、生徒にも好評

1年次の目玉の一つが「キャリア教育講演会」で、5月と9月に実施します。

5月には就職支援等を行っているNPO団体・ジョブカフェ信州の玉井康子氏に、『「今ありて」未来へ』という演題で、将来の夢に向けて今何をすることが大切か、どう高校生活を送ればいいのかを語ってもらっています。彼女には本校のキャリアカウンセラーとして、年に10回程度、生徒の個別相談に乗っていただきました。

そして9月には松本大学の教授でキャリア教育研究の第一人者である糸井重夫教授に『キャリアクリエイト~自分で描く人生~』について語っていただき、正規雇用と非正規雇用の違い、就職とはどういうことかなど、キャリアの意識付けを行いました。

9月のアンケート結果では、「全体的によい講演だった」の問いに、80%以上の生徒が「そう思う」「ほぼそう思う」と回答を示すなど、非常に評判がいいですね。世の中の仕組みや経済情勢を把握する外部の方のお話は、視野が狭まりがちな教員が語る以上の効果があると思います。

「仕事レポート」では身近な職業人にインタビュー 
冊子にまとめることで、多様な職業を知る機会に

夏休みの全員課題としては「仕事レポート」があります。これは生徒が身近で働いている人にインタビューし、レポートを作成するというものです。レポート作成の作業を通して、職業に対する関心を深め、また、他の生徒のレポートを読むことで、仕事の意義や自分自身の進路を考える参考にして欲しいと、企画しました。

レポート回収後は、各クラスからレポートを選抜して冊子を編集し、学年全員に配布しています。本当は全員分を掲載したいのですが、予算の関係や、校正する教員の手間も考慮して選抜集としています。個人情報の問題もあるので、生徒の名前は掲載していません。

身近な職業人は、やはり両親や親せきなどが多いのですが、会計事務所所員、銀行員、消防官、音楽家、フリーライター、書道家、現場代理人、瓦職人、エンジニア、電気工事士、きのこ農家、看護師、介護福祉士、理美容師、ラーメン店、調理師、英語指導者、保育士、音楽教室講師、会社員など、多様な職業を網羅しています。

世の中には多彩な仕事があること、そしてそれぞれに苦労や喜び、やりがいがあるのだと、生徒たちは職業の認識を深めています。

ジョブナビ講演会で各教室に分かれ
関心ある身近な職業人の講演を聞く

12月には「ジョブナビ講演会」を行っています。これは近隣の各分野の職業人を招いて開かれる職業別講演会で、2009年の実施分野(参加人数)は下記の通りです。
 * 看護・医療(39人)
 * サービス・観光(13人)
 * ツアープランナー(12人)
 * 販売(24人)
 * マスコミ・広報(21人)
 * 社会福祉(10人)
 * 公務員(57人)
 * 理容美容(25人)

それぞれ各教室に分かれて、関心のある職業について話を聞きます。PTAや本校卒業生などを中心に、身近な人を呼んで手作りで行っており、生徒の評判もとてもいいですよ。昨年は開講できませんでしたが、例年は幼児教育の分野もあり、人気があります。

2年次には「1日体験入学」で大学を知る 
総じて「良かった」の声が多い

2年次からは1年次の仕事研究を踏まえて、具体的な進路選びとして大学を中心に研究していきます。

8月初旬には「信州大学1日体験入学」(バスツアー)を実施しています。大学には本校単独でお願いしているもので、模擬授業や施設見学、学食での昼食などを体験します。2009年は文系コース:経済学部→教育学部を回るコースに35人、理系コース:繊維学部→工学部を回るコースに33人が参加しました。

大学の模擬授業を受けて難しすぎて分からなかったという生徒もいますが、総じて「良かった」の声が90%以上でした。知らない学問の世界に興味が湧いて、意欲が高まるといった声も聞かれます。

進路ガイダンスでは15の分野別に分かれ
関心ある学びの概略を聞き、進路の参考にする

このほか、2年次の9月は信学会(予備校)の講師に『進路実現と日々の学習』という演題で講演してもらっています。いよいよ進路を具体化する時期に差し掛かることもあり、こちらも生徒に好評です。

11月には進路ガイダンスを実施。大学分野別に11分科会、専門学校4分科会に分かれてそれぞれ外部講師による講義を聞きます。

◎参加大学:
信州大(工)、佐久大(看護)、松本大(人間健康)、清泉短大(幼教)、都留文科大(文)、専修大(商)、獨協大(外)、文教大(教)、国際医療福祉大(保健)、日本福祉大(福祉)

分科会は前半、後半に分けて行いますので、生徒は2会場に参加することができます。講義の内容は、学部や学問の概略的なものが中心ですが、生徒は、各大学の学部の中身をつかめるとあって、非常に喜んで参加しています。大学側も、いいアピールの場となっているようです。

3年次はガイダンス中心で
受験情報の提示や受験対策を実施

3年次は、(1)専門学校ガイダンス(5月:業者による)、(2)国公立大推薦入試ガイダンス(5月:本校職員による)、(3)センター試験ガイダンス(7月:信学会講師による)、(4)信州大学入試ガイダンス(7月:信学会講師による)、(5)面接ガイダンス(9月:専門学校、10月:大学・短大/本校職員および信学会講師による)を行っており、受験情報を中心に生徒を支援しています。

「ずく出せ修業」は自分で研修先を見つけて体験
真面目に取り組む生徒に施設・企業も高い評価

全学年共通で取り組むキャリア教育には、「ずく出せ修業」の参加があります。これは、夏休みに、近隣の企業や施設で5日間ほど就業体験するもので、1単位として認定しています。「ずく出せ」とはやる気を出せとの意味です。

研修先は、生徒が自分で見つけて交渉するのが原則ですが、先輩が切り拓いた企業・施設も多くあるし、生徒からの要望を聞いて学校が斡旋したりもしています。本校は2003年から毎年参加しており、毎回20数名から40名程度が参加します。2009年度の参加者は、1年6名、2年9名、3年19名の計34名でした。

そのほか「ジョブシャドウイングコース」への参加も奨励しています。こちらは1~2日間、専門職のそばで職業見学するものです。見学先は幼稚園や保育所など幼児教育系、そして老人介護施設、他に図書館や動物園、ケーキ屋、サービス業などが多いですね。

私たち教員は、現場に出向くことはなく、何か問題があれば企業・施設側に日誌に書いてもらいますが、これまで大きな問題が起きたことはありません。

生徒たちは自ら希望して体験先を選択し、意志と責任のもとに真面目に仕事に取り組んでいます。特に幼児教育系は人手が足りないこともあり、施設からも喜ばれる傾向にありますね。おおむね女子の方が積極的に参加する傾向があります。参加した生徒たちの感想や、受け入れていただいた事業所の方のコメントからも、一定の成果が得られてきたと確信しています(参加者の感想は▼下記を参照)。

キャリアカウンセリングも実施
先生以外の相談者がいることで生徒も喜ぶ

本校が「キャリア教育講演会」で講演をお願いしているNPO法人・ジョブカフェ信州の玉井康子氏には、そのほか、年に10回程度、キャリアカウンセリングを実施して、生徒の相談に乗ってもらっています。

相談内容は大学選びや私立の入試について、就職の面接について、センター試験、大学入試、専門学校の面接についてなどですが、親や教員以外の人に相談したい、違った角度から意見を聞いてみたいという生徒には大変好評だったようです。とくに女性のカウンセラーだったこともあり、女子生徒に人気でした。

キャリアカウンセリングの参加者は、2009年度6月(1回)4名、7月(2回)6名、9月(2回)5名、10月(2回)3名、11月(1回)1名、12月(1回)1名です。参加人数が多くない分、一人ひとりの相談時間が長く取れてじっくりと相談できたようです。

生徒の主な感想としては次のようなものが上がっています。

「今まで知らなかったことを教えてもらった」(3年女子)
「迷っていた大学がいくつかあったけれど、相談して少し絞ることができたので良かった」(3年女子)
「将来のことで不安もありましたが、お話を聞いて少し不安が解消しました」(3年女子)

このほか、冊子「後輩へのアドバイス」(4年制大学や短大、専門学校生)の発行、卒業生を囲んでの座談会なども例年、行っています。

教員が問題意識を共有し
協力し合って行事を進めることがカギ

こうした各企画に対する生徒の取り組む姿勢はとても良く、事後のアンケート結果もおおむね良好で、キャリア教育に関する各行事は文科省の調査研究が外れる2010年度からも継続的に行っていく方針です。

課題としては、毎年行っている企画には、十分な総括がなされずにきているものもあるので、企画の見直しや新たな企画の導入についての検討も必要でしょう。それと、高校で行ったキャリア教育は長い目で見ないと成果は分からないものです。キャリア教育が卒業後どのように活かされているか。これが最も興味深く重要なことと思いますが、卒業生にアンケートを取ったり、追跡調査をしたりすることまで、手が回らないという現状もあります。

また教員が問題意識を共有することも大切で、それぞれの企画を、うまく手分けしながらやることが大切だと感じます。

本校では8人の進路指導担当がいるのですが、担当が決まると、その先生に負担がすべていきがちです。冊子作りや人の手配、地域のネットワーク作りは特に大変です。キャリア教育の必要性を、先生たちが同じ意識で持つことが大切だと思いますね。

キャリア教育は、教科学習と車の両輪のように行ってこそ、社会に出ていく意欲やコミュニケーション力の養成、生徒たちの「生きる力」につながっていくことと思います。またその時の経済的状況や、時代の流れで、常に変わっていくべきものであり、今の生徒に何が必要なのかを見極めながら、学校と地域、企業、家庭が、連携し合って進めていくべきものだと感じます。

「ずぐ出せ修業」就業体験
※2008(平成20)年度感想文集より抜粋

◎体験先「図書館」

「初日はカウンターの貸し出しや返却も上手くいかなかったりしたところもあったけど、どんどん数をこなしていくうちに、『完璧な手順だね』って言ってもらえるようになって、とっても嬉しかったです。(中略)
本だけでなく、私は何度かDVD・ビデオの貸し出し、本の検索、インターネットの利用者に対応することができたけれど、カード更新だけはなかなか上手くいかず、職員の方に迷惑をかけてしまいました。私は正直簡単じゃないかと内心安心していたけれど、頭で理解するのときちんと対応するにはギャップがあり、一瞬頭が真っ白になってしまい、自分のふがいなさを直に肌で感じました。カウンターの仕事を自分は甘く見ていたのだなと反省させられました。私はこの職場体験で仕事の厳しさ、やりがいを3日間充分に味わうことができました。来年も参加していきたいです」(1年女子)

「来館者としてでは知ることのできない図書館を体験してもらったと思いますが、わからないことだらけの中、委縮することなく作業していました。0~3歳児向けのおはなし会でも、読み聞かせを行ってもらい、慣れないことではあったと思いますが、初めてとは思えない堂々とした読み聞かせでした」(担当者コメント)

◎体験先「動物園」

「僕が3日間で行った仕事は、エサの配合、獣舎の掃除、エサやりなどです。(中略)
飼育員さんの掃除のスピードはとても早く、とてもきれいでした。僕は普段の掃除からしっかりやって、飼育員さんのようになりたいと思いました。エサやりの時間になると、動物たちが寄ってきます。(中略)
動物たちと飼育員さんには、信頼関係があるような気がしました。この体験で、飼育員さんたちは動物に思いやりをもって接していることがよくわかりました。これは人間同士でも同じだと思います。思いやりをもって生活していきたいです」(1年男子)

◎体験先「保育園」

「大好きな子供たちに囲まれて、充実した3日間を過ごすことができました。疲れたけれど、子供たちのかわいい笑顔からたくさん元気をもらいました。すごく楽しかったです。
この実習を通して、前よりももっと『保育士になりたい!』と強く思いました。これからたくさん勉強して、将来は保育士の仕事に就けるように頑張ろうと思います。来年もまた参加したいです」(2年女子)

「絵本を読んでもらったり、いっぱい遊んでもらったりして、子供たちも喜んでいました。誕生日会のプレゼントも上手に作ってくださり、ありがとうございました。保育士という仕事は人間相手です。心を尽くして子供たちの心を受け取ってほしいと思います。ぜひ保育士を目指してくださいね」(担当者コメント)

◎体験先「歯科医院」

「歯科医院では見学の他に、歯形をとった印象材の片付けと、空き時間に実際に歯形をとりました。印象材はすぐに固まってしまうので、練ったりするのは時間との勝負でした。私は歯形をとる前に印象材が固まってしまったので、2回目でやっととれました。印象材を扱うのは歯科衛生士の仕事で、歯科衛生士さんは私みたいな失敗なんてなくて、本当にプロだと思いました。
この就業体験はそれぞれの仕事や患者への対応を間近で学べる貴重な体験だったと思います。医療の現場では、確かな技術も必要だけれど、その他にも患者とのコミュニケーションも大切なことであると思いました」(3年女子)

「歯科医療業務といっても1日立ち通しで見学してもらい、なかなか大変だったと思います。医療技術だけでなく、患者さんとのコミュニケーション等も重要な事柄だと思いますので、わかって頂けたら幸いです。ごくろうさまでした」(担当者コメント)

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