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1-1シリーズ1 教員を育てる
Part.1
東京大学大学院インタビュー①
教員養成制度改革の背景とその課題(前編)
佐藤 学 研究科長
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教員養成制度が大きく変わろうとしている。この春は新しいタイプの教育系大学院がスタートし、2008年春には教職大学院が設置される。その一方で、各自治体が自前に教員を養成する動きも盛んになりつつある。自治体が主導してきた教員研修制度はどうだろうか。こちらも、大きな変革を迎えている。あえて「道場」と銘打った研修の出現や、ベテラン教員を交えた有志の研修会の増加がその象徴といえよう。新設される教職大学院では、現職教員の研修もプログラムに含まれるという。
教員養成はいつの時代でも重要な問題だが、とくに最近、大きなテーマとしてクローズアップされている。日本の教員養成の現状、問題点、今後のあり方などについて、東京大学大学院教育学研究科の佐藤学研究科長に話をうかがった。
10年先を見通して教員養成の再構築を
――ここ数年、教員養成が非常に注目を集めていますが、その背景は何でしょうか。
大きく見て2つの問題があると思います。1つは日本の教員養成は欧米に比べて立ち後れが目立つこと。もう1つは教師の大量交代期を迎えて教員の質の維持が差し迫った課題になってきたことです。
――欧米と比較して、日本の教員養成はどのような状況にあるということですか。
かつて日本の教員養成は世界でもトップ水準にありました。それは、戦後すぐに教員養成を中等教育レベルから高等教育レベルに引き上げたからです。しかし、1980年代の半ば以降、状況は変わりました。欧米諸国では教員養成を大学院レベルで行うようになったのです。
現在、アメリカでは教師の70%以上が修士号を取得しています。ヨーロッパの場合、フィンランドの教員養成は完全に大学院修士課程に移行。ドイツやフランスなどは修士課程ではないものの学部卒業後、1年間もしくは2年間の教員養成の課程を有しています。修士号取得か大学院レベルの教員養成。これがグローバル・スタンダードです。
――教員の大量交代の実情とその影響をどう見ていますか。
文部科学省では、今後15年間に教員の3分の1が入れ替わると試算しています。しかし、定年まで勤めない人が多いことを考えると交代のスピードはもっと速いでしょう。すでにその兆候は現れています。
小・中・高校を合わせた教員採用試験の競争率は、5年前には12.5倍でしたが、去年は4.7倍。東京都の小学校に至っては2.1倍です。これまで日本の教師の水準を維持してきたのは高い競争率でしたが、これだけ競争率が下がると教師の水準が低下する危険性があります。
――これまでの教員養成システムにはどのような問題があるとお考えですか。
制度的に見ると「開放制」と「免許状主義」という問題があると思います。教員養成の開放制自体はいいのですが、免許状が濫発されることにもつながっています。一方では開放制とセットになった免許状主義があり、免許に必要な科目を細かく規定しています。実はその免許状主義によって、大学にふさわしい教育というよりも免許状の細目に縛られた教育になってしまっているのです。
――大学院が教員養成のために果たしている役割や問題点をどのように見ていますか。
文部科学省は1980年代に専修免許状をつくり、新構想の教育系大学(上越教育大、兵庫教育大、鳴門教育大)や全国の国立大学などに教育系の修士課程を設置しました。修士課程による現職教育(注:通常の研修のほかに、免許上申、学位取得も含む)というモデルをつくろうとしたのです。
しかし、それは失敗しました。地方自治体が大学院で現職教育を受けさせる予算をわずかしか付けないからで、各都道府県あたり多いときでも年間30人ぐらいにとどまっています。
他方で、現在、教育系の大学院は100ぐらいあり、さらに一般の大学院で教職の課程認定を行っているところが380ぐらいあります。それらの大学院が本当に教師の専門家教育にふさわしい教育を行っているかという問題もあります。
――学部レベルで教員養成を充実させようという取り組みもあるようですね。
確かに教育系の学部は、どこも積極的に改革を進めていて、演習や実習的なものを強化しているようです。
しかし、現在の枠組みのなかで演習や実習を増やせば増やすほど、教科内容などの専門教育が削られる。そういう改革でいいのでしょうか。私は、もっと根本的なことを考えるべきだと思います。それは、10年、15年先も学部中心の教員養成を続けているのかということです。やはり日本も大学院レベルの教員養成に移行することを考えた方がいい。そして、いまからその準備をすべきです。
《Part.2 後編へつづく》