高等学校とキャリア教育

全国の高校で実施されているキャリア教育の取り組みを紹介

第66回

第66回
高校教育最前線ルポ(神奈川県横浜市)
武相中学・高等学校
「充真の文武両道を目指し、スポーツの盛んな進学校へ
グローバル社会を生き抜く『骨太男子』を育成」

インタビュー
学校法人武相学園 武相中学・高等学校
進路指導部部長 
岸 正則 先生
進路指導部副部長 古川 敦 先生
※組織名称、施策、役職名などは取材当時のものです
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神奈川県内有数のスポーツ強豪校として知られる武相中学・高等学校。野球、サッカー、ボクシング、柔道、アイスホッケーなどが知られるが、実は文化系の部活動も活発で、硬軟さまざまな男子生徒が切磋琢磨している。現在、進学に特化した「特進コース」の増設、季節講習・補習の充実など「文の武相」の側面を強化する改革が着実に動き始めている。「とてつもない文武両道」を合言葉に、「スポーツの盛んな進学校」を目指す同校。一人ひとり手塩にかけた教育で「進学校化」をリードする先生方に、どのような改革、どのような進路指導を行っているのかを聞いてみた。

創立以来73年の伝統をもとに心豊かな「骨太男子」を育成
男子の成長スピードに合わせた教育には大きな価値がある

▲岸 正則先生(左)、古川 敦先生

本校は横浜市港北区の高台に位置し、旧武蔵国、相模国を一望できた環境から武相中学・高等学校と名付けられた男子校です。創設は昭和17年の戦時中で、創立者で考古学者の石野瑛先生の「向学心旺盛な若者の夢と希望を実現させる学校が必要である」という情熱と強い教育信念によって創立されました。

今年で創立73年を誇りますが、「道義昂揚」(社会正義に立って行動し、品性・人格の完成を目指す)、「個性伸張」(個性を見極め、最大限伸ばす)、「実行徹底」(志を立てたら積極的に実行に移す)という3つの建学の精神を大切にし、それぞれが本校のスクールカラー「紫・青・丹」に反映されています。

本校は過去夏の甲子園に4度出場した実績ある野球部をはじめ、Jリーグ等にも選手を輩出しているサッカー部、近年ではボクシング部、柔道部、アイスホッケー部、ソフトテニス部など全国レベルで活躍しているクラブが多く、県内でも「スポーツの強い学校」のイメージが定着しています。

しかし、その一方、ビジネス研究部や図書部など、文化部の活動も活発です。それぞれ単独でも高文連社会科研究発表大会などで数々の賞を受賞していますが、合同チームで臨んだ平成25年ヤマト運輸高校生経営セミナーではテーマに沿ったビジネスプランの役員プレゼンを経て見事1位を獲得しました。他にも、鉄道研究同好会や考古学部、吹奏楽部、プログラミング部なども頑張っています。

自分自身を深くみつめ、能力や個性を伸ばそうとする男子は、遅れて能力がブレークする晩熟型の傾向があります。異性のいない環境で男子の成長スピードに合わせた教育に伝統と実績を持つ本校は、一人ひとりの適性と能力を見出し、きめ細かで丁寧な教育を展開しているのも特徴です。男女共学化が進む社会の中で、男子校を堅持する意味もそこにあると感じています。

現在、文も武も両方力を入れ「とてつもない文武両道であれ」が本校の合言葉です。従来から手塩にかける教育を進めており、特に自立型人材を育てる「進路準備教育」、心の知能指数を育てる「人格育成教育」、創造的な力を育てる「体験学習教育」の3つの柱により「骨太男子」を育成することを目指しています。そのために、元来のスポーツ強豪校としての優位性は活かしつつ、時代に求められる「進学校化」を目指した改革を進めています。

ただ、すべての生徒を難関大学へ送りこもうというわけではありません。大切なのは生徒一人ひとりが人間力を高め、それぞれが歩みたい道で輝ける人材に成長すること。特に時代性を背景に、「グローバル社会で生き抜く骨太男子を育成する」ことが改革の目標です。グローバル社会の加速化に伴い、海外で働く人材を育成するだけでなく、国内で働くにも世界的視点や英語を中心とした語学力は必要で、ネイティブによる授業、海外研修の充実にも力を注いでいます。

特進コースを設置し、勉強主体の生徒もしっかり応援
丁寧な進路指導で、進路未決定「0」を目指す

「進学校化」に向けた改革の一つが「多様な進路にも柔軟に対応できるコース編成」です。平成26年度から、次の3コース制を採用しています。

「特進コース」は、難関大学が目標のコース。授業に加え補習・自習も計画的に管理しながら確実な基礎力と応用力を養っています。国公立大学や有名私立大学への現役合格が目標です。「進学コース」は大学現役合格と部活動の両立を目指すコース。放課後は自主選択性の補習を数多く用意し、意欲を伸ばしています。「総合コース・文科クラス」は3年間文系のクラスで、基礎から丁寧に指導します。「総合コース・体育クラス」は3年間運動部所属が条件で、体育の授業が多く設けられています。

ちなみに本校の進路は8割が大学、1割が専門学校、1割が就職という割合で、ここ数年、変わりありません。「進学校化」を目指しつつも、専門学校や就職を目指す生徒にも丁寧に対応しています。

どのコースでも生徒がなりたい未来へと導けるよう、充実の進路指導を展開。1年次には進路適性検査、職業理解ガイダンスなどを実施。進路に目標を持って高校生活を送れるよう意識付けを行っています。同時に2年次のクラス編成に向け、「文系」「理系」を検討し、進級に備えています。

2年次には大学学習法ガイダンス、大学入試のしくみガイダンス、大学学部学科別ガイダンスなどを実施し、大学とその入試システムの理解などを推し進めます。就職希望者の中には公務員志向も強く、来年度からは公務員試験対策の導入も考えています。

3年次の5月には大学・専門学校進学相談会を開催。約60の大学、約20の専門学校を招き、生徒が相談できる良い機会にしています。他にも夏休み期間中は大学のオープンキャンパスに参加しながら、推薦・AO入試への心構えと準備をします。一般入試を目指す生徒に対しては、12月に一般入試出願校決定ガイダンスを行います。

このように1年次から系統的ガイダンスを実施しているので、生徒は自然と進路について考えるようになります。男子は一度目標が決まり、一歩踏み出すと加速度的に伸びます。本校はそうした男子の成長速度に合わせ、時に待ってあげたり、逆に一気に加速できるところがメリットです。

また推薦入試にせよAO入試にせよ、生徒の面接や小論文対策に担任や進路指導教員、その他専門の教員が多角的に関わって生徒一人ひとりの進路を応援。その結果、進路指導で自慢できることは、入学時からの「伸び幅」であり、進路決定率が高く、未決定者がほとんどいないこと。ちなみに今春の卒業生で未決定は一人だけでした。何も進路が決まらないまま卒業するフリーター候補が著しく少ない点、現役での大学進学率の高さも特徴です。

就職指導においても本校は過去から実績があり、県内の優良企業を中心に100%の就職率を誇ります。3万人を超す卒業生のネットワーク、県内を中心に毎年求人を下さる企業が多いことが強み。今後も進路未決定「0」を目指し、教員も生徒も粘り強く進路に立ち向かいます。

また進学・就職ともに、卒業後「武相を選んで良かった」という卒業生や保護者から満足の声を頂くことも多く、教員の励みとなっています。

ワンランク上の大学にも一般入試で入れる
生徒も教員も、意識が着実に変わり始めている

進学校化を目指した取り組みとしては他に、「季節講習会や補習などの手厚い学習サポート」があります。

特進コースは本校の学習面をリードし、GMARCHクラスの大学合格を目指し、徹底した学習指導で基礎と応用力を身につけようと、季節講習や補習に力を注いでいます。

普段の学習は朝テスト(0限)や模試を徹底活用しているほか、放課後も毎日補習(7・8限)があり、自習室での自習時間も作っています。長期休暇中も夏は4週間、春冬3週間の充実のラインナップを誇ります。

夏の1週間は、予備校と連携した軽井沢研修所での勉強合宿も組み込まれています。特進コースは夏休みも本校に来て1日3時間の講習を受け、その後3時間全員自習に取り組みます。ライバルでもあり同士でもあるクラスの仲間と、同じ夢に向かう、まさに一つの部のように受験に向け切磋琢磨しています。

これまで本校は日東駒専クラスの大学に指定校推薦などを活用して入れれば、という意識の生徒が多かったですが、特進コースを主導する教員は3年間計画的にやれば、現状の大学入試なら「GMARCHクラスに十分合格できる」と語り、本気で一般入試合格を目指す生徒も増えてきました。

また補習を見学して「自分もこうした教育に携わりたい」という若手教員も増え、全教員の意識も変わり始めています。進学コースや総合コースの生徒でも、季節講習会や補習の一部を選択できるようにしており、部活動を行いつつ、特進コースの科目も積極的に受講している生徒もいます。

実際、本校はこれまでもとことん部活動に打ち込みつつも、クラスでトップを争う成績を収めてきた生徒もおり、文武両道に関するエピソードは豊富です。今後は特進コースや進学コースに進めば、一般入試でも大学に進めるという伝統が先輩から後輩へ受け継がれるようにしたいですね。また中高一貫で進んできた生徒と、高校から武相に入った生徒との間で、英語などの実力差が大きいのも課題で、前者のトップクラスについてこられるよう、溝を埋める努力もしたいと思います。

また保護者と生徒で進路への思いが違うといった悩みも、担任や進路指導教員が丁寧に受け止めて、両者の視野を広げて一致点を見出すなど、様々な相談に乗っています。

手塩にかける教育の伝統は変わらぬまま、生徒のスポーツを極めたい、進学に挑戦したい、輝ける存在になりたい、その思いすべてに応える、まさに「スポーツの盛んな進学校」へと進化していければと思っています。

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