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風の声

大学で講師を務める評論家久田邦明氏のエッセー

第5回

第5回
もう1つの教育のかたち
(前編)

久田 邦明
※組織名称、施策、役職名などは原稿作成時のものです
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生涯学習論の講義で必ず取り上げるのが、自助グループのミーティングの話だ。そこには、学校教育モデルとは異なる方法によって人間が変わっていく姿をみることができる。

これに着目したきっかけは、NABA(ナバ)という自助グループの鶴田ももえさんの講演記録を読んだことだ。鶴田さんは摂食障害をはじめとする依存症を一通り経験したという。精神科医やカウンセラーのもとへ通っても一向に良くならないので、切羽詰って自助グループへ参加するようになる。

しかし、元々自分のことを好きになれないのだから、自分と似た人たちの集まる自助グループが居心地の良いわけがない。それでも仕方がない、他に頼るところがないので通い続ける。すると、そのうち徐々にメンバーの話を聞くのを嫌がっていない自分に気づくようになる。

ある日のこと、ミーティングの途中で居眠りをしてしまう。はっと気付いて「眠ってしまうわたしはいけない子」と、自己嫌悪におちいりそうになる。そのとき仲間が「ももえちゃん、やっと居眠りができるくらい安心できる場所になったんだね」と声をかけてくれたという。

学校教育では居眠りをすると先生に叱られる。生徒は緊張して授業を受けることが前提だ。ところが、自助グループのミーティングでは居眠りをすると「良かったね」と言ってもらえるらしい。緊張して爪先立ちで学ぶという方法もあるだろうが、その一方で、緊張を解き、心を落ち着けて学ぶ方法もあるわけだ。

わたしはこの話を紹介するとき、「はい、そこで居眠りをしている人、起きなさい」と、それらしく教師の真似をしてみせることにしている。すると、モゾモゾと頭を起こす学生がいる。わたしの講義は緊張感に欠けるのだろうか。

久田 邦明(ひさだ・くにあき)
首都圏の複数の大学で講義を担当している。専門は青少年教育・地域文化論。この数年、全国各地を訪ねて地域活動の担い手に話を聞く。急速にすすむ市場化によって地域社会は大きく変貌している。しかし、生活共同体としての地域社会の記憶は、意外にしぶとく生き残っている。それを糸口に、復古主義とは異なる方向で、近未来社会の展望を探り出すことが可能ではないかと考えている。このコラムでは、子どもから高齢者まで幅広い世代とのあいだの〈世間話〉を糸口に、この時代を考察する。

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