EYE's Journal

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6-3

シリーズ6 リメディアル教育の現場
Part.3 
大学の取り組みを探る②【関東学院大学】
通常の授業でリメディアル教育を実施している例

関東学院大学 工学部
奥 聡一郎 教授
金田(かなだ)徹 教授
堀田 和久 教授
辻森 淳 准教授(順不同)
※組織名称、施策、役職名などは原稿作成時のものです
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関東学院大学工学部(神奈川県)は、高校から工学入門(大学レベル)までの学習内容をカバーする「補正授業」を行っている。科目は数学と英語で、履修すれば卒業必要単位数にカウントされる。補正授業を始めた理由、授業の内容、これまでの成果、今後の課題などについて、リメディアル教育にかかわる奥聡一郎教授、金田徹教授、堀田和久教授、辻森淳准教授(順不同)に話を伺った。

入学後の学力補完は大学の役割
2004年から「補正授業」を開始

▲左から、堀田教授、奥教授、辻森准教授、金田教授

関東学院大学工学部は、高校までの学習を補い工学を学ぶための導入としての「補正授業」を行っている。科目は「数学基礎」「英語基礎」の2科目だ。補正授業を行うようになった理由について、工学部教務主任の辻森淳准教授は次のように話す。

▲辻森 淳 准教授

「補正授業を始めた背景には、多様な学習歴を持つ学生が入学してくるようになったことがあります。その要因の1つは、推薦入試の拡大やAO入試の導入をはじめとする入試形態の多様化です。もう1つの要因は、ゆとり教育の影響で、高校までに最小限求められる学習分野や学習量が変わってきたことです。

これらの結果、以前に比べて入学者の学力分布が非常にタテ長になってきました。上位の学生のレベルは変わらないのですが、学習不足のため本学初年次の『基礎・教養科目』を受けるレベルに達していないと思われる学生が増えてきたのです。しかし、すでに高校は卒業しているわけですから、学力を補完する役割はわれわれが担うしかない。そこで、2004年から『補正授業』を開始したのです」

入学時のプレースメントテストで
補正授業の推奨者を判定

工学部では、新入生が入学すると、全員を対象にプレースメントテスト(学力を判定するテスト)を行う。科目は、数学、英語、物理の3科目。このテストには2つの目的がある。1つは、補正授業を受けたほうがいいか判定すること。そしてもう1つは、英語と物理の通常授業を習熟度別クラスで行っているので、そのクラス分けのために学力を判定することだ。

テストの結果は年によって異なるが、新入生(2008年は約620人)のうち数学は120人程度、英語は200人程度が補正授業を推奨する対象になる。

補正授業科目は、数学、英語とも週1コマで、1年次の前期、後期にそれぞれ開講。科目を履修して単位を取得すれば、卒業必要単位数に算入される。「必修科目」ではなく「自主学修選択科目」に位置付けられているが、補正授業の対象となり該当科目の履修を推奨された学生は、一部を除いてほとんどが履修している。

数学・英語ともに少人数クラス分けで成果を上げる

実際の授業は、数学の履修者を少人数のクラスに分けて実施している。数学を担当する基礎・教養科目教室主任の堀田和久教授は次のように説明する。

▲堀田 和久 教授

「補正授業はとくに数学の場合、少人数できめ細かく教えないと成果は期待できません。分からないところがあれば1人ひとり教えるようなかたちですね。そのため、数学基礎は6クラスに分けていて、1クラスは大体20人ずつぐらいです。クラス数は工学部にある6学科に対応したものです。

各学科によって求める数学のレベルが多少違うこともあるので、数学基礎は基本的には学科ごとに開講しているのです。ただ、時間割がほかの科目と重なるような場合は、他学科の数学基礎を履修することもできるようにしています」

英語も複数のクラスを設けるが、数学とは多少しくみが異なっている。英語を担当する前教務主任の奥聡一郎教授は次のように説明する。

▲奥 聡一郎 教授

「英語基礎のクラス数は、受講者総数によって変わるので年ごとに異なります。今年は5クラスです。1クラスの人数は授業の時間帯によって異なり、少ないところで20人ぐらい、多いところで50~60人ぐらいになっています。

英語は、どの学科も同じように必要とするので、開講は学科ごとではなく、各学科の必修科目と重ならないように配慮して時間割を組んでいます」

演習形式で大切なポイントを解説
問題演習で学力定着を図る

学習内容は、数学基礎は微分積分に関連するものに絞り、問題を解くことに重点を置いて授業を進めている。

「工学部では、どの学科も微分積分を必ず学びます。その準備になるように、数学基礎では高校の数ⅠA、数ⅡB、数ⅢCの微分積分に関係した部分だけ抜き出して教えるようにしています。

授業は演習形式ですね。最初にポイントになることを復習するかたちで教えて、あとはほとんど問題を解き、解答を説明する時間にあてています。授業のための教材は、それぞれの教員が各自でプリントを作成するようにしています」(堀田教授)

学生の学力多様化に対応するため
教材は教員各自が選んで授業を行う

英語基礎も演習形式の授業が基本で、大切なポイントを解説し、問題演習で定着を図っている。教材は、昨年までは教員が共同で作成したものを使用していたが、昨年度から各教員がそれぞれに教材を選んで授業を行っている。

「学生の学力多様化がさらに進んできたため、もう少し簡単な教材がいいのではないかと判断し、昨年度からは教員ごとに教材を決めて授業を行っています。過渡期ですね。

教材が別々なので、授業の内容は多少異なります。しかし、各教員ともベースになるものとして『動詞からみた文法体系』と『修飾関係からみた文法体系』を教えていますから、学習レベルに差が出ることはありません。

また、英語基礎は、必修科目の総合英語と一貫性を持たせる配慮もしています。総合英語では年8回、基礎力確認試験を行っているのですが、一定の点数が取れなかった場合の再試験を、英語基礎の最後の15分に毎回問題を変えながら行っているのです。そのため、英語基礎は履修していなくても再試験だけ受けにくる学生もいます」(奥教授)

このほかにも英語は、学内にある複数のeラーニングのシステムを活用して、課題を出すこともあるそうだ。一方、数学は学生の負担が大きくなりすぎないようにという考えで、課題は出していない。

授業で分からないところがあれば
学生支援室のチューターも対応

さまざまに工夫している補正授業だが、それでも学生は分からないところが出てくる可能性がある。そんなときに学生をサポートするのが「学生支援室」に併設した「学習支援塾」だ。2004年に学生支援室の立ち上げを推進し、学生支援GP採択に尽力した元教務主任・前教務部長の金田徹教授は次のように話す。

▲金田 徹 教授

「学生支援室は、学生生活全般に関する総合案内窓口のような機能を持っています。学生の相談に乗ってその場で解決したり、内容によって教務課、学生生活課、就職課など専門的な組織に適切に橋渡しするのが主な役割です。また、学習面に不安を感じている学生のために学習支援塾を開いて、直接的な支援もしています」

学習支援塾は、同大学の4つのキャンパスにあり、それぞれ対応する科目と曜日・時間を設定している。教えるのは高校までの学習内容が中心なので、高校教員OBがチューターとして常駐。学生は時間内ならいつでも相談にいくことができ、個人指導で教えてもらえる。もちろん、補正授業の履修者だけでなく誰でも利用できる。

「授業でわれわれが『質問はありますか』と問いかけても、あまり反応がないのですが、学習支援塾だと訊きやすいのか、利用者は増えています」(金田教授)

推薦入試とAO入試の合格者には
eラーニングの入学前準備教育も実施

また、同大学工学部では2003年度入学者から「入学前準備教育」を行っている。対象者は推薦入試とAO入試の合格者。

以前は、書面による通信添削だったが、2007年度入学者からほぼ全面的にeラーニングに切り替えた(英語は一部添削もある)。科目は、英語、数学、物理。実施時期は1月~4月。受講者は、大学で事前に開かれる説明会に参加したのち、自宅(または高校など)のパソコンから入学前準備教育のサイトにアクセスして学習を進める。

eラーニングは、学習履歴がリアルタイムで確認でき、進捗状況に応じて大学から激励メールを送ったり、受講者からのメールでの質問にも即座に対応したりできるなどのメリットがあるという。利用率は、2007年度入学者の場合、93.1%になっている。

通常科目の理解度向上に加え、学習習慣が身につく

補正授業は今年で5年目に入ったが、ここまで、数学、英語とも一定の成果を上げてきている。

「数学基礎を履修したのち通常科目で微分積分を学ぶと、それなりに理解できる学生が多いので、一定の成果はあると思っています。また、カリキュラムの関係で、高校で数学を十分に学習していない場合、学生本人も、学生を送り出す高校の先生も、大学入学後に不安を感じるかもしれませんが、その不安を解消することにつながっている面もあるのではないでしょうか」(堀田教授)

「総合英語のクラスのいくつかでは、前期、後期とも通常の試験とは別にプレテストとポストテストを行い、達成度を確認しています。その結果をみると、履修者の学力は少しずつ伸びています。また、自分で辞書を引いたり、英文を訳してみたり、ノートをつくったりという学習習慣が身につくのも成果の1つだと思います」(奥教授)

4年間のカリキュラム全体の中で
補正授業のあり方を再考

「数学基礎は本来、高校の復習なのですが、最近は復習では済まなくなってきました。高校で習っていない、あるいは習ってはいてもまったく理解できていない学生が増えてきて、最初から教えることも多い。時間的には2年間ぐらい必要だと感じています。また、1クラスの人数も10人ぐらいにしたほうがいい。

ただ、そうなると4年間の科目履修体系に影響が出てくるので、カリキュラム全体を見直して、数学基礎をどう位置づけるか考える必要があります」(堀田教授)

「英語基礎も、カリキュラム全体の中で、あり方を考え直す時期にきていると思います。1年次には総合英語が週2コマあるのですが、それに加えて英語基礎を履修すると、どの授業でも単語を覚えないといけないなど学生には負担が大きい。そこで、たとえば1つの教材で3コマの授業を行うようにすれば、学んだことがもっと定着する可能性があります。補正授業と正規の授業をうまくミックスしていくことを考えたいですね」(奥教授)

数学と英語の補正授業だけでなく、学生支援室での学習支援、入学前準備教育と多彩なリメディアル教育に取り組んでいる関東学院大学工学部だが、これまでの成果を踏まえつつ、取り組みをさらに進化させていくことになりそうだ。

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