全国の高校で実施されているキャリア教育の取り組みを紹介
第19回第19回
キャリア教育実践レポート
「静岡県のキャリア教育研究開発推進」Part.3
静岡県立静岡農業高等学校の
実践レポート(1)
静岡県立静岡農業高等学校 教務主任
望月 宜彦先生
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研究校に指定され3年目を迎えた
農業高校の伝統校
静岡農業高等学校は今年で創立93年という長い歴史を持った学校である。1994年に、それまでの園芸科や造園科などを一斉に廃止し、21世紀の魅力溢れる農産物の供給を学ぶ「生産系」、21世紀のエネルギーに配慮した環境の創造を学ぶ「環境系」、21世紀の新たな健康の創造を学ぶ「食品系」という3つの学系を新設。現在はここで学ぶ最先端科学技術を『農』に生かし、また『農』から様々な分野へ発信することをめざして、720人の生徒が学んでいる。
同校は2005年度、静岡県による高校生のキャリア教育研究開発推進事業研究校に指定された。3年間にわたる「農業高校生のためのキャリア教育の計画的・系統的なカリキュラム開発」は、現在3年目を迎えている。
同校のキャリア教育の1つ「農業高校生 夢・未来塾」は、社会の変化に対応できるグローバルな経営感覚や柔軟な発想など、農業をマネージメントする能力を身につけるために2006年度から行われているもの。起業家を招き3か月間にわたって行われるこの取り組みには、農業高校のキャリア教育の1つの在り方として学ぶべきところが多い。
今回はこの静岡農業高等学校で長年にわたって生徒の進路指導を行ってきた望月宜彦先生にお話を伺った。
キャリア教育を
総合学習の時間を利用し1年次から実施
本校の教育課程は「生産系」、「環境系」、「食品系」の3学系に分かれており、その学系ごとに3から4の系列に分かれています。2年生になるときにそのなかから1つを選択し、より専門的に学んでいきます。選んだ系列により卒業時の学科が決まります。進路選択のためには早い時期から自分の将来を考える必要があります。本校では1年生の「総合的な学習の時間」を利用し、「自己啓発~3年間の自分探し~」と題しキャリア教育を行っています。
この授業の目的は、職業観の育成であり、また「生きる力」を培うことでもあります。たとえば4月~5月にはお茶摘みの体験実習を行います。学校の校外農場に行ってお茶の手摘みを行い、午後、学校所有の製茶工場でお茶の葉が出来上がるまでを学習する。そういった体験を通して、お茶農家の方にはどのような苦労があるかわかります。それ以外にも保育の実習体験やボランティア体験、卒業生の話を聞く会などを設けたりしながら、10年後、20年後の「自分」を思い描けるような素地を作ることを目標にしています。
野菜の栽培を通じて
農業の基礎を体感
この「自己啓発」の授業が本校のキャリア教育のベースになっていますが、これと平行して1年生が行っている科目「農業科学基礎」も、キャリア教育の視点で取り組んでいます。
「農業科学基礎」では、生徒一人ひとりが1坪(約3.3平方メートル)の畑で、1学期はスイカ・トウモロコシ・枝豆を栽培します。1学期末にスイカを収穫した後、2学期は秋野菜の栽培を行います。
本校の生徒は、今はほとんどが非農家で、スイカがどうやってできるのか、きゅうりがどこになるのかも知らない生徒が大勢います。農業の導入科目として、自分の手で作物を一から育てるという体験をさせ、農業への興味・関心を高め、職業を理解させ、何よりも1つの事を為し遂げた達成感・成就感を味わってもらいたいと思っています。
この授業では、生徒たちは毎朝、畑に行って観察をします。農作業を体験した結果、どういう変化が現れたか、生徒たちにアンケートを取って効果を分析してみました。すると、「単にスイカを観察しているだけでなく自分自身が育っているのも実感した」とか、「この話題で家族が明るくなった」「物事を継続的に行うことの大切さがわかった」などというような意見も数多く聞かれました。
同様に保護者からもアンケートを取ったのですが、その結果、「子どもが学校のことをよく話すようになった」とか、「生活が規則正しくなった」「物事に前向きに取り組むようになった」というような回答をいただきました。
本校では、こういう取り組みを通じて、生徒たちの中にあるいろいろな「いいところ」を伸ばしていきたいと考えています。生徒のなかには自分を表現するのが苦手な生徒、寡黙な生徒もいますが、そういう生徒であっても畑で野菜を育てることで「自己表現の場」ができる、それが彼らの成長に必ずつながってくると思っています。
とくに、この取り組みで身に付けたい力は「柔軟性」「バイタリティー」「協調性」「忍耐力」などです。
たとえば決断力。とうもろこしの栽培では最初、何粒か余分にまいておいて、実際に芽が出てきたらそのうちのいくつかは切っていくという作業を行います。もちろんそうすることによって、より品質のよいとうもろこしを育てるのが目的ですが、それを説明しても、生徒たちはなかなか切ることができないんですね。すべて自分たちが育ててきた芽ですから。でも、人生にもそういう苦渋の決断をしなければいけないことは必ずあります。そういうことをとうもろこし作りの中で学んでもらえたらと思っています。
農業の明日を実感できる
「農業高校生 夢・未来塾」
また、昨年度から新しい取り組みとして「農業高校生 夢・未来塾」を開講しました。これは先進的な農業者とその関係者を講師に迎えてお話を聞くという取り組みを中心にしたもので、その道の「プロ」たちの話を直に聞くことで農業に夢や希望を持ってもらうことや、起業家精神に富む新たな農業ビジネス創出者を輩出することを目的にしています。生徒は何年生でも自由に参加可能とし、土曜日に実施しました。
昨年度はアメーラトマトという高糖度トマトを栽培し、農林水産省経営局長も受賞されている高橋章夫さんをメインパーソナリティーにお招きして、6回にわたってトマト栽培のお話を伺いました。1回目は高橋さんの水耕農場を見学させていただき、全国各地のトマト20数種類の糖度検査を行い、全国の個性的なトマトを食べ比べたりしました。また高橋さんへの質疑応答もお願いいました。
アメーラトマトは普通のトマトを水やりを制限して育て、中の養分を凝縮して糖度を出しています。そういう無理をかけると植物体は傷むので、普通のトマトに比べ極端に収穫量は少なくなります。栽培技術的にもとても高度で、栽培方法や品種の開発にはかなりのご苦労があったと伺いました。実は高橋さんは本校の卒業生で、開発までのいろいろな試行錯誤の話を生徒たちに非常に熱心に語ってくださいました。
2回目以降は、高橋さんと共にプラントの開発を行った稲吉さんや、高橋さんが作ったトマトをご自分のレストランで出しているシェフなどにも参加していただきました。みなさんその道では一流の方たちですから、お話はとても新鮮で刺激になりました。シェフは生徒と一緒にトマト料理を作っていただき、ご自分の人生や、生き方なども話してくださいました。
そうしたプロのお話を4回にわたって伺ったあと、5回目は生徒のなかから3人を選び、彼らが起業すると仮定して具体的なプランを作成する活動「プランコンテスト」を行いました。プラン作りは静岡県産業部農業振興室のスタッフのみなさんにもサポートしていただき、生徒3人には出来上がったプランを全員の前でプレゼンしました。
起業プラン作りは非農家の家の生徒にもやってもらいました。そういう生徒には、それなりの起業プランが描けると思ったからです。
卒業後の活躍のフィールドは
農業という枠に留まらない
本校は農業高校ですが、みんなが農業を行うという進路を選ばなくても、農業と福祉、農業と看護、農業と保育というように、「農業」と何かを結びつけることにより様々な分野で農業の良さを引き出せる可能性があると、私は思っています。
生徒たちには、「土地がないから農業ができないとか、こういう条件でないと農業はできないとかいうのではなく、ここで学んだ農業の知識や知恵を活用して、どういう社会貢献ができるのかを考えて欲しい。そこにはきっと君たちが自分らしく生きる道があるはずだ」と言っていますが、実際、多くの生徒が卒業するときに農業にかかわる進路を選択していきます。
また、農業高校で学ぶうちに、人生に対する意識が変わる生徒も多いようです。高橋さんの話を聞いた後、自分は高橋さんを追い抜くような大きなことをやりたいという生徒もいました。そういうふうにここで学んだこと、出会ったことでモチベーションを高めていく生徒も増えてきています。
私はこの学校で教鞭を執って10数年になりますが、ここの生徒たちを見ていて思うのは、「農業にはじっと我慢する心や思いやりの心を育てる力がある」ということです。
農業は「待つ」ことが仕事なんですね。畑に種をまいたら芽が出てくるのを待つ。芽が出てくると育つのを待ち、そして花が咲き、実がなるのをじっと待つ。また、作物を育てることで、いろいろなものを慈しむ優しさも培われていきます。作物を育てることと人を育てることには、相通じるものが脈々と流れていると思います。そういう学びができること、それが農業高校の真骨頂だと思っています。
これからの目標は「農業高校生 夢・未来塾」をより充実させていきたいということです。今年も夏から数回にわたって実施する予定です。県内に11校ある農業関係の学校すべてに呼びかけて参加者を募り、大勢の方に参加していただけるように工夫していきたいと思っています。