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6-5シリーズ6 リメディアル教育の現場
Part.5
大学の取り組みを探る④【東京電機大学】
入学前教育(自宅学習型)として実施している例
西口 昌宏 氏
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東京電機大学工学部と未来科学部(東京都)は、推薦入試とAO入試の合格者の学力向上を図る目的で、自宅学習型の「入学前教育」を実施している。科目は数学と英語で、数学は〈通信添削方式〉、英語は〈eラーニング〉を採用。入学前教育を開始した背景、実施方法、学習内容、ここまでの評価などについて、入試センターの西口昌宏氏に話を伺った。
合格から入学までの学習空白期間を
入学前教育でカバー
東京電機大学工学部は、2002年に入学前教育を開始した。科目は、数学と英語。対象は、推薦入試とAO入試の合格者だ。入試センター所属の西口昌宏氏は、入学前教育を始めることになった経緯をこう説明する。
「大学1年次の授業を始める時点で、推薦入試やAO入試の合格者と一般入試の合格者の学力差が目立つようになってきました。その大きな理由は、入試の合格発表から大学の授業開始までの学習空白期間の違いだと考えられます。
こうした状況のまま、教員が学力のある学生に合わせて授業をすると、学力不足の学生がついてこられなくなるし、学力不足の学生に合わせて授業をすると、学力がある学生は退屈してしまうので、非常に授業がやりにくい。そこで、推薦入試とAO入試の合格者を対象に入学前教育を行い、学力向上を図ることにしたのです」
入学前教育を開始する前には約1年間、教員が集まって何度も検討を繰り返し、実施方法や実施内容を具体化していった。同時に、入学前教育の教材も独自に開発した。
こうして工学部は、入学前教育を開始したが、2007年には、工学部と同じ神田キャンパスに設置された未来科学部でも、工学部と同様の入学前教育を行っている。(*註参照)東京電機大学は、神田キャンパス以外の2つのキャンパスにある学部(鳩山キャンパス:理工学部、千葉ニュータウンキャンパス:情報環境学部)でも、それぞれ独自の方法で入学前教育を始めており、現在では全学部が入学前教育を実施している。
数学は〈書面による通信添削方式〉
英語は〈eラーニング〉を採用
入学前教育の実施方法は、数学と英語で異なる。数学は〈通信添削〉で、英語は〈eラーニング〉だ。
数学の場合、解答だけでなく問題を解いていく過程を見ることも重要なので、紙面でのやり取りになっている。英語は、コンピュータを活用した学習なら問題数が多くても処理しやすいこと、学習の履歴や成績データを記録できることなどを考慮して〈eラーニング〉を採用した。
入学前教育の期間は2科目ともほぼ同じで、1月上旬に数学の課題と英語の学習案内を一緒にまとめて、対象となる学生全員に郵送している。
「年が明けるとすぐに、数学は、自習用テキスト・問題用紙・解答用紙を、英語は、学習方法をまとめた冊子を学生宛に送ります。
数学は、解答と添削を3回行います。2008年の場合、解答締め切りは第1回が1月21日、第2回が2月20日、第3回が3月21日です。解答は、数学を担当する教員全員が手分けして添削し、学生に返送します。ただ、第3回の添削分は、入学のために引っ越しをする学生も居る時期なので、入学後に学内で渡しています。
英語は、冊子の案内に沿って、本学の英語Web学習用コンピュータにアクセスし、学習のための登録手続きをすることから始めます。その後は、3月25日まで各自のペースでいつでも学ぶことができます」
基礎をしっかり学べるように、中学の学習内容まで含める
学習内容の範囲は、数学が中学2年から高校2年まで、英語が中学1年から高校2年までの設定になっている。
「中学の内容まで含めたのは、数学も英語も中学校段階の内容が分からないと高校の学習内容も分からなくなるからです。現実に、入学してくる学生の中には、中学校段階の学習内容がきちんと理解できていない人もいます。逆にいうと、数学、英語でそれぞれ設定している範囲、つまり、基礎がしっかり分かるようになれば、大学の授業にも問題なくついていくことができると考えています」
数学は微分積分と線形代数に直結
英語は6分野のコンテンツを用意
具体的な学習内容を見ると、数学はとくに、大学で学ぶ「微分積分学」と「線形代数学」に直結する内容が重視され、添削問題として出題されている。問題数は、1回の添削問題が約20題で、3回の合計では60~70題になっている。
英語は、①単語の意味、②ニュース英語、③文法・語法、④単語の並べ替えによる英作文、⑤聞き取り、⑥空所補充(単語の使い方)、という6分野のコンテンツを用意。問題量は、少ない分野でも100題を超え、多い分野だと200題近くある。
英語の場合、学習は1問1答形式で行う。最初から順番に進める必要はなく、やってみたい問題を選べばいい。コンピュータ画面上で解答すると、瞬時に正解と解説が表示される。解説には「ここを間違いやすいから注意」というように、重要ポイントを説明するコメントが盛り込まれている。
学習時に疑問点が出てきたら、郵便やメールで質問可能
数学も英語も、分からないことや疑問に思うことがあれば、直接質問することができるようになっている。
「数学の場合は、質問も書面でのやり取りになります。質問事項を自筆かコンピュータで作成して、添削問題の解答に同封してもらうか、別途郵送してもらいます。教員は、質問に対する答えを書面にまとめ、返送しています。
英語は、質問もネット上でのやり取りになります。メールを送ってもらって、メールで返信する形です。また、質問への対応とは別に、英語は、アクセスした回数や問題解答数など学習状況がリアルタイムでわかるので、あまり学習していない学生には、大学側から励ましの意味でメールを送ることもあります」
習熟度別クラス分けの学力調査に
入学前教育の問題を出題
入学前教育では、締めくくりとしてのテストなどは行っていないが、それに代わるものがある。入学式の翌日に行なう学力調査だ。
「本学では、英語・数学・化学は習熟度別のクラス編成を行っています(化学は、総ての学科で、というわけではありません)。工学部と未来科学部で合計6学科あるのですが、規模の大きい2つの学科は、それぞれ1学科で1つのグループ、他の4学科は2学科を1つのグループにして、さらに、各グループを習熟度別に8つのクラスに分割しています。1つのクラスは30人ぐらいになります。
そのクラス分けのために、入学者全員を対象にした学力調査を行うのですが、英語と数学の問題は、入学前教育で使用したものを主に出題しています。したがって、入学前教育でしっかり学習していれば、学力調査にも対応しやすくなります」
「学習サポートセンター」も含めて
学習を総合的に支援
入学前教育を受講し、習熟度別クラスで学んでも、授業で分からないところが出てきたときには、「学習サポートセンター」で個別指導を受けることができるようになっている。
「『学習サポートセンター』は、月曜から金曜の午後4時から7時まで開いていて、センター所属の指導員が、主に英語・数学・化学の指導を行っています。入学前教育・クラス分けの学力調査・習熟度別クラス編成・学習サポートセンターが、それぞれ連関し、相互補完しながら学生諸君の学習を支援しているのです」
入学前教育と学力調査の相関から確かな手応えをつかむ
工学部の入学前教育は、すでに7年間の積み重ねがあり、しっかり定着している。受講率も2008年を例に取ると、数学が90.2%(返送率)、英語が97.7%(アクセス率)となっている。では、ここまでの成果については、どのように評価しているのだろうか。
「習熟度別クラス編成では、概して、一般入試で入った学力の高い学生が上位のクラスになることが多かったのですが、最近では、入学前教育を受けた学生が上位のクラスに入る事例も増えてきています。このことから、対象とする学生たちの学力を伸ばす一助になっていると考えています。
とくに英語は、入学前教育の学習状況と学力調査の結果をコンピュータで簡単に照合することができるので、入学前教育の問題をたくさんこなし、正答率が高い学生ほど、学力調査でも良い結果を出す傾向に在ることが実証されています」
また、数学と英語の授業の初回には、学生から入学前教育の感想をアンケートで集めている。それを見ても、多くの学生が『役に立つ』と回答しているという。
より良い大学教育を実現するために、
入学前教育の充実を図る
準備段階から入学前教育を推進してきた西口氏は、より良い大学教育を実現するために、今後も入学前教育を充実させていく考えだ。
「どの教員も、授業を進めていく際に、学生が一定の学力水準になった状態であれば、より良い教育ができると考えています。そういう意味でも、やはり入学前教育は大事だし、必要だといえるでしょう。
今後も、うまく機能している入学前教育の仕組みを踏襲しながら、出題する問題については常に見直しを行い、新しい傾向のものと入れ替えるなどして充実化を図っていくつもりです」
同大学では、3年次から4年次に進級する条件として、必要となる単位数を定めているが、昨年の新入生からは2年次への進級に際しても必要単位数の条件を設けた。つまり、入学しても、授業についていけなくて単位数が足りなければ2年生になれない。そのような事態を未然に防ぐためにも、入学前教育が果たす役割はますます大きくなっている。
[註]東京電機大学は、神田キャンパス以外の2つのキャンパスにある学部(鳩山キャンパス:理工学部、千葉ニュータウンキャンパス:情報環境学部)でも、それぞれ独自の方法で入学前教育を始めており、現在では全学部が入学前教育を実施している。