いま知りたい教育関連のテーマについて、ドリコムアイ編集部が取材・調査
10-2シリーズ10 ゆれるAO入試
Part.2
教育力が問われる入試制度(後編)
公開:
更新:
6割の大学教員が、大学生の学力不足を問題視
柳井晴夫氏(現・大学入試センター名誉教授)を代表とする研究グループが行ったアンケート調査は、10人中6人の大学教員が学生の学力低下を問題視していることを明らかにした(グラフ-3)。この調査は『大学生の学習意欲と学力低下に関する実証的研究』(2006年)の中で行われたもので、2003年~2004年に全国408大学600学部を対象に実施され、11,481人の教員の回答をもとにしている。
大学生の学力低下といえば、西村和雄氏(現・京都大特任教授)らが編集した『分数ができない大学生』(東洋経済新報社:1999年/2010年にはちくま文庫から新版が刊行)だ。基礎学力の乏しい大学生の実態を社会に投げかけることで日本の学校教育に警鐘を鳴らしたこの本は、のちのゆとり教育批判のきっかけとなった。
「先生の所属される大学の学部においては、学生の学力低下が問題となっていますか」との問いかけに、大学教員の8%が「深刻な問題」、53%が「やや問題」と回答した先の調査結果は、西村氏らの指摘を裏づけるものとなったが、学力低下の内容を問うた補足調査の結果は次のとおりで、その要因は、必ずしもゆとり教育に集約できるものではなさそうだ。
1位 「主体性の欠如」
2位 「論理的思考力の欠如」
3位 「日本語の基礎学力の低さ」
※①主体性②論理的思考③基礎科目の理解④外国語⑤大学での学習に必要な基礎科目の履修⑥日本語⑦学習方法⑧他人の考えの理解⑨数量分析 から選択回答
国の教育施策は、その後、授業時数増や教科書の頁増をともなう新学習指導要領の導入を決め、脱ゆとり教育の姿勢を明らかにする。しかし、授業時数増はともかく、厚みを増した教科書で、大学教員が問題視する主体性や論理的思考力、日本語力は向上するのだろうか。
大学生の総体的な学力を語る場合、進学率などの背景を考慮する必要があることはいうまでもない。進学率は大学の門の広さをはかる指標にもなるからだ。『分数のできない大学生』が発行された1999年と、18歳人口がピークだった1992年を比べてみよう。
18歳人口 | 大学等進学者(現役) | 進学率 | |
1992年 | 205万人 | 591,520人 | 32.7% |
1999年 | 155万人 | 602,078人 | 44.2% |
※18歳人口は国立社会保障・人口問題研究所の推計、大学等進学率・進学率(短大を含む)は文部科学省調べ。
7年の間に18歳人口が50万人も減る中で、大学進学者は増え、進学率は11.5ポイントも上昇している。大学生の学力は、低下したのではなく、入学者の学力レベルの幅が広がったと表現した方がより実情に近いのではないだろうか。
18歳人口はその後さらに減り、2010年の推計は120万人。対して大学進学率は上昇の一途をたどり、2007年には50%を超え、2010年には54.3%に達している(学校基本調査速報値)。
〔資料出所:『大学生の学習意欲と学力低下に関する実証的研究』(2006年)〕
全入時代に必要なのは、新たな入学制度の確立
高校卒業者の5割以上が短大を含む大学に進学しながら、平成22年度の募集では、私立大学の217校(38.1%)、私立短期大学の215校(62.5%)が入学定員を満たしていない(日本私立学校振興・共済事業団調べ)。
大学生の学力低下の一要因として指摘されることもあるAO入試だが、その是非はともかく、大学はすでに、入学者を確保するために、あらゆる学力レベルの層を受け入れなければならない時代を迎えているわけだ。その中に、大学教育を受ける素養に欠けた者がいるとするなら、何らかの方法で補う必要がある。
中央教育審議会は答申『学士課程教育の構築に向けて』の中で、高等学校と大学の連携による新たなシステムを構築するように提言している。
高等学校・大学は選抜だけでつながる関係から、客観的できめ細やかな学力の把握とそれに基づく適切な指導によって学力向上が図れるよう、共に力を合わせて取り組む関係へと転換することが求められている。すなわち、大学全入時代を迎えた今日、教育の質を保証する観点から、システムとして高等学校と大学との接続の在り方を見直すことが重要である。
(中教審答申『学士課程教育の構築に向けて』から)
文部科学省の調査『大学における教育内容等の改革状況について(平成20年度)』に、「高等学校との連携の状況」として取り上げられているのは、「高校生が大学教育に触れる機会の提供」と「入学前の既修得単位の認定」の2項目のみ。
前者はたとえばオープンキャンパスや出前授業を指し、高大連携というよりも、進路選びに向けた大学の広報・サービスといった方がふさわしい(グラフ-4)。
対して、高校在学時に大学の授業を科目履修生として受講し、そこで得た単位を大学入学後に既修得単位として認めるという後者(グラフ-5)は高大連携に違いないが、それも大学の早期体験とか単位の先取りに過ぎず、多くの大学教員が指摘する「主体性」「論理的思考力」「日本語力」の不足を補う措置だとはいい難い。
(単位:校)〔資料出所:文部科学省『大学における教育内容等の改革状況について(平成20年度)』〕
入試から大学入学準備教育への転換が求められている
近年、AO入試や推薦入試などによって早期に入学を決めた者に対して、「入学前教育」を行う大学が増えている。
日本ドリコムでは、全国の私立大学に対して、平成22年度入試のAO合格者に対する入学前教育の実施状況とその内容を問うアンケート調査を行い、452校からの有効回答を得た。うちAO入試を実施した大学は359校である。
その結果、AO入試を実施した359校の88%にあたる317の私立大学が入学前教育を「行った」と回答。記述で寄せられた内容は次のとおりだ。
スクーリングによる指導 78校
基礎学力指導 109校
図書・新聞課題 69校
レポート・論文 72校
専門的課題 12校
課題を与える 74校
実技 13校
面接・発表 2校
ガイダンス・オリエンテーション 20校
(模擬)授業 22校
その他 21校
登校が必要な「スクーリング」を行う大学は約25%にのぼる。同様に登校が必要な「実技」は、教育・保育系学科のピアノ実技が主。最も多い「基礎学力指導」は、高校までの数学、理科系科目、英語の復習が主で、通信添削やe-ラーニングで行う大学が多かった。また、「その他」には、「在学生との交流」「指定検定の受検」「文章指導」「キャリア教育」などのほか、「ボランティアの実践」「フィールドワーク」「学習日誌の提出」などが含まれていた。
大学入学前の教育は、本来、高校の役割であるはずだが、AO入試実施校の88%が入学前教育を実施している現実は、高校と大学の教育がつながってないことを物語っているのではないだろうか。
中教審がいう「システムとして高等学校と大学との接続の在り方を見直す」ときは、もうきているようだ。AOを、入試ではなく、高大連携による大学入学準備教育のシステムとして確立し、その受講者に入学許可を与えるなどといった、入学制度の大転換が必要なのかもしれない。
〔資料出所:文部科学省『大学における教育内容等の改革状況について(平成20年度)』